第61話



 凛は……この状況をどう考えているのだろうか? こういうの、気にするのだろうか?

 俺は多少気にするが、どちらかというとムカつくとか怒りの方が強いのだが……。

 凛がちょっと、心配だった。

 由奈の眉が心配そうに寄せられているのを見て、俺は一つ大きく息をついた。


「分かった。俺からちょっと聞いてみるよ」


 そう言いながらスマホを手に取り、凛の連絡先を開く。

 ……今、どうしてるんだろうな。


 スマホを耳に当て、凛に電話をかけた。

 しかし……彼女が出る様子はない。


「……出ないな」

「……そうよね。凛の家とかって、どこにあるか知らないの?」

「知らない……けど――」


 俺は少し考え込む。

 この状況で、凛が何をしているのかを調べるための情報が必要だ。

 凛に繋がらない以上、彼女の親戚や周りの人たちに連絡するしかないだろう。

 それも知らない場合は――。


 凛のことが気になって仕方がなかった。俺の頭の中に浮かぶのは、彼女の泣きそうな顔ばかりだ。あんな様子のまま放っておけるはずがない。


「霧島さんに、聞いてみるか」

「……分かるの?」

「ああ、グレーゾーンだけど……協会の人たちに俺たちは住所の登録をしてるからな。簡単に調べられるはずだ」

「……な、なるほど」


 由奈が少し不安そうな彼女を横目に、俺はスマホを手に取って霧島さんに連絡を試みた。

 コール音が数回鳴ったが、つながらない。

 ……忙しいのかな? とりあえず、メッセージだけ残しておこうかと思っていた時だった。

 折り返しの着信が入った。


『天草さん? どうかしたのですか?』

「霧島さん、すみません、今いいですか?」


 電話越しからは、何か物音が多く聞こえた。

 人の声やバタバタと動くような音。

 それに混じるようなタイピングの音――どう考えても忙しそうな様子だ。


『ええ、まあ』

「……忙しかったですかね?」


 一瞬、霧島さんは苦笑したような声を漏らしつつ、答えた。


『ええ、実を言うとここ最近、ダンジョンの出現数が急増していて……探索者の管理がなかなか大変なんです』

「ダンジョン……そういえば、増えているみたいですね」

『はい。それに加えて……うちの協会職員はほとんど経験も知識もない人ばかりで、対応が追いつかないんですよ。……今までサボりにサボっていたツケが回ってきたかのような感じですね』


 その言葉からは、どうにもならない現状に対する不満が表れているようだ。

 ……こんなときに俺の個人的な相談を伝えてもいいのかと考えて黙っていると、


『それで、どうしたんですか? ここ最近、神野町ダンジョンは落ち着いていましたよね?』


 問いかけてきた。いけない。忙しいのに、黙っている時間だけ霧島さんに迷惑をかけてしまう。

 ここで電話を切っても仕方ないので、俺は少し戸惑いながらも本題に入ることにした。


「実は、凛と連絡が取れなくて……少し心配なんです」

『……神崎さんですか?』

「はい。ネットなどで色々と言われているそうで……」

『……そういえば、少しだけネットなどの話を見た気もしますね』


 霧島さんの声が微かにトーンを落とした。

 霧島さんの返事は一瞬止まったように感じた。

 だが、すぐに再び声が返ってくる。


「それで、その……凛の住所とかって調べられないかなぁ、っと思いまして……」

『神崎さん……ですか。一応調べられることは調べられますが、さすがに教えるのは……ただ、ちょっと待ってください。今、調べましたが今日も依頼を受けてくださっているようです。埼玉のダンジョン攻略に向かってくれているみたいですね』

「……それって詳しく教えてもらうことはできますか?」

『……そうですね』


 霧島さんは一瞬ため息をついたが、柔らかい声で答えてくれた。


『ちょうど今、大宮のダンジョン攻略に向かっている記録があります。協会から依頼されている案件です』

「……場所は分かりますか?」

『ダンジョンの住所送っておきますね。……確かに、ここ最近神崎さんに異常なまでに依頼が発注されていますね。1日に二つ三つの依頼が出されて……断っているのもあるようです』

「……1日に二つって。そんなのどう考えても無理じゃないですか」

『無謀がすぎますね。……ネットなどで、神崎さんが断っているという話もありますが……これはさすがに……管理が杜撰というか……無謀というか、意図的に無理な発注をしているように見えますね』


 ……霧島さんのいう通りだ。

 最速で攻略に向かったとしても、1日で一つ攻略できればいいほうだ。

 ダンジョン攻略には体力だって使う。1日攻略に使ったら、きちんと休養しなければパフォーマンスだって落ちていく。

 ……毎日、そんな無謀な攻略を続けていれば、いずれどこかで限界を迎えてしまう。


 凛……もしかして、ネットの書き込みとかを気にして、無理してないよな?


「……その依頼の発注状況などをまとめておくことはできますか?」

『……ええ、確認しておきます』

「お願いします」


 ネットで断られていると叩いている連中に、その依頼の状況を伝えてやれば、納得するんじゃないだろうか?

 凛はこの前チャンネル作っていたんだし、そこに投稿すれば、理解してくれるだろう。

 ……じゃなければ、さすがに凛が可哀想だ。

 ひとまず、電話を切り終えると、ちょうどバレットソードを持って凛がやってきた。


「……由奈?」

「今から行くんでしょ?」

「よく、分かったな」


 俺がバレットソードを受け取ると、由奈が笑顔を浮かべる。


「凛のこと、よろしく頼むわね」

「ああ。母さんと……お義父さんには帰りが遅くなるかもって伝えておいてくれ」

「うん、分かったわ。んじゃあ、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」


 俺は装備を整え、すぐに家を飛び出した。


 ……別に、凛が何も気にせず、普通に他の人たちのことを考えて依頼を受けまくっているというのなら、それでいい。

 でも、もしも凛が……ネットなどの書き込みを気にして無謀な依頼を受けているというのなら、それは違う。


 ……凄い、嫌な予感がする。

 これは、元Sランク探索者としての勘のようなものだ。


 ……俺の勘違いだったら笑い話で済ませればそれでいい。

 過剰に問題視して、何もないなら……それが一番だ。

 でも、楽観視して……何かあってからだったら、俺は絶対、それを後悔する。


 俺の家から大宮まで電車でいくとなると一時間はかかる。

 けど、身体強化を使って移動すれば、もっと時間を省略できる。


 暗くなり始めた街の中を、俺は闇に紛れるように大きく跳躍して、街をかけていった。

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