第44話
俺は部屋の中でじっと、椅子に深く腰掛けていた。外から聞こえる虫の声が、夜の静けさをより際立たせている。
我が家には、由奈と凛がいた。遅い時間になり、二人とも泊まることになったのだが、部屋の空気はどこか落ち着かない。
彼女たちは別室で、今も布団を敷いて眠る準備を整えていた。
……き、緊張する。
由奈はともかく……凛という同年代の人と同じ部屋に泊まったことはないからだ。
俺がそんなことをぼんやりと考えていた時だった。廊下を駆けるような音が響き、由奈と凛がリビングへとやってきた。
「……晴人! き、桐生の配信始まったんだけど!」
「……え? それがどうしたんだ?」
「問題なのが、その内容なのよ! 神野町ダンジョン!」
……由奈がそう言いながら、こちらにスマホの画面を向けてきた。
「……なんだって?」
俺が驚きながらも向けられたスマホの画面を見ると、そこには……確かに俺のよく知る神野町ダンジョンが映し出されていた。
桐生さんがコメント欄とやり取りをしながら、ダンジョンの魔物と戦っていく……いつものダンジョン配信。
……ダンジョンの配信は本来ならばできない。可能性があるとすれば……霧島さんたちか。
由奈の表情が、険しくなっていく。
「やっぱり、あのギルド職員がスパイだったのよ……!」
「……いや、それは――」
俺が否定しようとした時だった。俺のスマホが震えた。
見ると、霧島さんからの着信だ。
「霧島さん? どうしたんですか?」
『……申し訳ございません!』
開幕からの謝罪。俺は今の配信の中身と合わせて、すぐにその謝罪の意味が分かった。
「桐生さんの配信と関係ありますか?」
『……はい。私たちがダンジョン内で調整していたときに桐生がやってきまして……それで、例の装置を奪い取られてしまったんです』
「……そうですか。怪我とかはしていませんよね?」
さすがに何かされていたら、いくら桐生さんとはいえタダじゃ済まさないぞ。
『私たちは大丈夫です。今、先輩が新しく装置を作り直すと言ってくれていますが……恐らく明日の朝まではかかってしまいそうで……』
この前の一件でもかなり苛立っていたのだが、霧島さんからは否定の言葉が返ってきた。
「……そんなに急がなくても大丈夫ですよ。桐生さんの配信で分かることもありますし……今日はゆっくり休んでください」
『……はい。本当に、申し訳ございません』
霧島さんはとても申し訳なさそうにしながら電話を切った。
スピーカーモードにしていたため、由奈と凛にも聞こえているはずだ。由奈は疑うような目をやめていなかったが。
「だ、そうだ。別に、霧島さんはスパイじゃなかっただろ?」
「……まあ、とりあえずはいいけどさ。本当は、お義兄ちゃんに真実の配信をしてほしかったんだけどなぁ」
「まあ、そこは誰でもいいけどな」
……むしろ、桐生さんの方が良かった可能性すらある。
俺の場合、また変なコメントとかで妨害される可能性だってあるからな。
問題があるとすれば、桐生さんが……101階層以降にどうなるかだ。
他のダンジョンであれば100層にあるダンジョンコアを破壊すれば、ワープで帰還できる。……それを前提に攻略を進めてしまうと、神野町ダンジョンでは痛い目を見ることになる。
そこが、少しだけ心配だった。
「……桐生。私、あの人……苦手」
凛が眉間を寄せながら、俺のスマホの画面を見ていた。
由奈も肩越しに覗き込んできて、小さくため息をつく。
「視聴者数、めちゃくちゃ多いわね。さすがSランク探索者ね」
「やっぱり、多いのか?」
「うん。今100万人超えたでしょ? 普通のゲーム配信とかって一万人も言ったら凄いほうなのよ? そんだけ、探索者って人気ってことよ」
「「へぇ……」」
俺も凛もあまりそういった業界には詳しくなかったので、間の抜けた声が出てしまった。
コメント欄は盛り上がりまくっていて、桐生への称賛が止まらない。けれど、その中には俺への揶揄する言葉もいくつか紛れ込んでいる。
『天草、またサボりwww』
『なんでこいつがSランクだったのか理解不能w』
『桐生様だけで十分でしょwww』
胸の奥がちくりと痛んだが、それでも俺は画面を見続けた。
……まあ、何を言われてもこの桐生さんの配信結果がすべてだ。
そうして、皆で配信を眺めていると……桐生さんはどんどんダンジョン攻略を進めていく。
だが、俺はその攻略の仕方に違和感を覚えていた。
……ペースが、早い。コメント欄でも指摘されていたが、彼はダンジョンの即降りを繰り返している。
何より、途中までは自分の後ろから映すようにしていたスマホのカメラを、なぜか自分を映さないようにしていた。
「桐生って人、なんかあっさり進むわね」
由奈はそう言っているのだが……俺としては少し、気になった。
ただ、その気がかりは……俺の攻略のやり方と違うからだ。
……俺と桐生さんは、そもそもの異能のタイプが違う。
俺は前衛でがんがん戦っていくタイプだが、桐生さんはどちらかといえば後衛から援護をするようなものだ。
だから、もしかしたら攻略の仕方自体が違う可能性もあるわけで、凛にも意見を聞いてみる。
「……凛、これってちょっとまずくないか?」
「……本来の攻略と少し違うと思う。焦ってる……?」
凛もどうやら俺と同じ意見のようだ。
俺たちの会話に、由奈が首を傾げてきた。
「え? でも、桐生余裕そうじゃない?」
「……そう、だったらいいんだけどな」
違和感が……そのまま違和感であればそれでいい。
だが、もしも本当に危機的状況なのだとしたら……心配だ。
桐生さんはハイペースで攻略を進め、すでに70階層へと到着した。
「……魔石五つ持ちがさっきから出てる?」
「他のダンジョンだと、やっぱり違うのか?」
「……うん。90階層を超えたくらいから、出てくる」
凛はそこに違和感を覚えたようだ。……俺としてはもうごくごく普通のことなので特に何も思わなかったが。
「神野町ダンジョンでは、普通のことだな」
「……たぶん、アレを倒せる日本の探索者は……少ない。私も、一対一ならなんとかできるくらい。このダンジョン……おかしい」
「……そうだよな」
一度でも、誰かSランクの探索者が来てくれれば分かったようなことだ。
だが、探索者協会はそれをかたくなに拒んだ。どんな理由があるのかは分からないが。
桐生さんは必死にそれらを討伐して、先に進んでいく。
……かなり、ギリギリだ。持ち込んだのあろうポーションをたくさん飲んで、魔力を回復しながら先に進んでいく。
「……ポーション、たぶんもうぎりぎり」
「桐生さん、ダンジョンコアだけを破壊して帰還するのに切り替えたんだろうな……」
敵を極力倒さず、とにかく攻略を最優先する手段。
ダンジョンにボスというボスは存在しないからこそ、許される裏技的な攻略法だ。
……感知能力が高い人だから次の階層に進むのも早いけど、それでも限界が近いだろうな。
次の階層へと繋がる階段は隠されているが、感知能力が高い人なら分かるそうだ。
俺はもう何度も通っているから道順を覚えているが、それとほぼ同じペースで攻略できるのは桐生さんの強みの一つだろう。
そうして、桐生さんはさらに進んでいくが……もう、限界だ。
俺は小さく息を吐いてから、席を立った。
「どこ行くの?」
凛の問いかけに、俺は頭をかく。
「桐生さんを助けに向かう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます