第47話
東京都内にある探索者協会本部――その無駄に金のかかった豪華な建物の中にある会議室は異様な空気に包まれていた。
円形のテーブルを囲むのは、各局の局長たち。
全員が揃っているのは重大な案件が議題に上がる時のみで、今日の議題がそれほど切迫したものであることは、誰の目にも明らかだった。
部屋の中央に設置された大型スクリーンには、「天草晴人について」と「神崎凛の告発動画」と題された資料が映し出されている。
その内容を読み取るまでもなく、場に漂う緊張感が物語っていた。
本日は、会長の姿もあった。すでに彼の表情は疲れ切っていて、ここ数日で一気にやつれた雰囲気があった。
今回、進行を任された戦略企画局長が立ち上がり、深く息を吐き出す。
「皆さん、まずは今回の事態についての認識を改めて共有していきます」
彼の開口一番から、苛立ちが滲んでいる。天草晴人……正確に言えば、桐生大樹の配信が原因で、現在は凄まじいまでに協会への批判が集まっていた。
さらに言えば、そこから神崎凛の公開した動画によって、今や協会への非難は留まるところを知らない大騒ぎだった。
マスコミたちに圧力をかけ、意図的に報道を減らしたり、また報道する場合についても軽く触れる程度に留めるなどをしているのだが、それでも効果が薄い現状が続いていた。
むしろ、そういった情報規制、とまではいわなくても意図的な情報の制限を行ったことが、むしろ国民たちの神経を逆なでにしてしまった。
「……全く、嫌な世の中だな」
「オレたちの若い頃ならば、マスコミくらいからしか情報が手に入らなかったから、テレビを使えばいくらでも誤魔化せたというのにな」
集まっている局長の大半が六十を超えている。政府たちの天下り先として使われることの多いこの協会本部の会議では、よくある光景であった。
若い局長は本当に数えるほどしかここにはいない。
会議室に集まっている局長の数は、二十を超えている。
探索者業界は未だに未知の対応が多いため、無駄に局が増えていて……否、増やしていた。
局長が増えれば、それだけ天下り先が増えるというわけで、局を増やすことに反対する人はいないのだ。
だからこそ、ネットなどではたびたび税金の無駄遣いと叩かれていた。
実際、これだけの状況だというのに、自分には関係がないと船を漕いでいる局長の姿もある。
無駄に肥大化した組織であるのは見ての通りだった。
「嘆いていても仕方ありません。相澤局長から連絡しました……現状、天草晴人はSランク探索者に戻るつもりはないようです」
「……なんだと? まったく、あの男は。下級国民は大人しく従っておけばいいものを……」
ため息交じりにある局長が声を漏らすと、それに続くように様々な声が上がっていく。
それらは、とても表には出せない罵詈雑言であり、この場を全国中継でもすれば、探索者協会がつぶれるほどのものだ。
「とにかく……手っ取り早く世の中を納得させるには、誰が謝罪をして、責任をとるのか、です」
探索者協会本部の会議室には、刺すような沈黙が一瞬訪れた後、広報連絡局長――相澤佳奈の冷ややかな声が響いた。
「……もっとも手っ取り早いのは会長の謝罪と辞職が分かりやすいと思いますが、どうでしょうか?」
彼女の視線が会長席に座る初老の男に突き刺さる。その瞬間、全員の目が彼に集まり、部屋全体の空気が重たく沈んだ。
会長は唇を結び、しばらく無言だった。静寂の中、彼の指がテーブルの端をトントンと叩く音だけが聞こえる。
「……それは極論だろう」
ようやく口を開いた会長の声には、どこか苛立ちが混じっていた。
「極論? では、どう説明されますか? 協会の信用が地に落ちた今、責任の所在を明らかにするのが最善の方法だと思いますが」
「君の言うことは理解できる。しかし、辞職が最善策だとは限らない。むしろ、私がいなくなれば協会の舵取りが不安定になる可能性がある」
「副会長が会長になれば、問題もなくなるでしょう。その副会長の座には、新たに局長から選んでいけばいいわけですし」
局長たちにとって、これは出世のチャンスでもあった。
誰も、本心から探索者協会を変えるために発言しているものはいない。
鋭い言葉に、会長は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を整えた。
「この件に関しては、他にも関係者がいる。私一人に責任を押し付けるのは理に適っていない」
「関係者ですか? 誰のことを言っているんですか?」
「それは……各局の局長も含まれるだろう。特に分析監査局、だ」
会長の視線が白峰へと集まると、それに続くようにして他の面々の視線も集まる。
白峰は局長たちの中では比較的若かった。彼らとは違い、実力で今の地位を手に入れたということもあるため、何かと目をつけられることが多かった。
「分析監査局の問題……つまり、白峰局長の責任だと?」
(……まったく)
分析監査局の仕事は、ダンジョンなどの調査だ。全国のどこにダンジョンがあるのか、そのダンジョンの状況などを調査するのが仕事だ。
白峰がここに所属しているのは、天草の能力を簡単に偽れる立場であるためだが、こういった問題が発生した場合は槍玉にされる部門でもあると覚悟していた。
ただ、白峰は極めて冷静に、この状況を受け止めていた。今回の一件で、問題にされる可能性があることも分かっていたからだ。
静かに微笑みを浮かべ、手元の資料をめくりながら、白峰は微笑を浮かべる。
「分析監査局の調査結果はすべて規定通りに提出されています。その内容に問題があるとすれば、それは定めた規定そのものの問題ではないでしょうか?」
調べ方や調べる内容については多少、意図的に変えてはいるが、白峰と白峰の息のかかった部下たちはあくまで規定通りに対応している。
つまり、問題は現在の協会の態勢にある。
「規定の問題だと?」
「はい。規定は皆さんの合意のもとに作られたものであり、それを遵守している限り、私たちが責任を負う理由はないと思いますが」
「だが、その規定が実情にそぐわなければ意味がないだろう! 臨機応変に対応しなかった結果が、こんな事態に繋がっているんだぞ!?」
一人の局長が威圧するように拳をテーブルに叩きつける。白峰は、見た目から穏やかで弱気に見えるからだろう。威圧的な態度を見せれば、彼が謝罪の言葉を口にすると期待するものもいるが、白峰はいつも通り、淡々と返す。
「では、その規定を改めるべきではないでしょうか? 規定外のことを行なったほうが、問題ではないでしょうか? 規定の変更について話題をしたら、今度はいつまでその態勢でやっていたのか、と指摘を受けることになりますし……ますます、責任問題が増えていくと思いますが」
日本の探索者関連の法令や規定は、全て最初期に作られたもののままである。
ほとんど改定などされていないため、先ほどの局長のように実情にそぐわないようなことも多くあるのも事実だ。
だが、誰もそれにメスを入れようとはしない。
自分の仕事が増えるだけなので、多くの人が何もしない。
それが、探索者協会というものだった。
仕事をしなくても給料が支払われるのだから、何もしないほうがいい。
下手に何かをすれば、その責任が押し付けられることになる……そんな考えの人間が、探索者協会の大半を占めていた。
「……規定については、確かにそうだな」
「それならば……やはり会長が責任を取るべきではないですか?」
またある局長がその場を奪うために発言をするが、会長は苛立ったように首を横に振る。
「……それは、違うだろう」
「では、誰も責任を取らずに済ませるつもりですか?」
「そんなことは言っていない!」
会長は苛立ちを抑えきれない様子で反論する。ただ、具体的な反論はないようで、態度で威圧するばかりだ。
別の局長が、声を荒らげる。
「そもそも、天草晴人がここまで叩かれるようになった背景には、広報の対応のまずさもあるだろう! 擁護するわけではないが、これだけ問題が拡大したのは広報の無策が原因だ! 彼をなぜ、あそこまで追い込むようなことをしていたんだ!?」
「それは、前会長含めて、協会全体での方針でしょう!? 私だけの責任にしないでください! そんなことを言ったら、異能研究局の方にも問題があるでしょう!? 彼の異能が弱いと宣言したのは、異能研究局長でしょう!?」
「それは前の局長で私じゃないです!」
お互いに、これまでに天草へと行っていたことをぶつけ合い、相手に責任を押し付けあっていく。
大人たちの、自身の立場を守るための醜い争いが繰り広げられていく。
(見ている分には、なんとも滑稽で楽しいものだが……さすがにこのままではな)
白峰は小さく息を吐き、口を開いた。
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