第24話最終話


「いや……その……まいったな」


子どもたちに騙された。

4人で予約していると言っていたレストランへ来てみたら、フレアだけがテーブルに座っていた。


料理のセッティングも2人分だけだ。

レストランの店員に訊いてみたが、予約は2名様で承っておりますと言われた。


「やられたわね」


「そうだな……」


ぎこちない話し方が、互いに会わなかった時間を物語っていた。


フレアは3年前と変わらず綺麗だった。卒業式用のワンピースを着ているせいか、どこか高貴な婦人のような雰囲気が出ていた。

髪も艶やかで、健康的な肌の色艶は、今の彼女の生活が潤っている証拠だろう。

以前よりもっと美しくなっているかもしれない。



「久しぶりだな。その後……どうしてた?」


「普通に暮らしていたわ」


「そうか……」


会話が続かず、次の言葉を探すのに必死だ。

だけど、なんだか照れくさくて、単純に嬉しかった。


「あなたと、元の鞘に収まるとかはないから」


彼女は辛らつにそう告げてきた。

虚をつかれたが、そんなに調子よくことが運ぶとは思っていないから俺は頷いた。


「ああ、分かっている。元に戻るなんて有り得ないよな。俺は君にそれを求められる立場じゃない」


その辺はちゃんと理解しているつもりだ。

だけど、俺は3年ずっとフレアと子どもたちだけのことを考えて生きてきた。


ルナとゼノが卒業して、俺もこれから王都で仕事ができる。

今日は今までで一番嬉しく、めでたい日だと思っている。


給仕がワインを持って来て、食事が並べられていく。


フレアとゆっくり食事をしながら、今までのことを話せたら嬉しい。

久々のデート気分で、俺は密かに浮かれていた。


「冷めてしまう前に食事をいただきましょう。勿体ないわ」


「ああ、そうだな」


俺達は、子どもたちが準備し、予約してくれた食事を食べ始めた。

成人するまで育て上げたんだ。親として責任を果たせた達成感に満たされて気分がいい。



「卒業するまで、子どもたちをしっかり育ててくれてありがとう。ゼノの卒業式に出席した。卒業生代表の挨拶をしていた。親として鼻が高かったよ」


離れている間の子どもたちの様子をフレアからいろいろ聞きたいと思った。


「そうね。子どもたち自身が頑張ったということかしら」


「立派になった。小さいころから、君がしっかり教育してくれたおかげだな。あいつらは凄いよ」


ふふふ、とフレアは笑った。

少し冷ややかに見えたのは気のせいだろうか。


「何をもって凄いと言っているのかしら。ゼノが卒業生代表になったから?」


「まぁ、そうだな。普通、平民の俺たちの子が、代表の挨拶なんてできないだろう」


「父親としてグレンがやって来たことは、お金の援助だけだったわね。まぁ、先立つ物がなければ勉強もできなかったでしょうから」


「いや、父親として当然のことだから」


確かに金だけだったが、それを得るために俺も必死に働いてきたんだ。


「成人するまでという約束だったから、もう子どもたちの養育費は必要ないわ。これからの稼ぎは、あなたが自分で使って下さい。ゼノもルナも、お金の心配をせず学業に励めたことに感謝していると思う」


「ああ……そうだな。わかった」


「私も、十分収入があるから、援助を受けなくても生活できるし、今後は自分たちの道を子ども抜きで歩んで生きましょう」


「ああ。その……俺は、今度騎士団長として王都に戻ってくることになった」


「ええ、聞いたわ。大出世じゃない。おめでとう」


「だからたまには、こうして食事なんかできたらいいかなと思っているんだ。まだ、前に住んでいた家が残っているんだったら、そこを買い取って、修理しながらゆっくり生活するのもいいかと思っている」


フレアは、両方の眉を上げて驚いたかのように目を丸くした。



「ゼノもルナも、何の問題もなく学んできたわけじゃないわ。特に、3年前。ちょうど私たちが離婚して、あなたが王都を出て行った時期は最悪だった」


「……」


あの時期俺は、巻き戻りの人生を繰り返していた。

メリンダに刺されて死に、生き返り、また同じように殺され、それを繰り返していた。


「ルナはあの時、精神的に不安定になって長い間カウンセリングを受けなければならなかった。ゼノも体調を崩して入院したわ。私たちの離婚のせいで、あの子たちがこんなに苦しむなんて思ってなかった。私も必死だったけど、自分のことを優先してしまった結果、子どもの体調に気を付けてあげられなかったことを反省した」


ハッとして、俺は相槌も打てないほどショックを受けた。


「あの時は……そうだったのか……」


そうだ。原因は俺の死に戻りだろう。

何度も子どもたちの前で殺された。それがトラウマにならないはずがないだろう。

そのことを失念していた。


くそっ……もっと子どもたちを気遣ってやるべきだった。


「その時に支えになってくれた人がいるの。彼は、私のことを陰でずっと支えてくれていた。精神的にも心強かったわ。もちろん子どもたちのことも気にかけてくれて、いろんな相談に乗ってくれていた」


「支え……彼?」


「そうよ。あなたにメリンダさんがいたように、私にはマイクがいたわ」


「マイク……」


誰だ?


確か最初の人生で、フレアの仕事場の主任をしていた男がマイクだと名乗った気がする。


「彼は、子どもたちが成人するまで3年、待っていてくれたの」


「……そうだったんだな。だけど、俺はメリンダのことは愛していなかった。愛しているのはずっと変わらず、フレア、君だけなんだ」


「あなたは気が付いていないかもしれないけど、これは復讐よ」


「フレアの……復讐……」


「いいえ、私はもうあなたのことは何とも思っていない。多分、このレストランでの食事会は、子どもたちの復讐ね」


「子どもたち……」


俺は子どもたちから復讐されているのか?

何で子どもたちが……俺は口をぽかんと開ける。



「間違いなく、親に対する感謝ではなく、子どもたちがグレンにとどめを刺せと言っているんだと思うわ」


「とどめを……」


どう言うことだ。


「マイクのことは子どもたちも知っているし、彼を認めている。私が今愛しているのは彼だし、子どもたちも、お母さんには幸せになって欲しいと言っているわ」


「フレア、君は再婚するのか?」


「ええ。私、自分の幸せのために、これから生きていくの。彼と二人でね」


俺は、ほんの一瞬、息が止まった。

フレアには恋人がいるのか。俺以外の男を好きになったのか。


そうか、フレアは幸せになるんだ……


俺はそれを願っていたんだ。あの時は確かにそう言ったはずだった。

ゼノとルナに『とき戻し』のことをきいたとき、確かに俺の願いはフレアの幸せだった。

子どもたちにもそう言った。



子どもたちが俺への復讐として選んだことが、フレアの結婚報告だったのだろうか。

それが復讐なのかどうかは分からないが、多分復讐なんだろう。


手紙のやり取りや、たまに会った時、俺は必ずフレアのことを訊いていた。

フレアとやり直したいという俺の気持ちを子どもたちは知っていた。

まだ、やり直したい。やり直せるという安易な考えを子どもたちは分かっていたんだな。


そう考えると、確かに復讐だ。


勝手にフレアと一緒に俺も幸せになろうと考えていた。

恥ずかしさのあまり頬や首筋が紅潮する。


独りよがりな考えだった。


フレアはゆっくり息を吐き出して、にっこりと笑った。




「愛していたら浮気なんかしないのよ」




                        


                          完

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