俺の推しはS級冒険者~ダンジョンでカメラマンをしています~

落花生

第1話 なぞの中学生

 下校途中に見た光景は、最悪だった。


 同じ学校の男子生徒たちが、一人の中学生を囲んでいたのだ。


 着崩した制服は、素行の悪さの証だ。


 そんな男子生徒たちが三人ほどで、一人の男子中学生を取り囲んでいる。平和そうには見えない雰囲気だ。


 なにせ中学生を取り込んでいるのは、学校でも有名な不良少年たち。


 そんな生徒たちが一人を取り囲んでいるということは、やっていることはカツアゲというところだろうか。


 中学生は困った顔をして、何故か小首を傾げている。人生初のカツアゲに、どのような対応をすれば分からないという顔である。


 なんだか妙にズレている子だ。


 強面の歳上に囲まれたら、普通は恐怖で震えるものだろうに。少なくとも、俺は恐怖で震え上がるはずだ。なのに、中学生は不思議そうな顔をしているだけだ。


 あの中学生は、胆力があるのか。


 それとも鈍いだけなのか。


 よくわからない。


「あいつら、中学生相手になにをやっているんだよ……」


 俺は、呆れかえった。


 囲まれている中学生は小柄で、とてもではないが男子高校生の三人をどうにか出来るとは思えない。


 大人しく財布を渡してさっさと立ち去るか。


 下手に抵抗して暴力沙汰になってしまうか。


 なんにしても、被害にあうのは可哀そうな中学生である。


 そして、制服を見る限り加害者は俺と同じ学校の生徒。奇妙な罪悪感と中学生を心配する心のメータが、少しだけ動いてしまう。こんなときだけ発動するお節介さが恨めしい。


「ああ、もう!」


 俺は、正義感が強い方ではない。


 それでも同じ学校の人間が、中学生をカツアゲしている光景を見て見ぬふりをするほどの鬼畜でもない。一般的な高校二年生だ。


 カツアゲされているのが男子高校生だったりしたら、俺は見て見ぬふりをしていただろう。年下の中学生だったからこそ、正義感が少しだけ疼いたのだ。


 それに、俺と不良たちには十分な距離があった。もしも追いかけられても逃げられるだろう、というセコイ考えがあったのだ。


 喧嘩もやったことのない男の悲しい計算である。しかし、殴り合っても負ける相手に対しては、けっこう有効な作戦なのではないのだろうか。


「おい。お前ら、なにやっているんだよ!」


 声をかけられた不良の三人組は、俺の方を見た。


 その手にはタバコを持っている者もいて、彼らが自分の身体も法律も顧みないタイプの人間だと知る。


 これでビールでも持っていたら不良としては完璧だと思ったが、平日の昼間から飲酒をするようなタイプではないらしい。いや、だからどうしたという話しなのだが。


 まぁ、中学生をカツアゲしようとしている人間は、酒もタバコも二十歳からなんて法は覚えてもいないかもしれない。だから、タバコに関してはツッコむことを止めてやろう。


「なんだよ。用事があるならば近づいてこい!!」


 一番背の高い不良が、もっともなことを言う。


 俺もそう思ったが、懸命にも言い返さなかった。近づきもしなかった。下手に近付いて、俺まで殴られたくない。俺の考えは、相変わらずセコい。


 それでも、ほんのちょっとの正義感はあったのだ。しかし、その正義感は殴られてまでも中学生を守るという決意には至らなかった。


 あいつは、たしか高橋とかいう名前の奴だ。


 俺の通っている学校の不良グループの代表格と言っていい。つまり、俺の学校で一番悪い奴。そして、一番怖い相手でもある。


 奴に顔を知られたことに、俺の顔は引きつった。学校で話しかけられたりしたら、面倒なことになりそうだ。


 しかし、ここまできたら乗り掛かった舟である。中学生にばしっと年上らしい格好良いところを見せなくては。


 高橋とは学年は同じだが、クラスが違うのだ。大勢が所属する学校で、俺のことを見つけることなんてきっとできっこないであろう。


「中学生に寄ってたかって、何やっているんだよ!」


 俺は一歩も動かずに、遠くから高橋たちに向かって叫ぶ。なお、高橋たちとの距離は五メートルも離れていた。


 なんて、情けない。


 まるで、コントのようである。


「そんな遠くから何を叫んでやがるんだ!きゃんきゃんと吠えるだけの負け犬め!!」


 俺だって、自分の行動が情けない。


 堂々と不良たちの間に割って入れたら格好良いのかもしれないが、そんな度胸は俺にはなかった。


 というか、俺は荒事が苦手だ。


 人を殴った経験などないし、これからも記録を更新し続けるつもりである。そもそも俺自身が喧嘩に向いていないのだ。


 成績も身長も平均で、体格に恵まれている訳でもない。全てが平均な俺が、不良のなかの不良の高橋と競り合って勝てるわけがないのである。だから、絶対に奴らには近づかないと心に決めていた。


「ぎゃぁ!!」


 突如、悲鳴が聞こえた。


 見ると高橋の仲間の一人が、股間を抑えながらうずくまっている。高橋たちに囲まれていた中学生が、容赦なく股間を蹴ったのである。


 俺と高橋は、呆然としていた。


 さっきまで弱々しいと思っていた中学生の眼つきが、なんだか変わっているような気がした。


 さっきまで弱々しい小鳥のような雰囲気だったのに、今はサバンナのライオンのような王者の風格まで備えているのだ。


 俺は、始めて歳下を怖いと思った。


 中学生は、俺たちよりも圧倒的に強い。そんな事が、本能的に頭をよぎったのである。


「この野郎、何しやがる!!」


 もう一人の高橋の仲間が、中学生に拳をふりあげようとする。その一撃には体重の乗っており、見るからに必殺の一撃というべき威力を持っていた。


 だが、彼の拳はからまわった。


 中学生の姿が消えていたのである。


 いいや、違う。


 高橋の仲間の視線ほどの高さまで、中学生が跳び上がったのだ。人間離れした身体能力に、見ていた俺も高橋も呆然とした。まるで鳥のように身軽さである。


 中学生の回し蹴りを食らった高橋の仲間は、股間を抑えた仲間の上に重なるように倒れた。さっきまでは中学生を囲んでいきっていたのに、あまりにも憐れな姿だ。


 そして、中学生の方は表情の一つも変えていなかった。


 異様だ。


 なんて、異様な姿なのだ。


「おま……おまえ」


 仲間を締め上げられた高橋は、ぶるぶると怒りで震え出した。そして、高橋は中学生の胸ぐらを掴もうとする。しかし、逆に中学生は高橋の腕を掴んだ。


 高橋の腕をとった中学生は、綺麗な背負い投げを披露した。高橋は「ぐぇ!」という変な悲鳴を上げて、地面に打ち付けられる。潰れたカエルみたいな高橋の姿は、滑稽ですらあった。


 目の前で起こった光景でなかったら、俺は笑っていたかもしれない。細身の中学生に不良高校生があっという間にのされるだなんて、コミカルな映画みたいな光景ではないか。


 あっという間に高校生三人を地に伏せさせた中学生は、俺の方を見た。


 笑顔ではない。


 気取った表情でもない。


 自分が高校生を気絶させたのにも関わらず、日常のルーティーンをこなしたような全てのことに無関心な表情をしていた。


 未来から来た殺人マシーンというあり得ない考えが浮かんできたが、首を振って馬鹿な妄想を消した。それは、先月に見た映画の話だ。


 俺は悪いことをしたわけではないのに、どきまぎしてしまう。可愛い犬を撫でようとしたら、その犬が狂犬病だったような心情だ。


 中学生が俺まで敵視していたらどうしようという、という恐怖心があった。


「あの……。ありがとうございました」


 俺から離れたところにいる中学生が、丁寧に頭を下げた。俺は呆気にとられたが、中学生は首を傾げる。俺の反応を不思議がっているようだ。


 高橋の件については、俺は何もやっていないのだ。中学生が一人で、悪漢たる高橋たちを全員たおしてしまったのだから。俺は、言葉で高橋たちを止めようとしただけだ。


 なにもやっていないのだが、中学生に何も言わないのもおかしいと思ったので「早く帰れよ」と言っておいた。年上としての親切心だったが、俺の言葉を聞いた中学生は小さく笑う。


 輪郭の線がまだ柔らかい中学生は、笑えば少女じみた雰囲気があった。とても、可愛らしい笑顔である。


 遠目だったから分かりにくかったが、中学生は愛らしい顔立ちをしている。身長もさして高くなくて、冗談で女装させたら冗談ですまなくなるようなタイプである。


「ん……?」


 中学生をよく観察してみれば、見れば見るほどに既視感を感じる。どこかで確実に見ているはずなのに、名前を思い出せない。


 中学生の知り合いはいないはずなのだが……。


 そんなことを考えている内に、中学生はいなくなっていた。きっと帰ったのであろう。


「って、ヤバイ。バイトに送れる!!」


 これが、俺こと冬野幸と無季浅黄の出会いであった。


 そして、同時に高橋の転落人生の始まりでもある


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