第9話グレン、ゼノ


ルナは魔法学園だが、ゼノは騎士学園にいる。


ここは規律が厳しいから、休日にしか子どもと面会できない。

地方からも生徒たちの家族が会いに来ているのか、学園内にあるカフェは人が多かった。


「どうだ?学園では問題ないか?」


「ああ、父さん。なんとか上手くやってるよ」


ゼノも少し見ない間に背が伸びたようだ。

立派な騎士になる為、これから厳しい訓練を受けなければならない。


「俺も騎士学園を卒業したから、少しは助言できると思うぞ。何かあればいつでも相談にのる」


「ああ。ありがとう父さん」


「……」


何から話そうか戸惑ってしまい、テーブルの上にある茶を口に含む。

ゼノは気を遣ってか、自分から話しかけてきた。


「急に訪ねてきてどうしたの?」


「ちょっと母さんと喧嘩してしまって。もしかしたらゼノに今いる場所を言っているんじゃないかと思ってな」


「母さん家を出て行ったんだ?」


「ああ。まぁ、でもすぐに戻ってくるとは思うんだけどな。家のことをほったらかして出て行ったから困ってるんだ」


ゼノは不機嫌そうに眉をひそめた。

しまった……言葉を間違えたか……


「母さんは家政婦じゃないよ。家事が目的なら、家事メイドを雇えばいいんじゃない?」


「妻が家にいるのに、手伝いを雇う必要はないだろう。それに、お前たちももういないんだから掃除や洗濯なんてたかが知れている」


俺はこんなことを言うつもりはなかったのに、勝手に口から次々と言葉が出てしまう。

……だが、男は外で働き、女は家を守る。

それは当たり前のことだろう。


「それで、何が訊きたいの?」


「いや、すまない。さっきの言葉は間違いだ。家事をするのは女の仕事だが、フレアは仕事をしていて手が回らないこともあるだろう。これからは家事メイドを雇おうと思っている。いままで母さんには苦労をかけた。今後はゆっくりしてもらいたいしな」


「へぇ、そうなんだ」


「ああ、そのつもりだ。で、ゼノはフレアの居場所を知っているんじゃないかと思って聞きに来たんだ」


「俺はよく分からないけど、居場所を知られたくないから、父さんに知らせないんじゃないかな。自分の居場所を教えない理由はそれしかないだろうし」


「話し合いもせずに出て行くなんて自分勝手だろう。俺はちゃんとフレアと向き合おうとしているんだ」


ゼノは頭を傾け、考えている様子で顎に手を置いた。


「今まで、母さんは何度も向き合おうとしてきたんじゃないかな?それに応じなかったのは父さんじゃないの?」


なにを急に言い出すんだ。俺は何度も瞬きをした。


「話をしようと思ってダイニングへ行ったら、もうフレアは出て行った後だったんだ」


「俺とルナが学園に入学が決まって寮に入ることになった。だから、俺が母さんの背中を押したんだ」


「……背中を押した?」


どういう意味だと眉を上げて息子を見る。


「父さんと離婚したらって俺が言った」


ゼノが離婚をすすめた?

まさかの言葉に、唇がプルプルと震えだす。


俺の中に正体不明な不可解な黒い感情が湧き上がった。



二人の間に沈黙が続いた。


「ゼノが、離婚しろと言ったのか……」


「母さんは何も言わなかったけど、父さんの浮気のことなら知ってたよ。ルナも、俺も街で何度も二人を見たからね」


メリンダと一緒にいるところを子どもたちに見られていた。


「ただ女性と歩いていただけで浮気だなんて勘違いをするな。大人にはいろいろ付き合いがある」


「ちゃんと認めた方が男らしいと思うけど。でも、大人の男ってそういうものなのかもしれないね」


よかった。ほっと胸をなでおろす。

ゼノは15歳だとはいっても男だ。俺の気持ちが分かっているんだな。

よくあることだし、友人たちの親も遊びでそういう付き合いはしているんだろう。


「付き合いで、女性と遊んでいたことは認めるよ。だけど反省しているし、フレアにはちゃんと謝るつもりだ。お前たちもまだ子どもだ。家族をバラバラにしたくはない」


「そうだね。バラバラになるのは寂しいよ。けど、それを母さんが望んでいるなら、そうするべきだと思う。まだ俺は成人してない学生だから、母さんにしてあげられることは少ない。でも、俺も男だから、母さんのことは俺が守るよ」


子どものくせに何が守るだ!

親の加護のもと学園へ通っているんだぞ。

俺は深く息を吸い込んで呼吸を整えた。


ここでゼノと喧嘩になったら元の木阿弥だ。子どもを味方につけて、フレアに帰って来てもらわなければならない。

ここは俺が自分の非を認めるべきだ。


「そうだな。母さんのことは頼んだよ。だけど、父さんにもチャンスが欲しいんだ。俺は失敗してしまった。一番大切なフレアを蔑ろにしてしまった。できることならやり直したいと思っている。フレアの笑顔をもう一度見たいんだ」


「俺たちの前では母さんは笑顔しか見せなかったよ」


「そうだったな。立派な母親だ」


子どもたちの前でだけ笑顔で、心の中は泣いていたのか?

いくら彼女が隠していても、子どもたちは彼女が悩んでいたのを知っていたんだな。

それなら、ちゃんと表に出して俺を責めてくれれば……こうはならなかった。


後悔に苛まれ拳を握りしめた。爪の先まで青白くなる。

怒りの持って行き場がない。



「気が付かなかったのは父さんだけだった」


よほど子どもの方がフレアを見ていたのか。

そう思うと精神的にキツイ。


「すまなかった。俺は母さんのことを何も見ていなかった。酷い男だった。フレアが出て行ってたった4日しか経っていないのに、生活できないほど家はぐちゃぐちゃだし、精神的にもやられているよ」


「そうだろうね。でもさ、母さんは4日じゃないよ」


「……ん?」


どういう意味だとゼノを見る。


「10年苦しんだんだ」


息子の言葉に一瞬息が止まった。


急に吐き気がした。喉元に苦い汁が込み上げてくる。


自分が気付かなかったことをゼノが教えてくれている。ルナもそうだ。

同僚の嫁、近所の住人、フレアの職場の職人……周りの者が皆、俺に伝えていた。

俺は……何をしていたんだ。


子どもにまで見放されたら、俺はどうやって暮らしていけばいいんだ。

やっとの思いで声を絞り出した。


「……フレアは、離婚届を書かない限りは話をしないと言っている」


「長年母さんと暮らしてきたんだし、性格はわかってるだろう?サインしなくちゃ母さんには会えないよ」


ゼノは当たり前だろうというふうに、両眉を上げた。



「そう……だろうな」


くそっ……15年一緒に暮らしてきた家族だ。

そんなに簡単に手放したくはない。

手放したくないんだ……


愛してもいないのにメリンダとだらだら関係を続けるんじゃなかった。

深い絶望感に襲われる。

後悔しても今更どうしようもないのか……


「父さんはずっとお前たちの父親だ。だから何でも相談してほしいし、頼って欲しいと思っている。今まではそれができていなかった。反省してる。学費や寮費、その他何か必要な費用があれば心配しなくていいから」


最後にそう言って、俺はゼノとは別れた。

俺は悔しくて悔しくて、奥歯を強く噛み締めた。



身から出た錆とはいえ、本当に情けない父親だ。


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