魔力中毒者の戦い方~普通の戦い方にはもう戻れません~

サーモン丼

魔力中毒者の戦い方~普通の戦い方にはもう戻れません~

「魔力」 


それは太古から魔法、身体強化、日常生活などの様々なことに使用されている便利な力。存在して当たり前。そういった力。


だがあたり前になる程世の中に広まると、悪用される使い方が出現してくる。


そのため近年では、その使い方が見直され、悪用=違法とされるようになった。


ではどんな行為が違法とされているのか?2つ紹介しよう。


1つ目は罪のない人間に危害を加える行為。これは至って単純な理由で、もしもこのことを認めてしまうと、多くの人間が傷ついてしまうから。


2つ目が脳内に魔力を流す行為。これは、魔力は通常、体を覆うよう表面に流すものだが、魔力を脳内に流し込むことで興奮状態になれることを示している。では何故この行為が違反なのか?それは興奮状態になるとリミッターが外れ、善悪の区別が分からなくなり、使用後脳を侵し、障害を残す危険性がある。そしてこれは人によって変わるが、何回も使用すると死に至ってしまうからだ。


以上が世界で取り決められた違法行為についてだが、


1つ目はメリットが大きい為、違法な行為とされてからもなくなる気配はない。


その反対で2つ目は7回でも使うと脳が壊れ、死に至る為、使う人間は極少数。


だが何事にもそうだが、例外は存在する。




「ヒャッッホォォォォォッッ!!」




月が薄暗い雲に覆われ、ぼんやりとした光が木々を微かに照らす静かな森の奥深くに、1人の女性の叫び声とバキッバキッバキッ!!っと高い木々がなぎ倒されるい鈍い音が響いていた。


木が地面に倒れると重々しい音が大地に響き渡り




「おいおいおい。それで終わりじゃねぇよなぁ?」




叫び声を上げていた女性が、今さっき殴り飛ばし、木に寄りかかりながらぐったりと座っている1人の男の前に降り立ちそう言った。


彼女の名前はゾイル・ウルヴァリク。17歳。短めの黒髪を纏った美人である。いや美男子と言っても間違えではないかもしれない。


だが残念なことに彼女の正体は、魔力の快楽にハマった中毒者であり戦闘狂。


今も目が見開き、誰がどう見ても正常な状態とは思えないだろう。


そして彼女は今、戦いたいという衝動に、体を疼かせていた。


しかし本気でやっては直ぐに終わってしまう。そのためゾイルは男が立ち上がるのを待つ。




「はあぁっはあぁっはあぁっ」




強すぎるというのは虚しいことだ。


残念なことに、ゾイルの耳に聞こえてきたのは、苦しそうな男の息の音と風で煽られた葉の音だけ。


それ以外には何も聞こえなかった。


何も言わず動かない男にゾイルはここまでかと、戦闘が終わってしまった悲しみに暗い表情を浮かべ、男にとどめの一撃を繰り出そうと足を一歩前進させた時




「このくそったれなイカれ女がぁっ!!」




男が急に立ち上がり、手に持っていた剣でゾイルに襲い掛かった。


男は逃げ出したかった。ゾイルのその恐ろしいほどの強さと狂気から。


だが男よりも劣っている女等に、このまま負けるわけにはいかないと思ったのだ。


自分を奮い立たせ、ゾイルに向かっていく。




「まだまだ戦えそうじゃなねぇかぁぁ!」




その行動にゾイルは思わず笑みが漏れた。口角を異常なまでに吊り上げだ不気味な笑みが。


まだ戦えるという嬉しさから。




「っ!」




男はその顔に気圧されたが、止まらない。


そのままゾイルへ剣を振る。


常人では決して辿り着けないほどの一閃を。


何度も何度も何度も。


だが結果は最初と変わらなかった。


全ての攻撃をいとも簡単に躱され、今も攻撃をしている自分だけが疲れを感じる。そういった展開。




「?」




だがこの時、男は違和感を感じた。


最初もこのような感じで、全ての攻撃を躱され圧倒されていた。


同じ状況のはず。


(覆っている魔力が少ないような。タイミングが・・・)


そして




「!!」




気が付いてしまった。


ゾイルが何をしているのか。


あまりに異常な行動に、男は攻撃を辞め、距離を取った。


疲れからではない。恐怖からだ。




「お、お前一体何を考えている?」




男は恐る恐るそう聞いた。


何故そんなことをするのかと。




「はあぁぁ?何言ってんだ?」




しかしゾイルには分からなかった。


額に汗を異常に浮かべ、こちらを恐怖の対象と言わんばかりの目で見てきている男の質問の意図が。




「わざとギリギリで躱しているな。纏う魔力も弱めてっ!」




ゾイルが最初のように魔力を纏うと、男の攻撃力ではダメージが少ない。だがゾイルは、男の攻撃が通じるまでに体に纏う魔力を弱めている。


つまりゾイルは、食らえば致命傷になり得る攻撃を、本来ならば余裕で躱せるにもかかわらず、敢えてギリギリで躱していたことになる。男はそれに気が付き、恐怖していたのだ。


そして何故そんなことをしているのか。


一体その脳内でどんなことを考えているのか、男は気になっていた。




「あぁぁ。そんなことを気にしていたのか。ふふふ」




だがゾイルは馬鹿にするように笑った。


そんなことも分からないのかと。そういったことをする人間がどんな性格なのかを。


だから教えてやることにした。




「そんなもの楽しいからに決まってるだろ」




と。




「本気で言っているのか?」




その狂った返答を男は信じることが出来なかった。


死を感じることを楽しむ人間がいるのかと。




「当たり前だろぉ」




「・・化け物がっ!」




「えぇぇ酷いなぁぁぁ。凄く悲しいよぉぉ。


まあそんなことはどうでもいいからさ。さっさと続きしようぜっ」




ゾイルからすれば今までの話はどうでもよかった。戦うことが出来ればそれでいいのだ。




「ああでも。剣を使わないっていうハンデだけじゃ足りなそうだしなぁ」




ゾイルは左腰に掛けている剣を触りながら言った。


実の所ゾイルは、男との実力差があると分かるや否や、剣を使わないというハンデを設けて戦っていた。だがこれまでの戦いで、それだけでは実力差が埋まっていないことに気が付き、このままでは退屈だと感じていたのだ。




「あ、そうだ」




その為ゾイルは更なるハンデを与えることにした。


一方、男はゾイルが手を抜いて戦っていることを理解していたため、ゾイルの今の発言から、今度はどんなハンデをくれるのか、そのハンデで倒せるチャンスが訪れるかもしれないと少し期待していた。


だが次の瞬間




「!!!」




男は信じられない光景を目撃し、思考を無意識に止めてしまった。


これまでに感じたことのない感情に襲われ、まるで時間が止まったかのように、ただその場に立ち尽くし、目を大きく開きながらゾイルを凝視した。




「これでいいハンデになるだろう。なんせ私の利き手は、この通り、使えないからなぁぁ」




だが男のことなど眼中に入っていないゾイルは笑いながら言葉を続けた。


左手で握っていた、千切れた右腕を放り投げながら。




「お、お前。一体魔力を何回脳に流しやがった。


自分で腕をもぎ取るなんて・・・」




ゾイルの言葉でハッと我に戻った男は怯えるように言った。


自ら腕を引きちぎり、ハンデだと言うだけでも、男からすれば十分に恐ろしかったが、ゾイルのその笑みが恐ろしさを増強させていた。


また男には様々な闇の部分に足を踏み込んだ経験があるが、ゾイルのような人間に出会ったことは一度もない。それがハイになっていた人間でも。


男は考えてもいなかったのだ。


一日に何度も恐れを抱くことがあるなんて。




「ああ?そんなこといちいち数えてるわけないだろ。数えて何の意味がある?」




「・・・はっ。確かにそうだな。お前なら有り得る話だ」




男は笑った。


魔力を脳に流し込むことで、死に至るのは7回目以降からだと言われている。そのため何回使用したかは普通数えるものだ。


その証拠に男の知り合いで使用していた人間は、全員回数を数えていた。


だが今までの様子から、この女なら今の発言が真実でも何もおかしくないと男は思ったのだ。




「まあいい。どうせ逃げられないんだ。


さっさとこいっ!」




「いいねぇ。その顔。


しょうがねぇから今回だけ、特別に攻撃は頭だけにしてやるよ」




剣を構え「舐めやがって」。男はゾイルのあまりの舐めっぷりに怒り、そう言い返そうとした。


だがその言葉が発せられることはなかった。




「ほぉっほぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」




聞こえたのは一人の奇声と




「ガッ!」




呻き声。


男は、奇声をあげながら、一本の矢のよう、一直線に突進して来たゾイルに反応することが出来ず、気が付けば、腹に頭をめり込まされていたのだ。


触れられて気が付くことができる速度。


手加減はしているだろうが、男が無事に済むはずがない。




「がああああっ!」




男は血を吐き、巨大な木を貫通しながら、空を飛ぶ。


何度何度も木に叩きつけられるような感覚。


数十秒という短い時間のはずだが、不思議なことに、男はその飛んでいる時間がとても長く感じていた。


何メートル飛んだだろうか




「ドォン!」




森一帯に聞こえるのではないかと思う程の音を立て、男は周辺の木より一回り大きな木によって、ようやく静止した。


男はそのままズルズルと木から滑り落ち、地面に尻もちを着く。




「くっっ!」




そして腹からくる強烈な痛みに思わず声が漏らした。


木に衝突した衝撃とは比べ物にならない程の痛み。


しかし休んでいる暇はなかった。




「うっっひゃぁぁぁぁぁ!!」




正面から奇声と共に、ゾイルが猛スピードで飛んできていることが見えたから。


超低空飛行。ゾイルは頭を先頭に、一直線に男へと接近する。


だが今回の速度は速いと言えど、前回よりも遅い。


ヒュン!という空気を切り裂くような音。


男は直ぐに立ち上げり、ギリギリだが、体を逸らすことで躱すことに成功した。




「バケモンがっ」




ドォン!!という音を立て、ゾイルがそのまま木に衝突すると同時に、男は腹を押さえながら数歩下がり、距離を取った。




「おっとっと」




一方ゾイルは、勢いそのまま木に直撃し、ふらふらと態勢を整えようとしていた。


チャンスだ!


男はその様子を見て、そう思った。




「!」




その時ゾイルが男の視界から突如消えた。


まるで煙のように。


その事態に男は慌てるが、すぐに自分を落ち着かせる。


慌てても意味がない。


それを良く分かっていた。


ではどこへ?


逃げてくれたのであれば御の字だが、その可能性は低い。


それから男はそう思い、周りを見る。


しかしどこにも姿は見えなかった。


安心してもいいのか?


その結果、男はそう思い警戒を弱めた。


その時




「ん?」




ほんの一瞬だったが、男の瞳の隅に黒い影が映った。


男は急いでその方向を見るが何もない。


気のせいかと男は思う。


だが




「ㇵァっ」




またしても影が視界に入った。


気のせいではない。奴がいる。男はそう確信した。


そして時間が経つたびに影の見える間隔が短くなっていく。周りからも何かが動く音が微かに聞こえるようになる。




「速すぎだろっ」




そこで男はようやく気が付いた。


ゾイルが周りにそびえ立つ大木を、超高速のスピードで移動していることに。


あまりに速いその速度に、男が消えたと錯覚しても何ら不思議ではない。100人に聞けば100人がそう答えるであろう程の速度。


追って倒す?男は一瞬そう考える。


否。


男の身体能力では追うことは不可能。


男は心の中で首を横に振る。


ではどうやって倒す?


今自分にできることは?


コンマ数秒、男は考え、1つの答えを出す。


詰めて来たところを仕留めると。


実は男の目は、ぼんやりではあるが、ゾイルの姿を捕られていた。


少しでも集中を切らせば見失ってしまう。それだけギリギリではあるが。


だが、あの速度ではカウンターを躱すことはできない。


そう確信しての決断。


男は全神経を目に集め、ゾイルを追う。




「!!」




そして決断後、数秒じっと待つ男にゾイルが真正面から迫った。


一、ニ度目と同じ、頭からの高速突進。


無論、男は気づいている。


冷静に、腕が伸びきった瞬間に当たるよう、剣を突き出す。


完璧な反応とタイミング。


このままゾイルの頭を突き刺し、終わる。そう思っていた。


だが男の予想はハズれることになった。


剣が刺さる寸前、ゾイルは空中で態勢を戻し、大の字になるよう手と足を広げたのだ。


その顔は変わらず笑顔。ただまるで全てを見通していたような顔をしていた。


男は見通しが甘かったのだ。


ゾイルの意味の分からない行動に動揺する。


そういった行動は、今までの戦闘から予想できたはずなのに。




「あ?」




さらにそれだけではなかった。


無いはずの右腕。ゾイルが自らもぎ取ったはずの右腕が復活していたのだ。


この事態に、男は更に動揺するが、突き出した剣は止まらせなかった。


ゾイルは態勢を変えたが、変わらず躱すことは不可能。


こんなチャンスは二度とこないだろう。そう考えていた。


そして剣は真っ直ぐ、ゾイルの腹を貫いた。




「ぐっ!」




だが高速で飛んできたゾイルのその勢いに押され、数センチ程で男の体に触れる位置。つまり剣を持っている右腕が腹の方向に曲がった、不格好な姿勢でゾイルを止めた。




「ゴホッ」




ゾイルは剣格にまで達したからなのか、口から血を吐き、死んだようにだらんと男にもたれかかる。




「し、死んだのか?」




男はそう言う。いやそう確認をするしかなかった。


この凶暴な人間が、腹を貫かれた程度で死ぬのか。それを確かめなければ安心できないから。




「・・・」




数秒。短いはずだが、この時だけはとても長く感じる、そんな時間が流れるが、ゾイルからの返事は何もなく、ぴくりとも動かない。


男は目を閉じ、ふぅぅっと息を吐き、体から力を抜く。


これで一安心だと。


馬鹿か?


この時、誰もが男に対してそう思うだろう。


男の頭の中に、油断は禁物という言葉を知らないのか。


何故イカれているこの女が、その程度で死んだと断定したのかと。


だが仕方なかったのだ。


もう戦いたくないと、死んでいてほしいと思うがあまり、男の脳が無理やりそう認識させてしまったから。


そして男が、閉じた目を開けるとそこには、ゾイルが手を広げ、自分を襲おうとしている光景が映し出せれていた。


油断しきったところに急襲。男の対応は間に合わない。


そのままゾイルが男にがばっと抱き着いた。




「は、離せっ!!」




男は後ろに倒れそうになるが踏ん張り、引き剝がすように体を左右に大きく揺らす。




「離すかよぉっ」




しかしゾイルは寄生虫のように離れる気配はない。


そして




「魔力をそのままぶつけるとどうなるか知ってるか?」




ゾイルは、いつの間にか両手に浮かしている2つの魔力の塊を見せながら言った。




「あぁ?」




男は思わずそう返した。


知っている訳がないだろうと。


通常魔法は、一箇所に魔力を集めるよう体外へ放出し、その魔力へ術式を施すことで発動するものだ。魔力の塊をそのまま相手にぶつけても威力はお粗末。そのため術式を施すことは一般的なものとなっている。


そのため男は体外での魔力をそのまま使用するといった経験がない。だからこそ、そう思ったのだ。


では一体どうなるのか?


魔力における全てを探求したゾイルにしか分からないその答えは?




「"大爆発"」




「ブラスト・インパクト」




ゾイルは2つの魔力を交えた。




「ドオォォォォン!!!」




その瞬間、空気を引き裂くような轟音、爆風、衝撃波が男と森を襲った。


空気が振動している。そんなことを錯覚させる程の威力。


森と男は一溜まりもないだろう。


そして




「あーあ。やりすぎちゃったなぁぁ」




男は消滅し、森の一部もまっ平になり消滅。


そのまっ平になった森の中央に立つゾイルは、爆発により消えた両腕を生やしながら、少し反省するように言った。


そうゾイルが刺される前にも腕を生やしていたが、この治癒が何度も魔力を脳内に流すことが出来る理由。壊れた脳を治癒魔法で治す。至って単純な理由。ただし治癒魔法を使える人間がほとんどいないため、この方法は知られていないが。




「でも楽しかったからいっか」




ハイ状態はすでに終わっているが、気分は良い。


森や男のことなどもう脳の隅。


ルンルンな気分でゾイルは帰路に着くのだった。

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