第54話
『天草さんの挑戦している神野町ダンジョンへと、探索者数名が挑戦してみましたが……やはりかなり高難易度のようですね。苦戦しているようです』
『ええ、まさか、こんなに大変とは思いませんでしたよ』
テレビでは、現役の探索者たちが挑戦してみての感想などを言い合っている。
早乙女さんのおかげでメディアなどもダンジョン内部の様子を撮影できるようになったこともあり、実際に来ることも増えた。
まあ、俺がSランクじゃなくなったこともあるだろう。
神野町ダンジョンの脅威さも知られていっているようだ。
探索者が興味本位で訪れる機会も増え、最近は活性化も落ち着いている。
『今後もまた彼にはSランクとして、正当に協会に評価していただき、また探索者として活躍していただけることを期待したいですね』
『そうですね』
キャスターの口調は真剣そのものだった。
「なんか、最近晴人のSランク探索者復帰を期待する声が増えてるわよね」
「らしいな」
由奈の声に、軽く頷いて返す。
「ネットとかのまとめサイトとかでかなり見るわよ。SNSでも頑張ってほしいとかなんとか……」
……うっせーっての。
今まで散々な目に合わせてきてんだから、これからは自由にやらせてほしい。
今まで散々好き放題に俺を貶めておいて、今さら持ち上げたところで、もう遅いっての。
許すとか許さないではなく、探索者協会の連中とは関わりたくない。
本当に、理不尽な連中だからな。
彼らのおかげで、世の中の理不尽な出来事に我がことのように苛立ちを覚えるようにもなった。
まあ、世の人たちが何をいってこようとも、俺としては別にどうでもいい。
俺としては家族や周りの人に何もしなければ、それでな。
テレビが何を言おうと、協会が何をしようと、何を企んでいようと、俺としてはその一線を超えてこなければそれでいい。
……まあ、メディアが執拗に家族まで叩いてきたときは、さすがにブチギレそうだったけどな。
もし――またあんなことがあれば、俺はもう我慢できないかもしれないが。
「お義兄ちゃん、何か顔怖いわよ?」
「……テレビは好き勝手言ってんなぁ、って思ってな」
「……まっ、そうよね」
俺は誤魔化すようにそう言ってから、掃除を再開した。
休日。凛はリビングのソファに深く座り込みながら、通知音の鳴り響くスマホを手に取った。
協会からのメッセージだ。
彼女宛に届いたメッセージには、簡潔な依頼が記されている。
内容をまとめれば、今日中に示したダンジョンのどこかを攻略してほしいというものだった。
桐生が現在休養しているため、関東地方にいるSランク探索者は凛一人だけとなる。
だからこそ、これまで桐生が対応していたものが凛に割り振られることになった。
凛としてはため息を吐きたくなった。
「ダンジョン一つ……攻略……断ってもいいけど――」
凛は、桐生の配信で見た晴人の姿。
また、彼と話をしたときのことを凛は思い出していた。
彼は、まだまだ強くなり、前に進んでいく。
そんな晴人の背中に追いつくには――。
「……私も、もっと強くならないと……だよね」
晴人とこれからも友人として。あるいはその先の関係を望むのなら――足を止めるわけにはいかない。
本当なら、休日は休みたい。
Sランク探索者にさして興味もなかったけど、でも、強くなりたい気持ちを凛は抱いていた。
凛は由奈に教えてもらったこともあり少しだけスマホにも慣れていた。練習のつもりでゆっくりとフリック操作を行いながら、メッセージに返事を行った。
依頼を受けるということで送信ボタンを押し、凛は気合いを入れ直した。
「うん、がんばろう……っ」
そんな独り言で気合いを入れ直した凛のスマホが震えた。
協会からの返信だと思った凛がスマホの画面を見ると、実家からの着信だった。
凛の表情は険しくなる。
凛は一瞬出るのをためらったものの、放置しておくわけにもいかない。
恐る恐る通話ボタンを押すと、聞き慣れた母親の声が飛び込んできた。
『凛! あんた、今月の送金、まだなの!?』
挨拶もなしに、母の声は直接的な非難を込めて響いた。
母の言葉に、凛はびくりと肩を跳ね上げながら……ゆっくりと口を開く。
「今月の分は先週送った……よね。それに、前より少し増やして――」
『そんなのじゃ全然足りないのよ! お父さんだって仕事辞めちゃったんだから、もっとしっかり稼いでくれないと困るのよ!』
凛はぎゅっとスマホを握りしめた。心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。
「……でも……お母さん。その……私も、毎日頑張ってる。依頼だってこなしてて……でも、そんなにお金に余裕があるわけじゃなくて――」
お金に関してはもちろんある程度はある。しかし、凛としては無駄遣いをしてもらいたくはなかったからこその発言だった。
しかし、そんな凛の言葉に、母は一切耳を貸さない。
『そんなの当たり前でしょ! 凛、あんたは異能者なんだから、普通の人より稼ぐの!? あんたが働かないと私たちの生活が成り立たないのよ! あなたは大事なあたしたちの子供なんだから、ちゃんとしてよ!』
母の言葉に、凛はぎゅっと唇を噛んだ。
浮かんだ言葉を口にしようと思ったが、迷う。こんな相手でも、凛にとっては血の繋がった親だった。
それに、幼い頃の優しかった母を思い出し、凛は唇を僅かに噛んで言葉を飲み込んだ。
「……わかった。また追加で送金する」
ようやくそれだけ絞り出すように答えると、母は何事もなかったかのように明るい声を出した。
『そうね、さすが私たちの娘だわ! じゃあよろしくねー』
通話が切れると同時に、凛の体から力が抜けた。
昔の、優しかった頃の両親の姿を思い浮かべながら、いつかその二人が戻ってきてくれることを信じていた。
だから、凛は小さく息を吐いた。
「皆のために……ダンジョン、攻略、頑張らないと」
呟きながら、凛は静かに目を閉じた。
拳をぎゅっと握りしめながらも、心の奥底では自分に言い聞かせていた。
――きっと、頑張ればまた楽しい日々が戻ってくる。
明日は今日よりもよくなると信じて、凛は刀を持って指定のあったダンジョンへと向かった。
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