第48話



「皆さん、落ち着いてください。責任を追及し合うだけでは何も進みません。この場では解決策を話し合うべきです」


 立ち上がり、よく通る声を張り上げる。


「それもそうだが……具体的には何をするんだ?」


 戦略企画局長が眉間にシワを寄せて問い詰める。

 白峰がそのタイミングを狙ったように口を開いた。


「天草晴人に関して、現在協会に届いている問題は大きく分けて二つ。彼をSランク探索者から無意味に降格させたこと。それと、調査態勢です」

「……ふむ」

「調査態勢に関しては、より大人数で行う、ということにすればよいでしょう。それによって経費がかかれば、さらにまた政府に要求すればよいだけですしね」


 この国では簡単に予算案が通ることを、白峰は理解していた。特に、探索者業界に関してはより簡単な傾向が強い。


「……そうだな」

「そして、天草に関しては……本人への直接の勧誘だけが、Sランクへの復帰ではありませんよ」

「どういうことだ?」

「周りから圧力をかけ、Sランク探索者に復帰させればいいんですよ」

「……周りの圧力?」


 白峰は、会長の問いかけに頷いた。


「はい。協会が……よくやっているように、マスコミなどを使い、彼が復帰できるよう外堀を埋めていきます。もちろん、急速に行えば怪しまれるので、あくまで段階を踏んで、ですが」

「……なるほどな」

「一度ミスしても……謙虚堅実に対応していけば、世の中は許してくれます。特に、この国の人たちは……大半が無関心ですから。そうやって、真摯に対応していったのに、天草がSランク探索者に復帰しないと拒否した場合、その能力に合わせての義務を果たしていない、という形で世の中の人たちは我々の味方になってくれます。……特に、高ランクの探索者たちが働かない、というのは自分たちの生活にも直結に関わってきますからね」

「……なるほどな」

「ひとまずは、謝罪と態勢の見直しについてを速やかに行うことを伝えましょう。何か月かの減給を行えば、会長への非難も減るでしょう」

「……減給か。それも嫌だが……まあ、仕方ない、か」

「安心してください。時間さえ経てば、多くの事は忘れられていきます。これまでだって、どのような不祥事があったとしても、時間とともにそれらは忘れられていったでしょう? 特に、国民たちなんて、お祭りのように盛り上がっているだけです。他に何かあれば、すぐに新しい話題に移っていきます。とにかく、謝罪とその形を示せば……今ネットなどで騒いでいる人たちだって、すぐに忘れ、新たなコンテンツを見つけてそちらに群がっていきますから」

「……そうだな」


 辞職よりはマシか、といった様子で会長は頷く。他の局長たちはその提案が気に入らなかったようで、白峰に集まる鋭い視線は増えていた。

 ただ、ここで責任を押し付け合い、自身にそれがぶつけられるよりかはいいのか、全員が仕方なくといった様子で納得していた。

 そのタイミングで、白峰はあることを切り出す。


「特に……現在、桐生は心のケアも含めて、休養することになりました。これは、使えます」


 彼の突然の発言に、会議室の空気がピリつく。

 会長をはじめとする局長たちが一斉に彼に視線を向けた。


「……使える?」


 局長の一人が反応する。

 白峰はその言葉を引き取るように、ゆっくりと頷いた。


「ええ。この状況は、協会の責任を他に移しつつ、必要な駒を動かす絶好の機会と言えます。先ほど話していた新たなコンテンツの提供……まあ、燃料の投下を行えばいいんです」

「……具体的には?」


 局長の一人が不思議そうに尋ねると、白峰は静かに言葉を紡いだ。


「関東地方のSランク探索者は……桐生が休養に入った以上、一人となります。つまり、神崎凛にダンジョン攻略の依頼を受けてもらうことになります」

「……まあ、そうなるだろうな」

「ですが、彼女だって人間です。活動には限界があります。それを、世間に印象づけるんです。彼女が拒否した、あるいは十分な成果を上げられなければ……段々と神崎凛に批判が集まっていきます」

「……だが、それでは彼女が協会の要請を拒否した場合の批判が増えるだけではないのか?」


 会長が懸念を示すが、白峰は首を縦に振る。


「一定数は、いるでしょう。ですが、神崎凛にも批判は生まれます。あとは、その少数を大多数かのようにメディアやネットを使って、増幅させていけばいいんです。彼女が拒否した結果、ダンジョン攻略ができず、他のAランクより下の探索者たちに被害が出たとすれば――世間は誰を責めるでしょうか?」

「……教会だけではなく、神崎凛にもか」


 局長が口にすると、白峰は薄く笑みを浮かべた。


「ええ。それが、新たなコンテンツの提供です。そこから、協会の得意な情報操作を行い、神崎に批判を誘導していきます。そして、その次に世間が期待するのは――天草晴人です」

「天草を復帰させるための世論を形成する、ということか?」

「その通りです。神崎凛の失敗を強調し、それに対する解決策として天草晴人の復帰を訴える声を大きくする。それが今の協会にとって最も効率的な手段ではないでしょうか?」

(復帰させることだけを考えるなら、そっちの方が手っ取り早い。神崎凛と天草晴人の間には友人関係があるようだしな)


 凛が耐えきれないとなれば、晴人が出てくる可能性がある。そこを、白峰は考えていた。

 会議室に静寂が訪れる。局長たちは、それが合理的であることを理解しつつも、その冷酷な手法に戸惑いを持ている人もいた。


「……神崎が依頼をこなせず、万が一のことがあった場合はどうする?」

「その時は……仕方ありません。神崎に何かあったとしても、彼女にも断る権利はありますから。自己責任、で処理すればいいのです。いずれにせよ、協会としての大義は保たれます」

(……まあ、もちろん協会は批判を受けるだろうがな)


 白峰の冷徹な言葉に、会長はしばらく考え込んでいた。

 協会が原因で凛がつぶれれば、それはそれで晴人の不信感を稼ぐことができる。

 普通ならばこのような策をとらないだろうが、ここにいる人間は普通ではない。

 今の自分の立場を守りたいだけの人間たちしか集まっていないからだ。

 会議室内には、深いため息と共に口を開く。


「……相澤、この件を任せてもいいか?」

「私、ですか?」


 突然の指名に、広報連絡局長の相澤佳奈が驚きの声を上げた。


「お前が最適だろう。広報連絡局長としてメディアとのかかわりも多い。もともと、モデル業をしていたお前はテレビの関係者とも親しかっただろう? 世論を操作するのはお前が得意なはずだ」

「承知しました。まずは、天草に連絡を取り、Sランクへの意欲に関して確認をしたいと思います」

「ああ、そうだな。彼が戻りたい、と泣きついてくれば、それが一番だからな」


 会長がそういうと、他の局長たちも笑みを浮かべる。


「まあ、所詮は一般家庭の異能者の野蛮人だろう? 金をある程度盛ればほいほい尻尾を振るんじゃないか?」

「案外、そんな気もするな」


 会長や他の局長たちはうんうんと頷いている。

 会議室の空気はようやく落ち着きを取り戻し、どこか晴人を甘く見るような空気が生まれていたが、それを白峰は冷めた目で見ていた。


(戻ってきたい、というわけがないだろう。まったく、こいつらは。オレの当初の計画では、Sランク探索者を辞めた後にスカウトする予定だったが……思いのほか、協力者がいたから……そこも問題だ。……まあいい。そこはのちのちに考えよう)


 桐生の配信がいなければ、晴人は底にまで落ち切っていたのに――。そんなことをぼんやりと考えながら、白峰が小さく息を吐いた。

 まだここからでも彼を堕とす、手段はある、と。


(……Sランク探索者に無理やり復帰させ、改めてSランク探索者として――理不尽な目にあわせればいい)


 世の中、能力があっても叩かれる人間はある。

 特に、探索者においては――救助が間に合わなければ、それで理不尽な怒りをぶつけられることもある。

 その理不尽をエスカレートしていけば、彼を追い込むことができる。


(協会の人間たちには、精々オレの計画に付き合ってもらおう。……天草の周りに誰もいなくなったその時こそ……私が動くときだ)


 彼の胸に渦巻く野望は、誰にも知られることなく、静かに燃え続けていた。



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