第9話 五人目のS級冒険者
多智たちとの話し合いも終って、俺は帰路についた。彼らとの話し合いは、信じられないことだらけだ。
「こんなガキに、普通は依頼をしないだろう……」
S級冒険者の依頼でプロモーションビデオを撮るだなんて、カメラマンならば誰だって飛び上がるような嬉しい話であろう。
でも、その話に俺は飛びつけなかった。これには、俺側に理由がある。
俺は、S級冒険者を尊敬している。
他の冒険者とは違って他者のために働き、それでいて圧倒的な強さを持っているのだ。憧れたり、尊敬するのは当然だろう。
今のS級冒険者は四人だ。
けれども、少し前までは五人だった。一人はダンジョンで亡くなったのだ。
彼は第四階層で、救助するはずの新人冒険者に刺された。新人冒険者と偽ったのは、手練れのA級冒険者だったらしい。
犯人いわく、自分がS級冒険者になれないのは空席がないから。だから、S級冒険者の席を空けたということであったらしい。
刺されながらもS級冒険者は、救助活動を続行した。そこには、A級冒険者にそそのかされてしまっ本物の新人冒険者いたからだ。
狂ったA級冒険者と戦い。
モンスターと戦い。
新人を守って……死んだ。
人として立派な行いであるが、俺は未だにS級冒険者の行動に納得できないものを感じている。
S級冒険者が救出活動中に死ぬというのは前代未聞のことで、当時は様々な討論がされた。けれども、特に何かが変わる前に一連の騒動は終わりを告げた。
「千田虹色……」
俺は、なんとなく死んだS級冒険者の名を口にしていた。別に、彼に縁があったわけではない。
ちょっとしたファンで、憧れてはいた。同じようにダンジョンを潜るなかで、いつかすれ違えれば良いなと思っていた。
けれども、虹色は犯人さえも救うために死んでしまった。
虹色が死んでしまってから、俺の心には穴が空いている。これが、推しが死んでしまったという事なのか。それとも、別の感情の名が付くのか。
「おい」
前方に高橋がいた。
見るからに不機嫌そうで、俺は嫌な予感がした。しかし、話しかけられて相手を無視するわけにはいかない。正直な話、無視するのが怖い。
「……なんだよ」
高橋は会話することを拒否するように、俺の顔面を殴った。いきなりの衝撃と痛みに、俺の頭が真っ白になった。
仰向けに倒れたら、高橋は俺に馬乗りになって俺をなぐる。
「お前は、何者なんだよ!お前のせいで、俺は停学だよ。チクショウ!!」
俺を殴り続ける高橋だったが、俺は痛みよりも別なことを考えていた。
「にじ……いろ」
俺の頭に浮かんだのは、死んだ憧れの人だった。あの人だったならば、全てを理解しているであろう。
誰かを助けたことは重要ではない。
助けたことが重要なのだ。
「幸さーん!」
声変わり前の高い声が響き渡り、高橋の姿が消えた。俺が起き上がれば、そこには高橋を地面に押し付けている浅黄の姿があった。警察が犯人を押さえつける格好によく似ている。
前々から思っていたことだが、浅黄は力が強い。S級冒険者だからと言ってしまえばそれまでだが、小柄な中学生だとは思えないほどだ。
「多智さんの言う通りに、後をつけて良かった。幸さんは、高橋っていう生徒に八つ当たりされるって言われたから」
多智の慧眼のおかげで、俺は助かったらしい。でも、もうちょっと早く助けて欲しかった。おかげで、顔が痛い。
「離せ!離せって言ってるだろうが!!」
高橋は浅黄の下で、狂ったように暴れていた。陸上に挙げられた魚のようで、滑稽な姿だ。
「ちくしょ!コイツなんて、何処にでもいる学生だろうが。こんなやつのために、なんでS級冒険者が出張っているんだよ!!」
ぼそり、浅黄は小さく呟いた。
その横顔は、どこか寂しそうだ。けれども、すぐに感情を隠してしまう。
「誰を助けたことは重要じゃない。助けたことが重要なんだ!」
それは、死んだ虹色が最後のメディア出演で言っていた言葉だった。
俺が、S級冒険者の映像に関わりたくない理由。それは、虹色の死を未だに引きずっているからだ。
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