第2話 いつものバイト


 俺には、学校には言えない二つの秘密がある


 禁止されているバイトをしていること。


 そのバイトが、学校では入ることを禁止されているダンジョンであること。


「すみません。遅れました」


 俺はバックから溢れ出しそうなほどの大荷物を持って、本日密着させてもらうパーティと合流した。


 ダンジョンの入口で待っていたパーティの面々は、不満そうな顔をして俺を迎えてくれる。


「遅いぞ。俺たちの貴重な時間を無駄にしたバツとして、依頼料は負けてもらうからな」


 この眼つきと口が悪い男が、パーティの代表者だ。


 遅れてしまった俺も悪いのだが、もう少し言いようがないものか。相手は若いので、取引先とのやり取りとかには慣れていないのだろう。


 社会経験がない人間ほど横暴だというのは、このバイトを始めて思い知らされた事の一つだ。この男も社会に出たら、きっと苦労をするはずである。


 今回の仕事相手は、大学生を中心としたパーティだ。同じ大学の友人同士が集まったパーティらしいが、これは合コンだろかと疑うほどに綺麗に男女比が半分だった。


 男性陣は冒険者として相応しい格好をしているのに、女性陣は可愛さ優先の格好をしていた。


 防具は一応は付けているのだが、下半身はミニスカートだったりする。なかにはヒールを履いている女性もいた。


 ダンジョンをデートスポットだとでも思っているのだろうか。ヒールなど履いていては戦えないし、モンスターから逃げることも出来ないであろう。ダンジョンの知識が少なすぎる。


 さらに武器らしきものは、ナイフぐらいしか持っていないようだ。そのナイフだって、いざというときに取り出しにくい位置にしまわれている。これでは、モンスター襲ってくれと言っているようなものだ。


「昨日の約束を守ってよね。今日はかっこいいところを見せてもらうんだから」


 女子はどこか甘えた声で、男子に語り掛ける。


 男子は任せろとばかりに、力こぶを作っていた。体はちゃんと作っているらしく、りっぱな力こぶが出来た。それに対して女性たちは「キャー」と黄色い悲鳴をあげる。


 どうにも大学生のようなノリにはついていけない。彼らは、どうしてなのか何時だって楽しそうだ。


「俺たちコージーチャンネルは、どんなモンスターにも引かないぜ」


 パーティの話を聞いている限り、配信者たちが女の子たちに良いところを見せたいとイキっているという感じだ。


 ダンジョンに入った経験は、浅いと思われる。


 男たちの防具も性能が良いものとは言えないような品だったからだ。サイズもあっていないようなので、中古品を購入したのかもしれない。


 しかも、事前の下調べすらしていない可能性もあるな、と俺は考えていた。あくまで、俺の偏見を交えた予想ではあったが。


「今回の撮影は、主に戦闘の撮影で良いんですよね。女の子の方は、顔にモザイクとか入れますか?」


 俺が確認を取れば「生配信なのに、そんな事をできるの?」と女の子たちはざわめく。


 女の子たちは、配信に詳しくはないらしい。ダンジョン配信の視聴は、メジャーな趣味であるのに珍しい。


 しかし、配信の機器の性能については配信者側にならなければ分からないことも多いだろう。俺は、そう考えながら機材の性能を細かく説明する。


「最初に追いかける予定の顔をカメラに覚えさせれば、それ以外にはモザイクが入る設定があるんです。まぁ、被り物とかで顔を隠す方が主流ですけど。そっちの方が面白いので」


 動画では、画面の面白さも重要なことだ。


 ただのモザイクよりも気の抜けたヌイグルミのかぶり物やマスクの方が、個性がでるために受けがいい。視力が遮られるので危険性は増すが、視聴者の数を増やすのに危険を犯すものは以外なほど多いのだ。


「被り物なんて持ってきてないから、モザイクで処理しておいてくれよ」


 男子は、軽い様子で俺に言ってきた。


 女の子が配信者としてモノを知らないと言うことは、この撮影は男子主催のものなのだろう。


 そして、かぶり物すら用意しないということは、今回の撮影に力を入れていないのかもしれない。いや、初心者だから視力が遮られることを恐れたのかもしれないが。


 なんにせよ、俺がやることは変わらない。


 俺のバイトは、ダンジョンで配信を行う冒険者たちのカメラマンである。


 最初は、親戚の伯父さんの手伝いをしていただけだった。しかし、伯父さんはヘルニアを患ってダンジョンでのカメラマンは引退。


 機材を全て受け継いだ俺は、一年前から単独のフリーカメラマンとして活躍している。


 個人で細々とやっているから依頼の数は多くないが、コンビニでバイトをするよりはよっぽど稼げる。まぁ、機材の点検や修理なんかで出費も多かったりするが。


「じゃあ、オープニングから撮らせてもらいます」


 俺が声をかけて、コージーチャンネルの面々に並んでもらう。男ばかりが並んだので、やっぱり女の子に良いところを見せるための企画なのだろう。


「はーい。ようこそ、コージーちゃんねるへ。今日は、ダンジョンに潜りたいと思います。目指すは第三階層!」


 ダンジョンは、五十年前に突如現れた。


 ダンジョンが現れた当時は、分からないことが多すぎて混乱が酷かったらしい。だが、今や生活の一部としてダンジョンは浸透している。


 俺と親ぐらいの世代になれば、生活にダンジョンがあるのが普通だ。ダンジョン関連の仕事につく人間だって珍しくはない。


 むしろ、ダンジョンがある地域は、関連の仕事が増えるので地域活性化の繋がっていると言われるほどである。だからこそ、ダンジョンを欲しがる地域は少なくはない。


 だが、利点ばかりではないのがダンジョンだ。


 ダンジョン内には、モンスターと呼ばれる凶暴な生命体が出現する。彼らは、決してダンジョンの外には出てこない。その法則は謎に包まれているが、その他もダンジョンには摩訶不思議が多い。


 拳銃などの現代の武器は、ダンジョン内では機能を果たさないと言った不思議な現象が起きているのだ。


 ダンジョンで使えるものは、主に槍や剣といった前時代的な武器ばかりだ。冒険者たちは特別な資格を得て、ダンジョンに己の武器を持ち込む許可と運ぶための新しい銃刀法の元で戦っている。


 話を聞いている限り、ダンジョンに潜ることは危険が多くて行く利点がないと思われるかもしれない。しかし、ダンジョンには貴重な金属や武器が落ちていることもあり、それを拾いに行く人間が後を絶たなかった。


 この貴金属や武器は俗にはアイテムと呼ばれており、地球上には存在しない物質である。このアイテムが高値で売買されるために、冒険者たちのなかには一攫千金を目指している者たちもいた。


 その行為がファンタジー系のRPGゲームに似ているとされて、今ではダンジョンに潜る人間は冒険者と呼ばれるようになったのだ。


 さらに技術は発展して、ダンジョン内から発見された金属などで映像を発信できるカメラが発明された。それによって、ダンジョンの内部を気楽に発信できるようになったのである。


 それにいち早く飛びついたのが若い世代で、彼らは危険でありながらもミステリアスなダンジョンから映像を配信するようになった。


 そんな若者たちが必要としているのは、撮影用の機材とカメラに詳しい人手。そんな要望に答えるために、俺はカメラマンのバイトをしている。


「それにしても……第三階層か」


 ダンジョンは地下に向かって第五階層まであり、深くなればなるほど強力なモンスターが出てくる。


 そのために普通の冒険者は自分の強さでも安全に戦うことの出来る階層でモンスターを狩ったり、一生懸命にアイテム探しをしたりしている。


 なお、モンスターの死体はダンジョンの外に持ち出せない。持ち出そうとするとモンスターの死体は溶けてなくなってしまうし、ダンジョンに置いておけばいつも何時の間にか消えてしまう。これは、ダンジョンの七不思議の一つだ。


 配信をする冒険者はトークをしながら戦うことも多いので、自分の実力で簡単に踏破できるような階層を目指すのが良いと言われている。


 一番人気なのは、第二階層である。


 あそこはそこそこの数のモンスターが出るので、見栄えの割に危険性が少ないので人気であった。逆に、第三階層からは不人気である。


 第三階層は、それなりに強いモンスターが出現する。トークをしながらモンスターを倒していくには、かなりの実力が必要だ。


 もっとも、第三層でも武器や仲間をきちんと揃えていれば恐れる場所ではない。当事者たちの実力が十分である、という前提はあるが。


『第二階層は物足りないもんな。やっぱり、第三階層からが本番だろ』

『レアなお宝発見を期待』

『どうせ。今回も女の子お持ち帰り企画だろ』


 カメラについている機器が、配信されている動画に対して打ち込まれたコメントを読み上げる。機械の人工音声を聞いた俺は、顔をしかめた。


「第三階層は、今日が初めてなのか……?」


 初めての挑戦だったら、配信しながらの踏破はオススメしたくない。俺も遅れてきたこともあり言い難かったが、客をみすみす死なせるわけにはいかない。俺は、一時的に配信を止めた。


「今回の配信では、第三階層は難しいと思います。今回は第一か第二階層で撮影した方が良いと思いますよ」


 俺の言葉を聞いた代表者の男は、ぎろりと俺を睨みつけた。俺の話には耳を貸したくはないし、自分の実力を勘違いしているタイプのようだ。


 こういう人間は、ダンジョンで死ぬか大怪我をするかのどちらかだ。出来れば巻き込まれたくないなと思いながら、俺は配信の設定を元に戻した。


「今回のゲストの女の子たちでーす。俺たちの中で誰が一番格好良く戦えるかどうかをジャッチしてくれます」


 女の子たちは、キャッキャと言いながらカメラに向かってピースサインをする。ちゃんとモザイクモードになっているので、彼女たちの素顔は配信されることはない。


 俺は、さらにドローンも飛ばす。


 これにもカメラ仕込まれており、俺が持っているカメラとは別の方面から映像を撮ってくれる。


 ドローンは最新式のものだったが、これを購入してから仕事が圧倒的に楽になった。俺には撮れないような画角で、今回も撮影に貢献してくれることであろう。


「一番イケてない人は罰ゲームね。最後にケツバットの威力を決めるから、気楽にコメントしてー」


 女の子が審判になって、格好良い男を決めるという企画らしい。視聴者も増えていって、三十人ぐらいが観に来ている。


 これぐらいの人数ならば弱小チャンネルといって良いだろう。人気のチャンネルだったら、配信を始めた途端に何百人単位で視聴者が集まってくるものだ。


「じゃあ、行ってきます!」


 男女混合のパーティは、ダンジョンの奥に向かって歩き出す。


「あー、初めてのダンジョンだ。緊張する」


 その言葉に、俺は唖然とした。


 実力を見誤っている雰囲気はあったが、まさかダンジョンに潜る経験すら浅いとは思わなかった。


 今回の仕事って大丈夫だろうな、と俺は訝しんだ。契約時だってやたらと金額を安くするように交渉されたし、無防備な女の子が多数ついてくる話も聞いていなかった。


 この依頼は地雷だったかもしれないと考えたが、始まってしまったから口出しは難しい。とりあえず、いつもよりも安全第一を心がけることにしよう。



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