第49話


 テレビから流れる音声が、家の中に響いていた。これまで散々俺を叩いていたマスコミやコメンテーターたちが、次々と頭を下げている。


『天草晴人さんに対してのこれまでの報道は、事実と異なる部分があり、大変なご迷惑をおかけしました……』


 謝罪の言葉を、何度も何度も繰り返していた。

 謝ってくれる人たちはまだマシなほうだ。

 その謝罪もなく、今までの報道をなかったことにして、俺の活躍を褒めるような奴らとかに比べれば、まだ全然な。


 ただ……根本的な問題は何も解決していないとは思う。

 テレビ局はトップがでてきて謝罪ということはない。だいたいが、アナウンサーなどに謝罪をさせる、あるいはスタッフの一部を尻尾切りにして終わり……などなど。

 それなりの立場の人が責任をとって辞めた、というのもあったが、なんか関係会社にそれなりの立場で再雇用されているとかも聞いた。


 ……腐っている部分が多すぎて、正直もう関わりたくないというのが本音だ。


 その中でも、特にこの本間テレビはムカつく部分が多い。

 昔から、本間テレビは協会と親しい関係があるのか……俺の件については過剰なまでに報道していた。

 そして、現在は協会のやらかしや、俺を叩いていた件についてはほぼ報道なしで無関係の報道ばかり。


 これが、報道の自由、という奴なんだろう。

 こういう奴らには、ネットの連中たちに頑張って怒りをぶつけてもらうしかないだろう。

 それで何が変わるわけでもないが……少なくとも、俺の腹の虫は治まるというわけだ。


 それにしても、探索者協会の連中は……俺が考えていた以上に腐っているようだ。

 霧島さんの話では、本部での話し合いで一体誰に責任を擦り付けるのかの会議が毎日のように行われているらしい。

 その結果が……簡単だ。

 協会への批判をどうにかして抑えるため、彼らは尻尾切りに出た。


『一部の職員が勝手に判断したことであり、我々としては101階層の報告に関しては詳細なところまでは把握していませんでした』

『当時の会長が――』

『記憶にはございませんので、何ともお答えかねます』


 ……などなど。

 協会本部で開かれた記者会見。

 会長や局長たちが淡々と述べる言葉は、まるで自分たちに責任がないかのような態度だった。

 白々しいその発言は、当然ながら納得を得られない。


『101階層の報告を虚偽と判断したようですが、これは当時のデータに基づくものであり、一部の職員が勝手に判断を下した結果です』


 会見場のマイクに向かう会長の表情はとても険しい。

 探索者協会全体の責任ではなく、あくまで「一部職員のミス」として押し通すつもりのようだ。


【一部職員の……? 協会全体としての管理責任はどうなっているのでしょうか?】

【神崎さんからの再度の調査の依頼を断った件についてはどう考えているのでしょうか!?】


 マスコミたちも、質問などを投げかけていたが、協会の返事は、


『現在、神崎さんの告発動画についても調査中です。詳細な結果が出るまではお待ちいただきたい』


 お茶を濁すようなものばかりが続く。

 これだけ世間を揺るがしているというのに、協会はどうにかこうにか引き延ばして引き延ばして、煙に巻きたいようだ。


『探索者協会としては、天草さんの評価を改め、Sランク探索者として昇格できるようにする予定でございます』

【一度、協会が能力がないと決めたのにですか?】

『ええ、そうなります』


 そんな回答が続き、案の定、ネットやそこまで圧力のかかっていないだろう報道陣たちからはバッシングの嵐である。


『自分たちの判断ミスによってSランクから降格させておいて、面の皮が厚すぎるだろう』ってな。

 いいぞ、もっとやれって感じだ。敵に回ると面倒な連中だが、味方に回すと……まあ、変なことだけはしないでくれという感じで応援している。


 ……まあ個人的な私怨もあるにはあるが、そもそも今の協会の体制にも問題がある。

 このままでは、近い将来本当に日本の探索者協会は終わる。


 これをきっかけに、色々と見直しされればいいが……ロクなことを考えていないような気がするんだよな。


 そんな感じで俺はこれまでに色々とやられていた鬱憤を晴らすようにネットの世界を眺めていた。

 もはや、俺への批判の声はかなり減っている。

 もちろん、ゼロになったわけではない。でも、まあマシになった。


 ……まあ、それらのアカウントの過去のつぶやきとかを見ると、俺をめっちゃ批判していたものも残っているので、気持ちとしては複雑な部分はあるが、今は見逃してやろうじゃないか。


 そうそう。

 楽しんでいるのは俺だけではなく、霧島さんもだ。

 今まで、探索者協会の支部内でも散々言われていたらしいが、今では誰も歯向かってくることがないそうだ。


 いい気味だ。

 おっと、いかんいかん。……色々と溜まっていたものがあるせいで、俺の性格も少し悪くなってしまったかもしれない。

 こほん。


 とにかく、俺としては今の世の中の変化を眺める余裕があった。


 俺は家に届いていた「Sランク探索者への再昇格について」という書類へ視線を向ける。

 ……協会の連中の面の厚さについてだけは、褒めるべきだろう。

 一応、中は確認したが俺はそいつを破り捨てた。


 今更、戻るつもりはないからだ。


 内容としては、「現在の規定自体はお偉いさんたちで決めたため、すぐには変えられないから、早めにSランク昇格の再申請を」と書かれていた。


 協会としても、そっちの方が世間のウケもいいだろう。

 自分たちでクビにしたのに、「戻ってきて」というのはどうしたって印象としては悪くなるからな。


 Sランクになれば、どんな理不尽に巻き込まれるのかは、分からない。

 もう理不尽なことにはこりごりだ。

 例えば、赤崎市の件のように、無理やり呼び出されることもなくなる。

 例えば、桐生さんのように毎日ダンジョン攻略をしなくてもいい。


 協会からそういう依頼を出されるようなこともなくなるんだ。

 Sランク以外の探索者は、まさにある程度自由に働ける仕事なんだからな。

 そんなことを考えていると、俺のスマホが振動した。


 画面を見ると、「探索者協会広報連絡局長」の文字が表示されている。

 ……俺のスマホには、一応協会本部の各局長の連絡先が登録されている。

 マジの緊急事態に、Sランク探索者たちに連絡を取るためだそうだ。


 俺は眉をひそめながらスマホを手に取り、通話ボタンを押した。


「……もしもし?」

『あっ、こちら天草さんの電話番号でしょうか?』


 スピーカー越しに聞こえたのは、ぶりっ子な声色。少し上ずったような、どこか芝居じみた調子の声だった。


「ええ、まあ」

『あー、広報連絡局長の相澤佳奈と申します』


 うわ。


 

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