第45話


「……助けに?」

「ああ……桐生さんは認めないかもしれないが、もう80階層からずっとギリギリだ。全力で戦ってるけど……多分、100階層にたどり着いても戻る余裕はない」


 普通のダンジョンであれば、ダンジョンコアを破壊すれば魔物は消滅するし、1階層に繋がるワープの魔法陣が出現する。

 だが、神野町ダンジョンは違う。


「……101階層から先が、あるって言ってたけどやっぱりそうなのね? ……そうなったら、確かに、危険、よね?」

「ああ、あるんだ。……だから、桐生さんがもしも101階層に到着したとしても、戻る手段がない。さすがに、気に食わない部分はあるけど見殺しにはしたくないしな」


 それに、日本では数少ないSランク探索者の一人だ。彼にもしものことがあれば、ますます日本の探索者業界が大変なことになる。

 俺はもうAランク探索者だから関係ないかもしれないけど、余計な仕事を増やされたくないし。

 俺が装備を整えていると、凛が首を傾げる。


「……一人で大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。それじゃあ、行ってくるな」

「……うん、頑張って」

「……あっ! 凛、ちょうど良かったわ! 今のうちに、あたしたちも配信の準備をするわよ!」

「えっ!? ど、どういうこと?」

「お義兄ちゃんが桐生を助けに行ったときに世界にその様子が映し出されるのよ? ってことは、今がチャンスなの! 探索者協会に関しての告発の準備をしないと!」

「ちょ、ちょっと待って……っ。こ、心の準備が……っ」


 ……まあ、そちらはそちらで自由にやってもらおう。

 俺は必要な装備を手早く整えて、玄関へと向かう。

 俺は深く息を吸い込み、ダンジョンへと向かって足を踏み出した。


 すぐに、神野町ダンジョンが見えてくる。だが、その周囲はマスコミで溢れかえっていた。カメラマンやレポーターたちが大勢集まっていて、入口を取り囲むように立っている。俺が近づくと、すぐに彼らは俺に気づいた。


「天草晴人さん! 今、どちらに向かうつもりですか!?」

「本間テレビのものです! これからどうするおつもりでしょうか!?」

「この前のサボりの件について、弁明などはあるのでしょうか!?」


 一気に質問攻めだ。マイクやカメラが俺に向けられ、その光景は混乱しているようだったが、目の前のマスコミたちは明らかに俺を見下すような視線を向けてくる。


 俺は立ち止まらず、ただまっすぐダンジョンの入口に向かって進む。


「どいてください。桐生さんを助けに行くんです」


 そう言い放っても、彼らは引き下がらない。むしろ、さらに挑発的な質問が飛んできた。


「あなたが行って何かできるのでしょうか? 桐生さんはSランクの探索者ですよ? Aランクのあなたとは違って彼ならなんとかできると思いますが……」

「これまで何もしてなかった天草さんが、今さら助けに行っても無駄じゃないですか?」

「助けにとは? 桐生さんはもう少しで攻略を終えて戻ってきます。それを阻止するために妨害しに行くのではないですか!?」

「無視ですか!? 嫌なことにはだんまりですか!? 不誠実ですよ!」


 胸の奥がきゅっと痛んだ。彼らの言葉が、俺の心を抉る。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 ……まだ、彼らは気づいていないが桐生さんが危険な状況にいるのは確かだ。

 俺のことをどう言われようが、関係ない。


 ……それに、どうせ見殺しにしたらしたで、文句も言われるしな。


 俺は無言でマスコミたちを押しのけ、ダンジョンの入口へと向かった。追いすがる質問に耳を貸す余裕はない。中に入ると、静寂が訪れた。ダンジョンの中、ただひたすらに足音だけが響く。


「……よし、さっさと行くか」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、俺はダンジョンの奥へと進んでいった。

 助ける義理はない。

 でもまあ……桐生さんがいなくなったら、余計な仕事振られそうだしな。




 100階層到着! いねぇ!

 桐生さんはすでに100階層を突破してしまっているようだ。

 残っていた魔物たちを一掃しながら、すぐに俺は101階層へと進む。


 頼む、最悪なことになっていないでくれ。

 そう願いながら、階段を飛び越えるように101階層へと降りてそこへ向かうと――結構えぐい状況だった。

 

 魔石6つ持ちの魔物たちが、桐生さんを取り囲んでいた。デーモンオーガとデーモンオーク、合計6体。

 そして桐生さんは涙をこぼし、そのせっかくの美貌が台無しになった姿で、全世界へとお漏らししている姿を晒していた。


 最悪、である。これを俺が帰り、おんぶして連れていけというのだろうか?

 ……ま、まあ、こいつらに桐生さんが犯されているような状況でなかっただけ、まだマシかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。

 桐生の視線がこちらへと向いた。


「あ、天草……? な、なぜここに――」

「……助けに、来たんですよ」


 どのような言葉をかけるかは迷ったが、それが一番無難、だと思った。

 本当は嫌味の一つでもぶつけようかとも思ったけど、スマホの画面もこちらへと向いた。

 ……まだ、ちゃんと配信してくれているよな?

 こちらに気づいたデーモンオーガとデーモンオークたちが苛立った様子で、武器を構えて俺を見てくる。


「キミが来たところで勝てる相手じゃない! ここからすぐに逃げるんだ!」


 桐生さんがそう叫んだ瞬間。それを阻止するようにデーモンオーガが俺へと突っ込んできた。

 一瞬で俺の側面へと周り、もっていた斧を振り下ろそうとしてきたが……遅い。

 俺はそれを一瞥し――バレットソードを振りぬいた。


「ぐああ!?」


 デーモンオーガの腕が吹き飛んだ。血の代わりとばかりに、デーモンオーガの斬られた部位から黒い霧が、周囲へとまき散らされる。


「静かにしろ」


 悲鳴を上げたデーモンオーガの首を跳ね飛ばし、完全に仕留めた。


「……ペース上げるか」


 桐生さんだって、そう余裕があるわけじゃない。ここで戦っていたら、どんどん魔物たちが集まってくる可能性もある。

 俺を、脅威だと認識したのか。

 桐生さんを完全に無視して、デーモンオーガたちが一斉に襲い掛かってきた。


 振り下ろされた斧と棍棒の一撃を避けながら、首を跳ね飛ばす。

 奥から飛びかかっていたデーモンオークを魔力を込めた一撃で打ち抜く。

 体に大きな穴をあけて倒れたデーモンオークの陰から、デーモンオーガが迫る。


「ガアアアア!」

「……遅い」


 所詮は、魔石6つ持ち。デーモンオーガが雄たけびを上げながら、飛びかかってくる。

 その首を跳ね飛ばす。

 最後、二体。


 デーモンオークたちが怒りのままに棍棒を振り上げたが、その体に穴が二つ開いた。

 ……戦闘は終了した。

 先ほどまでの騒がしい様子はなくなり、辺りは静かになっていた。


 桐生さんはガタガタと震えたままこちらを見ている。……スマホ、ちゃんと配信してくれているよな?

 これでまた、失敗してしまっていたら由奈になんて言われるだろうか。


 とりあえず、撮影が続いているという想定で、俺は桐生さんに声をかける。


「キミは……何が……どうなっている? 力を、隠していたのか……?」

「別に、隠してないですよ。……前から、ここのダンジョンには101階層以上があるって言ってましたよ。探索者協会は、まったく調査もしてくれませんでしたけどね」


 嫌味ったらしくその言葉をぶつけてやる。

 ……これでまあ、俺へのヘイトのちょっとは、探索者協会に向けられたのではないだろうか?


「他のダンジョンに攻略行けていないのだって、このダンジョンがおかしいからなんですよ。毎日のように活性化が起きるんですよ。桐生さんも数日過ごせば分かりますよ」

「…………」


 桐生さんは、何も言ってこなかった。

 恐ろしいくらい静かで逆にちょっと怖い。いつもなら、もっと言い返してくれるんだけど、さすがにもうそんな余裕がなさそうである。

 なのでちょっと、意地悪してみたくなった。


「あっ、まだこの先行きますか?」

「……え?」


 滅茶苦茶面白い顔である。桐生さんのそんな顔を見たのは初めてだ。

「俺一応、このダンジョンの501階層まで確認してるんですよ。行ってみます?」

「い、いや……!? む、無理、行かない……!」

「冗談ですよ。協会に報告したんですけど、適当な調査だけで全否定されてたんですよ。……桐生さんの方から、ちゃんと調査するように言ってもらえませんか?」

「わ、わかった……! もちろん、伝える……っ」

「そうですか。それじゃあ、戻りましょうか。また魔物来ちゃってるんで」


 俺はこちらへと飛んできていたデビルワイバーンたちを打ち抜き、それから桐生さんに肩を貸した。


「歩けますか?」

「……こ、腰が抜けて……す、すまない」

「いや、いいですよ。とりあえず途中まで肩を貸しますからね」


 おんぶはしないからな? その濡れた股間をどうにかしない限りな。


「桐生さん、それ……まだ配信しているんですか?」

「え? あ、ああ……そ、そのまま、している」


 ……そうか。ってことは、さっきの戦闘もばっちり映っていることだろう。

 ついでに、画面の向こう側にいる視聴者たちに、静かに伝えた。


「……天草晴人です。世間でどういわれても構いませんが、ただ、一つお願いがあります」


 あくまで、お願い……低姿勢での態度だ。

 だけど俺は、カメラを睨みつける。


「俺の家族や、大切な人たちを……これ以上傷つけるようなことはやめてください」


 ……俺は別にいくら言われても構わない。

 それが、俺に対しての評価なのだと、受け入れるだけだ。

 ただ、俺を見て、俺の家族や周りの人たちまでを、想像で語るのだけは、嫌だった。

 それだけは、受け入れられない。


「もしも、これ以上何かをするっていうなら――」


 俺はそれまでで一番の怒りとともに、カメラを睨みつける。


「――その行動に、覚悟を持ってください」


 不当な行為には、こちらも何かしらの行動に出るつもりだ。

 その一つがまあ……開示請求だな。

 ひとまず、俺の家族を批判していた人たちは全員開示請求してやるつもりだ。

 それだけ言って俺は桐生さんとともに、100階層へと戻り、俺たちは一気にダンジョンを駆け上がって脱出していった。

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