ここへは啓一を応援に来ているわけではない。


祥子は、はしゃぐ二人の隣で、じっとその時を待っていた。




最終選考に残ったのは5人。


啓一は最後に登場する事になっていた。




まだオーディション段階だというのに、この5人の人気はすでにかなり高まっていた。


昨日までのただの一般人を、テレビは一瞬で変えてしまう。




そして最後に登場する啓一。


久しぶりに見た生の啓一からは、田舎の高校生の雰囲気は消えていた。




そこには、祥子の知っている啓一はいなかった。


ステージの上と客席の差が、祥子には今の現状を表しているように見えた。




バッグに忍ばせた藁人形をそっと握り締めたが、結局糸を引くことは出来なかった。


啓一に注がれる客席の声援。




それに答えるように必死に歌う啓一。


祥子にはそんな啓一を見つめる事しか出来なかった。




祥子の目に写る啓一は、とてもまぶしかった。


裏切られたとは言え、大好きな啓一の姿を、これからも見ていたいと思っていた。




遠くからでも構わない。


ただのファンの一人だとしても、頑張る啓一をこれからも応援したい。




祥子はそんな気持ちになっていた。


演奏も終わり、後は結果発表を待つだけ。




しかし、祥子は会場を後にする事にした。


あれだけ怨んだ啓一の頑張る姿を見て、怨みはどこかに消えてしまっていた。




こんな事で怨みを晴らした所で、何にもならない。


祥子は会場を出た所で、アンナの言葉を思い出す。




自分の夢を見つける事。


会場を一度だけ振り返り、祥子は一筋の涙をこぼした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る