第50話


 やけに馴れ馴れしい調子だが、その名には聞き覚えがある。

 協会内で元モデルの経歴を持ち上げられている女性局長だ。

 なんか、テレビとかでいっつもあちこちに出ているので、名前自体は聞いたことがある。

 苛立つ気持ちはあったが……俺はできる限り表情を変えず、短く答えた。


「ええ、そうですけど。なんでしょうか?」


 ……自分でも驚くほどに、棘のある声だった。

 こんなに低い声がでるのかと、驚いていたのだが……向こうはそんなこと意に介した様子はない。


『えー、実はですねぇ、速やかにSランク探索者の昇格申請をお願いしたいと思ってお電話差し上げたんですよ。もう、申請書の方は見てくれましたよね? 郵送では時間がかかりますので、先に口頭でいつから復帰するのかだけでも聞きたくてお電話したのですが』


 相澤の声は……まるで、受けるのが当然、とでも言いたげな態度だ。

 あるいは、そういう態度でごり押しするように言われているのか。

 どちらにせよ、俺としては苛立ちが止まらない状況である。


 こいつ……。

 あんまりこう、暴言のようなものを吐きたくはなかったが……俺は小さくため息を吐いてから、冷静に言葉を返した。


「ああ、それですか。もう破きましたのでないですよ」


 一瞬の沈黙。

 次に返ってきたのは、相澤の驚きが露骨に滲んだ声だった。


『……は? ど、どういうことでしょうか?』

「どうもこうもありません。……破きました。Sランク探索者に戻るつもりはありませんので。話は、以上でしょうか?」


 これだけ、強く言い返せば向こうだって諦めるだろう。

 しかし、電話越しに声が響いた。


『いやいやいや、それは困ります! 天草さんの力が必要なんですってば!』

「必要ないから、否定して追放したんですよね? とにかく俺にとってメリットがないですから。また、メリットがあると思えば、再申請するかもしれませんので、気長にお待ちください」


 冷たい口調で言い放つと、相澤の声色が少し変わった。焦りの色が滲み始めているのが分かる。


『ちょっと待ってくださいよぉ! そもそも探索者としての責任っていうものがですねぇ――』

「……忙しいので、電話切りますね」

『ちょっと待ちなさ――』


 相澤からの苛立ったような声を聞いていると、こっちの方が気がめいりそうだ。

 言葉を紡ぐ前に、俺はさっさと通話を切った。

 溜息をつきながらスマホを置き、再び目の前のパソコンに目を戻す。

 今やりたいことは――これまで俺の家族にまで誹謗中傷をしてきた連中への開示請求だ。


 協会のくだらない要求なんかに付き合っている暇は、今の俺にはこれっぽっちもなかった。

 Sランク探索者なんてやっている暇はない。……といっても、基本的には弁護士さんに丸投げ状態なので、あまりやることはないが

 三好さんの知り合いの弁護士に相談し、そちらはほぼお願いしちゃったしな。


 それで俺のイメージがまた悪くなろうとも知ったこっちゃない。匿名だからって好き勝手やれると思うなよ。マジで。

 本当は、直接あってボコボコにしたいところだが……この現代ではそれができないのが悲しいところだ。


 とにかく、こちとら、仮に赤字になろうとも開示請求しまくってやるつもりだ。

 そのためにも、探索者として稼ぐ必要がある。


 くくく……。

 おっと、いかんいかん。やっぱりちょっと、性格が悪くなったかもしれんな。


 あとは……他の国のSランク探索者についての勧誘について、とかだな。

 なんか、色んな国の言語であちこちからスカウトが来ているのだが、これもどうしようか。

 俺は、探索者という仕事自体は、嫌いじゃなかった。


 自分一人で、自由にコツコツ、ほのぼのとダンジョン攻略をしている分にはな。

 だからこれからも、そんなのんびりとした生活を送りたいわけだが……それをこの国が……いや、世界が許してくれるのかどうか。

 Sランク探索者は日本ではもちろん、世界的にも貴重な存在だからな。


 日本の探索者業界はクソ極まりないというか、中抜きや既得権益で予算通りの支援がない状態だ。

 正直言って、金目的の活動だけを考えたら他国と契約してよそに行った方がいいのは確実だ。


 だが、俺としては……家族との生活もあるからなぁ。日本での暮らし自体は嫌いじゃない。

 やっぱり生まれ育った故郷だし、一番生活はしやすかった。


 ……他国と契約して、日本メインで活動して、探索者協会からの仕事は高額の依頼料をせしめるとか?

 また、ネットで叩かれそうだな。


 まあ、野良でひっそりと活動するのが一番いいよな、とは思う。

 日本の探索者協会が何もしてこないなら、それで別にいい。


 ……ただ、そんなことありえるのだろうか?


 すでに、協会からは俺に対して、「再申請をしろ」と上から目線の態度を向けてきている。

 そんな彼らが、これからも大人しくしているとは思えない。


 彼らから身を守るためには、俺にも国家権力に逆らえるだけの立場や後ろ盾が必要だ。


 探索者としての力で守れるのは、己の身一つだけ。それも、物理的なものだけだ。

 ……もっと、別の目線での力が必要だ。

 単純な腕力などではなく、立場……権力的な力が。


 ……まあ、ぶっちゃけた話、俺や俺の周りの人たちに何もしないでそっとしておいてくれるならそんな力も必要ないんだけどな。

 正直、探索者協会がどんなに腐っていようが、ネットで言われているような黒い噂がすべて本当だとしても、俺に一切関わらないなら別にどうでもいい。


 関わっても面倒なことしかないからだ。


 だが、また向こうが何かしてくるというのなら……本格的に協会と敵対する覚悟を持った方がいいかもしれない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る