現実

第39話

シンの毎日は、間違いなく充実していた。


大好きなユウがいて、バンドに学校にと、夢なんかなくたってそれなりに楽しかった。


普通の幸せ、当たり前の中学生活だった。

やっと手に入れた幸せ。

しかし、簡単にはすべての幸せは訪れなかった。


今、俺は充実してるなぁ、なんて思ったときにこそ、不幸は訪れるものだ。


シンの家は貧乏だ。

親が親切心で引き受けた保証人が原因である。

シンは小さい頃、真っ直ぐ家に帰ることができなかった。


家の前には、子供ながらにもわかる怪しい人。

どれぐらいの借金があったかは、今でもシンは知らない。

ただ、生活が圧迫されていることは明白だった。


いつもランドセルを背負ったまま、近くの公園で暗くなるまで暇を潰していた。

家で夕飯を食べることは、ほとんどなかった。


年の離れた兄貴と父親の2人で働くようになり、借金があってもそれなりに食べていけるようになったのだろう。


相変わらず貧乏ではあったが、ようやく明かりの下で、家族みんなで夕飯を食べられるようになった。


それは、シンにとって何よりの幸せだった。

それでも、そんな束の間の幸せは脆(もろ)くも崩れ去る。


ある日突然、兄貴が駆け落ちしてしまったのだ。


2人で働いてやっとだった家庭は、簡単に崩れてしまった。


シンが小学6年生のときである。

ギリギリの生活のなか、シンの家に、兄貴に代わって義理の弟がやって来た。


義理の弟といっても、親戚でもなければ血も繋がっていない。


両親の昔からの知り合いの息子で、とある都合でシンの家に来ることになったのだ。


兄貴が出て行き、弟が増えた。

シンの脳裏には、かつて経験した暗闇の恐怖が浮かんだ。


2人で働いてやっとだった生活。

それが1人に減り、養う家族が1人増えた。

それがどんなことを意味しているのか、うっすらと感じることはできた。


以前のシンであれば、暗闇と戦うことができた。

しかし明るい家庭を知ってしまったシンには、暗闇を恐れる心が生まれていた。


知らないということは、無限の想像力を膨らますことができる。

だが、すでにシンはその想像力を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る