第6話グレン1


結局フレアは帰ってこなかった。


当たり前だがフレアが家にいなければ、飯が出てこない。

風呂も準備されていないから、仕方なく水で体を洗った。汚れた衣類もそのままの状態だ。


俺はダイニングの椅子に座って肩を落とした。


(……フレアはいったい何処へ行ったんだ)


彼女が機嫌を直すまで待つべきかもしれない。

今はお互い頭に血がのぼった状態だ。きっと冷静になったら戻ってくるだろう。

……しかし、もし戻って来なかったらどうしよう。


大げさに騒いで、皆の知るところになると恥をかくのはフレアもいっしょだろう。今まで上手くやってこれたじゃないか。旦那の浮気くらいでガタガタ言っていたら騎士の妻など務まらない。


もし、フレアが戻ってきて黙って出て行ったことを反省していたら許してやろう。怒らず優しく迎えてやる。


ずっとフレアを待っていても、誰も食事を用意しないから腹は減る。

仕事にも行かなければならない。


俺は結局、フレアが残した短い手紙と離婚届を前に、朝までそこに座っていた。



俺は疲れた体を引きずるように仕事へと向かった。

ただ待っているだけでは状況は悪くなる一方だ。


フレアの居場所だけは把握しなければならない。そもそも職場を変えたのなら夫の俺に報告すべきだ。

フレアと話し合わなければ解決しないし、家事をする者がいなければ部屋は汚れていく。


仕事を早めに切り上げて、帰りに宝飾店へ寄ることにした。

ジュエリーを売っている店なら、作っている工房の情報は持っているだろう。


そう考えて、以前から利用しているジュエリーショップへ足を運んだ。

ここは王都でも人気の宝飾店で、規模もそこそこ大きい店だった。


「3ヶ月前に、ここでネックレスを購入したんだが」


俺は近くにいた販売員を捕まえて話をした。


「いらっしゃいませ。ご贔屓にしていただきありがとうございます」


店員は胡散臭そうに俺を見た。


「少し知りたいことがあって立ち寄ってみたんだ」


「商品に何か問題がありましたか?」


俺が顧客だと分かれば、王都の宝飾工房のことを教えてくれるだろうと考えた。

だが、俺をクレーマーと思ったのか、笑顔を貼り付けながら見る目は冷ややかだ。


「いや、問題があったわけではない。前回購入したネックレスが気に入ってね。どこで作っているのか知りたいと思ったんだ。この辺りで、貴族用のジュエリーを作っている工房は何処だろう。高価な宝石専門に作っているようなんだが」


「そうでしたか。しかしながら、工房から直接購入はできないと思います。販売ルートという物がございますから。お客様は、前回どのような商品をお買い上げ頂きましたか?」


前回ここへ来たときは、メリンダと一緒だった。誕生日にネックレスが欲しいと強請られたからだった。

凝ったデザインのネックレスで、結構値が張った。彼女の髪の色と同じ赤のガーネットが散りばめてある物だ。


「ここにあった、ガーネットのネックレスだ。6月中旬に買った」


俺はネックレスが置いてあったショウケースを指さした。

購入した物と同じ商品はなかったが、俺が何を買ったのかが店員には分かったようだった。


「少々お持ちくださいませ」


店員は俺が常連客だと分かったからか、上機嫌で購入伝票を持って来た。


「ああ。グレン様ですね。このタイプの18万ゴールドのネックレスをお求めでしたね」


彼はその時担当をしてくれた、女性の店員を呼んできた。

そうだ、俺達を接客したのはこの子だった。

18万は結構な金額だから、彼女も俺のことを覚えているだろう。

あの時は、10年付き合ったメリンダに感謝の気持ちを込め、もう二度とプレゼントを渡すことはないだろうと思い奮発した。


「グレン様ありがとうございました。あのネックレスと同じ物をお求めですか?」


「いや、どこで作られているのか気になったんだ。貴族のご令嬢でも気に入る良くできたデザインだった。工房が分かれば、この先もそこで作られたジュエリーを指定して買えるだろう」


「ああ、そうですか。こちらはフレアさんの作品ですね。あ、確か……」


「ふ、フレア……?」


あまりの衝撃に、言葉につまった。この店員は、今、フレアと言ったか?

店員は俺の強張る表情に気が付いていないのか、顧客名簿のような物も確認しだした。


フレアの作品?俺は聞き間違いだと必死に願う。


彼女は顧客名簿を確認して、俺が過去にここで買った宝飾品の伝票を見つけた。


「グレン様は、以前もガーネットのブレスレットや、イヤリングをお求めですね。あ!そうです。確か2年前のこのイヤリングを購入された時に、たまたまお店に制作者のフレアさんが納品に来ていらしたんです。それで、ちょうど今、作品が売れましたよとお教えしたら、大変喜んでらっしゃいました」


彼女はその時のことを思い出し目を輝かせた。


「フレアが、俺が買い物をしている時に、ここにいたのか?」


「グレン様が恋人の方と仲良くイヤリングを選んでいらして、それを従業員用の入り口からフレアさんが見ていました。作家としてはお客様の動向が気になったんでしょうね。フレアさんは仕事熱心ですから」


店員は自慢げに話し続ける。私は記憶力がいいんですといわんばかりに饒舌だ。


「確か、グレン様の恋人の方が好みそうなデザインを作りたいとフレアさんがおっしゃったので、顧客名簿をお見せしたんです。グレン様は、何年も前から、恋人の方のプレゼントにこちらでジュエリーをお求めいただいてました。フレアさんはそれを確認していらっしゃいました」


「な、なんだって……」


もはや、青ざめるを通り越して、血の気が引いて頭痛がしてきた。


「過去に遡って、きちんとお客様のお好みを把握できるよう、当店では顧客管理を徹底しているんです」


「俺が今までに買った商品を、全てフレアが知っているのか……」


「はい。フレアさんの作品はとても人気がありまして、貴族の方も予約待ちがあるくらいなんです。デザインからお客様と一緒に考えて作られることもあります」


「大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いようですが?」


店員は震えながら苦悶の表情を浮かべる俺を見て、驚いたように何度もまばたきをした。

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