洗礼は受けたのか?
俺はそこで立ち止まった。俺は歩き出すことができなかった。まるで、足の裏から根っこが生えてきて、コンクリートで作られた道に張ってしまったかのようだ。俺は混乱している頭をフル回転させて、今目の前に広がっている「異世界モドキ」を注意深く見た。道の両側には家が並んでいるものもあれば、食べ物屋の看板が立っているものもあった。カフェやファミレス、中にはバーもあった。商店街を出たのに、このような類の店があるというのも何かが変だ。ここよりも商店街のほうが経営的にも有利なはずだ。それとも、ここのほうがライバルが少ないからなのか、俺はそう推測した。
なんやかんやあって、俺の根っこは払われた。なぜかはわからないけど。本当は戻りたいというのもあったが人間が生まれ持っている好奇心なのからなのか俺は前に進んだ。本当に人間って不思議な生き物だ。
歩き出して分かったことが二つある。どの建物もここだけは材料であるコンクリートが少し形が不ぞろいなんだ。普通のコンクリート造りの建物は形が直線になって規則正しく並べ立てられているものをいうが、個々の建物のコンクリートは不ぞろいのものばかりだ。斜めのものもあれば、ほとんど形がないものやどのように表したらいいのかもわからないコンクリートもなる。奇跡的に成り立っているようなものだ。まるで、何か大きなものがやってきて奇跡的に被害を受けずに済んだような…。
ファミレスやカフェもそうだ。こんなずさんなつくりならお客さんなんて入りたがらないだろう。それとも、そういうスリルを味わう場所なのかもしれない。俺は一回も行ったことがないけど、最近はそういうスリルがある店が増えてきていることは知っている。つまりそういうことか?でもそれでもこの町全体がそういう風になることはあるのか?崩れかけの町です。どうぞスリルを味わって観光していってください。それを売り文句にしているのかもしれない。
もう一つの気づきはあちこちに不思議なポスターや人の写真が貼られているということだ。
ポスターにはこう書かれている。「われらは偉大‼ゆえにわれらは勝利する‼」と赤い文字で白い紙に赤い文字で書いてある。
写真には険しい表情をした口ひげを蓄えた中年と思わしき男の正面顔が写っていた。その正面写真は選挙用ポスターと同じぐらいの大きさがある。その口髭のせいで口元はよくわからない。なんだか昔の偉い人みたいだ。明治ぐらいの。その男の服装は黒色のシャツを着て、黒色のネクタイをしている。写真は上半身だけだけど、写真が途切れるぎりぎりのところに勲章みたいなのがついている。歴史オタクの俺はまるでその写真がかつてのイタリアを支配していたファシストの黒シャツ隊の隊員のように見えた。もしかしたら、俺の知らない間に日本にもファシスト組織が結成されているのかもしれない。もしかしたらこの男はその際に立候補したのかもしれない。
俺はそのような何の根拠もない予測をしていた。推測するぐらいは自由だろう?でも、そうだとしたらやけに変だ。ほかの候補者のポスターがない。いたるところにこの不気味な候補者の写真しかないじゃないか。もしかしたらこの町の住人は全員この男を支持しているのか?組織票そして、賄賂をあちらこちらにばらまいて。
俺はとにかくポスターを後にして歩いた。後にしたといってもそのポスターはいたるところに貼られているから嫌でもお目にかかれるけども。これはガチの話。さっきも言ったけど、戻ることもできたはずだ。だけどそれを何かが邪魔をしている。引いたら殺されるぞという感じの恐怖がなぜか俺の脳内に生きついてやがるんだ。
歩いたが、何かがあるといった感じのところではない。どこに行ってもひびの入った不規則なコンクリートで成り立っている建物や男の写真や文字が書かれているポスターしか目に入らない。それ以外はまさしく無。
だけど、俺は不気味さを感じると同時に楽しんだ。当り前さ。どこにいっても人しかいないような都会から離れられて誰もいない自由な空間を今俺は歩いているんだから。本当に学校って最悪だよな。俺は一人でいたいというのにあいつら、つまり教師どもはどうしても俺を人と関わらせるんだから。おかげで俺はずっと死にたいと思いながら生きているんだ。それに同級生もたまったもんじゃない。同い年からと言って無理に全員を同じ教室にいさせるなんてひどい話だ。帰ったら親に何としてでもリモートがいいと伝えよう。そうすれば、いくらかは気持ちが休まると。もし、学校が親に俺は来ていないと伝えていたのなら、俺は登校中に吐き気がしていけなかったといえばいい。
俺は前を歩いた。今なら下を向かずに前を向いて大股に歩くことができる。暗い表情はしなくていい。明るい表情を作ろう。すると、目の前から何人かの人影が見えた。最初は一つに塊に見えたが、それはやがて個々の集団だということが判明した。四人…いや五人だ。
俺は少しひるんだ。さっきの希望のような感情はなくなっていく。もしかしたら学校の連中の可能性だってあるじゃないか。俺はどうしたかというと、どこにも隠れずに、いやそもそも隠れる場所はないのだが、とにかく歩き続けた。こうなったらやけくそだ。
だけど、それは学校の連中ではないと判明した。その五人組は確かに同じ制服のようなものを着ていたけど、俺の学校のものじゃな。その数人は黒シャツを着ている。あのポスターの男と同じ服装だ。同じ組織のものなのか?俺は立ち止った。そう思ったら俺はやばいところに来てしまったらしい。
ここはきっとその組織の私有地のような場所だったんだ。俺はそれを知らずに入り込んだんだ。そだとしたら、誰も人がいないのもうなずける。どうすればいいんだ。まっすぐ方向転換しても隠れ場所がない一本道だから動きは丸見えだ。怪しまれて、尋問されるんだ。こういう組織はそういうところだけではしっかりしているからな。きっと半殺しだ。怒鳴り声が響く地下室に連れていかれて拷問に伏されるんだ。ああ、神様、仏様、イエス様。学校をさぼったことは謝ります。親に黙って、エロ本を買ったことも謝ります。電車賃を親の金からくすねたことも謝ります。だからどうかお助けください。まっとうに行きますから。
奇跡など起こるはずもない。だけどいざというときはみんな責任を神様やそういうすごいものに押し付けるんだ。そして俺も今それをやろうとしている。とにかく祈った。そして、奇跡が起こらないということは証明された。
気づけば、その後人組は俺の前にいた。こうやって見るとみんな筋骨隆々だ。俺なんか簡単にひねりつぶされてしまう。俺の前には肉の壁が出来上がってしまった。俺は逃れることはできない。終わりだ。
俺は下を見た。まるで先生に怒られている小学低学年のように。壁はこちらをにらみつけているのがわかる。それぐらい敏感になっているんだ。
「どうやってここに来た?」一人の壁の一人がそういった。その声には感情がない。ただの機会のような響きがあった。
「その…ええと…歩いたら来たんです…」俺はどもりながらそう言った。聞こえるかどうかはわからなかったがどうやら聞こえたらしい。
「外の人か?」さっきの壁が答えた。相変わらずの機械音だ。
「はい…その通りです」俺はそう答えた。多分だけど、外の人というのはこの町の人ではないという意味合いだろう。だから俺はそう推測してそういった。
「ならば、日本国の人間か…」壁は言う。
「はい?」俺はその壁の言葉がわからずにそういった。日本国?それは当たり前だ。俺は日本国の国籍を持った高校生だ。それ以外の何者でもない。まるで、この壁は日本国というのを外国のように言っているような口調だ。
「洗礼は受けたのか?」別の壁がそういった。でもその壁も感情がないような声だ。違いは少し若い。
「洗礼とは…」俺はもう訳が分からなくなった。洗礼ってあのキリスト教徒がよくやるやつか?もちろん俺は受けていない。君もだろ?君が日本人かどうかは知らないが君も受けてはいないはず…。もしかしたここは宗教団体の町なのかもしれない。そして、この壁は信者なのかもしれない。そして俺はこう答えた。この回答は少し大きめの声で出すことができた。「受けていません」
この回答に少し沈黙があった。
「ならば、受けたまえ。案内にしてやる」最初に俺に尋ねた壁がそういうと、俺は五人組に囲まれて連れていかれた。逃げ出したいが無理だった。どうやって、この壁を突破すればいいんだ。ああ、俺の人生ももう終わりだ…。ごめんよ、母さん、父さん。まさかこんな感じで終わるなんて…。誰が予想できた…。浅田恵一さんが行方不明になっていることが新たに判明しました。警察は捜査を進めています。頭の中でいずれ流されるであろうニュースを作ってみた。警察さん。こっちだよ。テレパシーが使えるんだったらこっちまで来てよ…。
俺はそう思いながらそう思った。自分が死ぬことを望んだ結果だ。
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