第53話



「そ、そうじゃなくて……ごめん、その、私、口下手で……」

「そんなことないって……俺の理解力がなかっただけだ。……えーと、どういう意味だったんだ?」

「探索者として……どうして戦えるのかな、って。嫌とか……辛いとかって……感じたこと、ない?」

「俺か? ……神野町の人たちに優しくしてもらったし、その恩返しみたいなもん、だな」


 大切な人たちのために力を使う。それを俺は実行しているだけだ。


「そ、っか……私、探索者の友人とかいなくて……聞いてみたかったんだ。ごめん、いきなりこんなこと聞いて」

「いや、いいって」


 ……俺も、そういった話をしたことはなかったな。

 凛は小さく頷いてから、再び俺を見た。その瞳はどこか寂しげだ。


「晴人は、これからもダンジョンに入るの?」

「ああ。まずは、神野町ダンジョンを完全攻略していくつもりだ。こう、年がら年中活性化起こされたら、こっちの私生活に影響でまくるからな」


 俺だけじゃなくて、三好さんたちもだ。

 ……神野町の探索者に死者は出ていないが、それだっていつ何が起こるか分からない。

 神野町ダンジョンで稼いでいるという側面もあるかもしれないが、神野町ダンジョンで命がけで戦うなら、同じ労力で別のダンジョンに潜った方が絶対稼ぎはいいしな。


「……そっか」


 凛の返事はどこか遠くを見つめているようで、気になる。


「凛はどうなんだ?」

「わ、私……?」

「ああ。凛は探索者として活動していくこと、どう思っているんだ?」

「……私は――嫌、かな」

「……そうだよな」


 俺はまあ……どちらかといえば、戦闘自体を楽しめている部分はある。

 戦えば、戦うだけ、強くなっていける……そのゲーム感覚が、嫌いではない。

 より強い魔物と戦うことで、強くなっている自覚はある。

 でも、そこはやはり人それぞれ感じ方は違うだろう。


「うん。まったく……じゃないけど、誰かのために戦うとか、そんな立派な理由とかは……考えらない。……探索者としての活動も、できるなら……やっぱり、嫌」


 ……凛は、メディアに出るときも基本的にそういう態度を崩さないよな。

 そのクールさが一部で受けているようだけど。

 けれど、今の世の中、探索者としての力をもつ人はどこの国に行っても基本的にその力の行使を求められる。

 ……まだまだ、異能者の絶対数が少なく、その中でダンジョン攻略ができるほどの探索者となると極端に数が絞られるため、世の中の流れ的に仕方ないのだ。


「活動を完全に辞めることは難しいから、何か楽しみを見つけられたらいいよな。探索者は稼ぎがいいんだし……もっとこう、お金をばーっと使ってみるとか……いやでも、変なお金の使い方をするとかじゃなくてな」


 ……凛に勧めておきながら、これでギャンブルとかにハマってしまったら悪いし……どうすればいいだろうか?

 俺が迷っていると、


「楽しめること……そ、そういえば……一応食べ歩きが好きだから、色々食べたい、くらい」


 凛がぽつりとそう言って、恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「なら、それを目標にして探索者としてちょこちょこっと稼げばいいな」

「……い、いいのかな? そんな理由だと……なんか、他の探索者の人に失礼っていうか……」


 ……まあ、桐生さんとか見ているとな。

 誰かのためとか、地位向上とか……そういった目的をもって探索者をする人もいる。


「ああ、十分すぎるくらいだ。探索者なんて、皆が無理にやる必要はないんだよ。むしろ、凛みたいな楽しみの方が健全だと思うぞ」

「……そ、そう言ってもらえて……良かった」


 凛は心の底から、安堵したように息を吐いた。

 ……まあ、Sランク探索者に求められるのって桐生さんみたいな人だからな。

 自分から積極的にダンジョンへと潜り、どんどん攻略をしていくような……そんな人を世の中の人は求められる。

 凛はきっと、そういう悩みを抱えていたんだろう。


「食べ歩き、か……つまり趣味ってことだよな」

「……うん、そうなる、かな」

「俺も何か趣味とか見つけるかな……あんまりないし……由奈って何か趣味あるのか?」

「え!? え、えーと……配し――いや、その……配信とか見たり、ネットでレスバ――ネットで意見交換をしたりとか……? まあ、普通の女子高生の趣味って感じよ?」

「普通の趣味、かぁ。……俺もダンジョンで戦う以外に何やるのがいいのかね」

「……まあ、ゲームとか漫画見たりとか? よくクラスの人がそんな会話してるわよ?」

「なるほど……」


 俺もたまにはやるけど、やはりまとまった時間がとれないからな。

 休日は休みたいっていうか……。


「俺も食べ歩きしてみるかな」

「あっ、それだったら……今度……晴人、一緒に……食べ歩きとか、どう?」


 凛が意を決したような表情とともに口を開いた。

 趣味の共有、か。まあ、こういったところから広がる趣味もあるよな。


「え? いいのか?」

「う、うん! カップル専用のメニューがあるお店とかあって……あっ、ち、違くて! カップルとかじゃなくて……!」


 言葉を詰まらせて慌てる凛。

 ……か、カップル。その言葉に、俺もちょっとドキリとしたが、あくまで言い間違いだろう。


「……まあ、男女のペアってことだよな?」

「そ、そうそう! そ、それ! ……い、一緒に行ってみない、かな?」

「そうだな、分かった。行ってみるか」


 その時、由奈がジト目でこちらを見てきた。


「……二人とも、ほら。手を動かしなさい、手を」

「わ、悪い」


 由奈がすぐに掃除を開始し、俺たちもそれを手伝っていく。

 そんなときだった。テレビから聞こえてきた探索者の特集に、由奈が声をあげた。


「あっ、晴人の特集じゃない」


 由奈の言葉に、俺たちはテレビへ視線を向けた。

 ……最近はどこもこんな感じなんだよな。これまでに比べ、明らかに俺の報道が増えている。

 今までが嘘のように、俺のことや神野町ダンジョンについてをメディアなどが語っている。

 前までは露骨に冷遇されていたものだから、急にこんなに報道されても嬉しさよりは気持ち悪さの方が強いんだよな。

 手のひら返しがぐるんぐるんで、手首が折れているんじゃないかと思うほどだ。


『次の特集は、再評価されるべき探索者、天草晴人さんです――』


 画面には俺の名前が大きく映し出され、いかにも感動的な音楽が流れた。

 桐生さんの配信にあった俺の戦闘の映像が編集され、流れていく。

 ……この前の凛が倒したとされていた大量の異常種たちも、今では俺が討伐したということで修正もされていた。


 俺のことを悪くいうメディアなんて、今はいないだろう。

 ……これまでと真逆の、俺をほめたたえる報道の数々。それが、ちょっと気持ち悪い。

 なんでこう偏るんだろうねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る