第55話




 静まり返ったダンジョンの中、凛は刀を構え、目の前に立ちはだかる魔物を鋭く睨んでいた。

 相手はジェネラルオーク。魔石二つ持ちの魔物だ。巨大な斧を握りしめ、低く唸りながらこちらを狙っている。

 ダンジョンの百階層。最後のボスとばかりに凛の道を塞ぐように現れたジェネラルオークに、凛は刀を向け、油断なく睨む。


「……来る」


 凛の声と同時に、魔物が突進してきた。地面を揺るがすほどの重量感に、周囲の空気がピリつく。

 ジェネラルオーク。Sランク探索者にとってさした脅威にはならないような魔物だが、油断すれば例えSランク探索者だろうとあっさり命を落とすことになる。


 凛は冷静に魔物の様子を観察していた。以前戦った魔石五つもちの魔物と比べれば、いくらも弱かったからこそ、心は落ち着いていた。

 あの戦いのあとから、凛も僅かに成長していた。

 踏み込むと同時に、刀を一閃。


「ゴアアアア!?」


 ジェネラルオークの腕へとあたり、その斧を弾き飛ばした。

 続けざまに氷の異能を発動。地面から鋭利な氷柱が次々と突き出し、ジェネラルオークに突き刺さり、動きを封じ込める。

 氷から逃れるように暴れ出そうとしたジェネラルオークだったが、動けるはずもない。


「これで……終わり」


 ジェネラルオークの体に突き刺さった氷を自由に動かすと、魔物は絶命し、その巨体が崩れ落ちた。

 息を整えながら、凛は魔石を拾い上げる。手にした魔石はわずかに温かい。


「さっさと、次に行かないと」


 凛はすぐに周囲の状況を把握するように魔力を流していく。

 この前の、桐生の配信を見て、次の階層へと即座に降りるという手段を覚えた凛は早速それを実践していた。

 その結果――。


「はあ……終わった」


 誰もいないダンジョンで、ぽつりと呟く。

 次第に湧き上がる疲労感に足取りが重くなる中、凛は100階層を無事に突破した。

 階段を抜けた先。そこには美しく妖しい輝きを放つ魔石があった。ダンジョンコアだ。

 凛は刀を鞘から抜き、その魔石を切り飛ばした。


 ダンジョンコアが破壊されると、ダンジョンは一瞬地震のように揺れる。

 そして、部屋の入り口に大きな魔法陣が出現し、光を放つ。


「……終わり」


 小さく凛はそう言って、溜め込んだ疲労を吐き出すように息を出した。

 大きな魔法陣へと足を乗せると、わずかな浮遊感と共に凛はダンジョンの入り口へと転送される。

 すぐ近くにあったゲートを潜り、外へと出ると、ゲートは白い輝きを放っていた。


 ダンジョンが無事攻略された証だ。

 

「……あとで、パンケーキでも食べにいこう」


 最近のマイブームである美味しいパンケーキ巡り。

 様々な雑誌で紹介されているお店を回るのが、凛のひそかな楽しみだった。

 そんな風に前向きになろうとした凛のもとに、再びスマホが鳴り響いた。

 画面に表示されたのは、探索者協会からの電話だった。凛はため息をつきながら通話ボタンを押す。


「もしもし、神崎凛です」


 受け答えをする間もなく、協会の担当者が早口で話し始める。


『神崎さん。明日のダンジョン攻略をお願いしたいのですが』


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸に重たいものがのしかかった。

 先ほど、ダンジョンを攻略したばかりだ。朝から入って、今は十九時を回ったところ。

 休憩を挟みながらも、なんとか最短で攻略を行い、体はすでに疲れが溜まっていた。

 これまで、これほどの過密な日程で仕事を頼まれることはなかったため、凛としては驚いていた。


「……明日、ですか?」


 疲労のせいもあり、わずかに声が掠れた。けれども、相手はお構いなしに続ける。


『桐生さんが休養中の今、関東のダンジョン対応は大変でして。神崎さんに協力していただけるのは本当に助かるんです』


 桐生さんが休養中の今――その言葉が凛の頭を打つ。

 疲れ切った体が休息を求めているのは明らかだった。凛は小さく息を吐き、それから首を横に振る。


「……無理。今日、攻略しました」

『……ですが、桐生さんは二日連続で攻略を行うこともありましたよ?』

「私は、厳しいです。Sランク探索者にお願いしたいのなら、他の地方の人に当たって」

『……はあ、そうですか。分かりました』


 感謝の言葉もなく、一方的にため息をぶつけられ、電話を切られた。

 凛は苛立ちを覚えながらも、それ以上は何も言わず、反論する気力も湧かないままに息をはく。


「……何だったんだろう」


 わずかに感じた違和感。Sランク探索者としての勘が何かを訴えかけたが、凛は疲労に体を預けるように自宅へと向かって歩き出す。

 スマホを見つめる手が震える。疲労が全身を支配している。


「……とにかく、疲れた」


 小さく呟いた次の瞬間には、凛は目を閉じていた。

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