第52話
夢を見ているんだと、すぐにわかった。
だって、目の前には今の義父さんではなく……俺の父親がいたからだ。
いや、今はどっちも俺にとって父だとは思っているんだけどさ。
その夢は、俺がまだ五歳の頃。夏の夕暮れのことだ。
空が赤く染まり、蝉の声が途切れ途切れに聞こえる中、父は庭の縁側に座って俺を膝に乗せてくれた。
汗ばむ季節なのに、父の手のひらは冷たくて、それが妙に心地よかったのを覚えている。
その日の父は珍しく仕事が休みだった。普段、あまり遊ぶことのできない父と一緒で……五歳の時の俺は凄い嬉しそうにしていた。
「晴人、最近どうだ? 楽しいか?」
「うん! 異能が使えるようになって、すっごい褒められたんだ」
子供ながらな様子で少し誇らしげに話す俺に、父はふっと優しく微笑んだ。
その笑顔が、どこか悲しそうにも見えるのは、俺がそう思っているからなのだろうか。
もしも、父が悲しそうに見えたその笑顔の意味は分かる。
父は……俺に異能者として力をつけてほしくなかったのだろう。
父もまた異能者だったからだ。
Bランクの探索者。優秀ではあるが、上には上がいるという立場。中の上、程度の実力者として、やはり危険なことは多かったように思える。
そんな父は、異能犯罪対策局――ICAと呼ばれる組織に所属していた。ダンジョンで仕事をするよりかは警察と連携し、犯罪者を取り締まる組織だ。
警察と似たような立場だが、あくまでこちらは異能犯罪者の対応を主に行っている。
元々は、警察組織に内包されていたのだが、増える異能犯罪者をまとめ上げる組織と分割して管理したほうがいいということになり、完全に分離されることになった。
異能を持つ犯罪者を捕らえ、被害者を保護することを目的とするが、その仕事は……警察よりも命がけのことが多く、過酷そのものだ。
犯罪者たちは、武器や異能を使い、一般人を傷つける人もいる。……ダンジョンでの稼ぎがそれなりにあるというのに、犯罪者が後を絶たないのは、そちらの方が楽に稼げる、あるいは力を誇示したくなる人間が出てくるからだ。
……何より、危険が少ない。ダンジョンでは一つのミスで命を落とすこともあるが、他者からの略奪であれば、相手の命を奪うようなことがなければ死刑になることはほぼ少ない。
おまけに、異能犯罪対策局は……相手の命を奪わずに鎮圧する必要があった。
後先考えない人や追い込まれた立場の人間が、犯罪を起こすことも多く、まさに彼らは命懸けだった。
父は、Bランク探索者として十分な能力を持ちながらも、日々危険な任務に身を投じていた。
どうして父がそんな仕事についていたのかはわからないが、義務感や使命感がなければ割に合わない仕事だとは思うから、何かしら思うところがあったのだろう。
「晴人は、異能を使うのは楽しいか?」
「うん!」
「……そうか。……晴人。力を、間違ったことに使ってはいけないからな? 力は……大切な人を守るために使うものなんだ」
「……大切な人?」
「そうだ。母さんや、これから先、親しくなった人のためにな。Sランク探索者として期待されているお前には、色々と大変なこともあると思うけど……そんな人たちのために力を使えるようになるんだ。お前は異能を……人を傷つけることには使わないようにな」
「うん、分かった」
父は静かに笑った。けれど、その笑顔の奥に隠れている悲しみを、幼い俺はどうしても見逃せなかった。
それからすぐ。父に連絡が届き、出動命令がかかった。
どこかで銀行強盗を行った異能者がいたそうだ。
……いつものことだ。父は装備を整えて笑顔で出発し――それが、父との最後だった。
父さんの葬式の日。
母さんが涙を堪えていたのは、よく覚えている。
俺もまた、父の言葉をよく覚えていた。
力は、大切な人のために使うこと。
誰かを傷つけることには使わないこと。
あの時の父の言葉は、今でも俺の胸に刻まれている。
休日の昼下がり、俺たちは俺が利用していたアパートの片づけをしていた。
元々は俺が泊まっていた部屋だが、しばらく凛もこの部屋に泊まり、動画の撮影などを行っていたのだが、それも今日までだ。
凛は自分の家に戻るらしいし、今度からは早乙女さんがここの部屋を使うことになる。
というのも、早乙女さん。何か神野町ダンジョンの研究チームのリーダーとなるそうだ。
そういうわけで、俺と凛と由奈の三人で、この部屋を片付けていたのだが。
「ご、ごめん……私の物が結構あって……」
しばらく、凛がこの部屋に滞在していたこともあって、着替えなどなどが部屋に置かれていた。
「大丈夫だ。むしろ、色々俺のために頑張ってくれたんだからこのくらいはさせてくれ」
……彼女の探索者協会でのやり取りの録音が、結果的に俺の評価を後押ししてくれることになった。
慣れない動画撮影を頑張ってくれた凛には、本当に感謝しかなかった。
動画で、思い出した。
「そういえば、由奈って動画編集とか滅茶苦茶詳しいよな」
「え!? な、なんでよ?」
「だって、凛の動画って、全部由奈が用意してくれたんだよな?」
「え、えーと……まあ、そう、ね……」
びくっと驚いたように由奈は肩を跳ね上げる。
彼女は頬をかきながら、視線を外へと向け、どこか慌てた様子だ。
「やっぱり、若者は違うんだな」
「……おじさん臭い言い方よ、お義兄ちゃん。今時、ちょっと調べたら誰でも簡単にできるわよ?」
「……そうなのか」
俺は凛と顔を見合わせたが、彼女は首を横に振る。……たぶん、俺も凛もそう簡単にはできないよな。
無音で作業をしていてもつまらないので、部屋のテレビをつけながら片づけをしていたのだが、ニュース番組が探索者関連の特集を流している。
ふと、そちらを見ていた凛が俺に問いかけてきた。
「……晴人。前から聞いてみたかったこと、聞いてもいい?」
「え? なんだ?」
「……晴人は、どうして探索者として活動してる……の?」
「どうしてって……生まれた時から、そういうふうに育てられてるから……とか?」
凛は知らないが、俺の場合は生まれながらに魔力の数値が異常だったので、マジで専門の教育を受けさせられた。
母さんは、普通の教育を望んでいたそうだが……まあ、世の中の状況的にそれが許されることはなかったそうだ。
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