第41話


 桐生は神野町ダンジョンに向かっているところだった。

 これまでは晴人に任せていたそのダンジョンだが、彼がSランク探索者ではなくなったため、他のSランク探索者が訪れても問題がなくなったからだ。


 桐生としては、地方のダンジョンは早めに攻略しておきたいと考え、今回の遠征が決まった。

 地方のダンジョンは放置しておくと危険な可能性があるためだ。

 あとは、単純に今もっとも神野町ダンジョンが注目を集めているため、というのも理由の一つだった。


 まもなくダンジョンに到着するということで車の中から早速配信をスタートし、彼は冷静に状況を説明する。


「今日は神野町ダンジョンの攻略に向かっているところだ」


 コメント欄には、既に多くの視聴者が集まり、次々と反応が飛び交っていた。


<神野町ダンジョン!?>

<例の無能が放置していたダンジョンか……>

<あんな頭のおかしい連中がいる地方のダンジョンなんて放置でいいのに……>

<桐生様、優しすぎますよ……!>


 桐生はスマホを見ながら、落ち着いた口調で返事をする。


「確かに……今あまり神野町にいい噂は聞かないね。ただ、それでも人に死んでほしくはないからね。探索者として、人を助けるのが義務だ」


 車はちょうど、神野町ダンジョンのゲートに到着した。マスコミがちらほらといたが、桐生は微笑だけを返して中へと向かっていく。

 すぐに桐生はスマホをテレキネシスで浮かせる。

 そして中へと入ったところで、コメント欄に困惑したようなコメントが溢れていく。


<映像だけ映りません>


「……音声は?」


<音は入ってますね!>

<端末の問題じゃなくて、配信側の問題か?>

<ダンジョンによってはこういうのもあるんだよなぁ>


「……ふむ。まあ、仕方ない。攻略を終えたあとにまた配信をするか」


 桐生がそう言いながら一階層を歩いていた時だった。

 近くにいた女性二人へと視線を向ける。


「……キミたちはここで何をしているんだ?」

「ん? ……ああ」


 女性二人は顔をあげたところで、微妙な表情を浮かべていた。

 その一人、研究員が手に持っていた魔道具には見覚えがあった。


「……それはダンジョンの電子機器に関する魔道具だっただろう?」

「……ふむ、まあそうだね」


 白衣を身に着けていた女性は、仕方ないといった様子で頷いた。

 桐生はじっとその様子を眺め、すぐに状況を分析していく。


「なるほど。このダンジョンの研究を行っている研究員かい? 見たところ、電子機器が使えるようにする調整などをしていたのかな?」

「……まあ、そんなところだね」

「それなら、それを貸してはくれないか?」

「貸す理由はないと思うが。あくまで、私は今個人的な趣味で調査をしていてね」

「……オレのことはもちろん知っていると思うが、Sランク探索者桐生大樹だ。Sランク探索者の権限として、ダンジョンにおいて必要な協力はしないといけないだろう?」

「配信を行うことに関しては、必要な協力ではないと思うが」

「それならば、Sランク探索者として、探索者の見本手本を示すための配信業務の妨害をしたということにしておこうか。……警察に突き出されたくはないだろう?」


 桐生は言うことを聞かない彼女に苛立ち、少し脅迫めいた言葉を投げかける。

 二人の女性は顔を見合わせた後、仕方なくといった様子で魔道具を差し出した。

 そして、それを桐生が手に取り、魔力を込めると……映像が回復した。


<桐生さん! ちゃんと映ってますよ!>

<さっきのなんか変なことを言っていた人たちはなんですか!?>

<晒しちゃってください!>


「いや、それは失礼だ。今回は、この通り協力してもらっているんだ。見逃してあげようじゃないか」


 そもそも、桐生としても守るべき一般人に対してそのような行為をするつもりはなかった。

 それが探索者としての桐生の考え方だった。


<……桐生様……優しすぎます!>

<さすが桐生様ですね>


「さて、先に進もうか」


 そこから、桐生は異能の力でスマホを浮かせた。普段の配信通り、桐生の少し背後から映すような形だ。

 階層を順調に進む桐生は、魔物を次々と倒しながら淡々と攻略を続ける。コメント欄も活発に反応を示していた。


<これが本物のSランク探索者か>

<天草ってここまで来たことあるのか?>

<いや、絶対ないだろw>

<桐生様、そういえば天草のことってまだ何もコメント出してないですよね?>

<良かったですね、あいつ降格して!>


 桐生は少しの沈黙を挟んだ後、初めて天草について触れた。


「天草について、ね。彼には期待していたんだ。本気で、彼の才能は素晴らしいと思っていた。だからこそ……彼が努力しなかったことが、オレには悲しい」


 それは、紛れもない本心だった。

 桐生は、探索者や世界のことを本気で考えていた。この世の中は、いまぎりぎりの状態で維持されていた。だが、もしも今後探索者の数が減っていったとすれば――ダンジョン攻略ができず、あちこちで問題が発生することになる。

 だからこそ、桐生は探索者が魅力あるものとして発信することで、その職業に憧れる人を増やしたかった。

 裏では死ぬほど努力しているが、それを配信で映すこともしない。そういった、暗い部分については映さない。それが、桐生のモットーだった。

 一瞬、コメント欄が静まりかえる。


「それに、誤解しているようだが……オレは別に彼を嫌っているわけじゃない。オレが嫌いなのは、努力を怠る探索者だ」


 桐生はぐっと唇を噛んだ。

 血反吐を吐くような訓練を行い、桐生は力をつけ、今の立場を手に入れた。

 そしてそれを、他のSランク探索者にも行ってほしいと考えていた。

 それこそが、日本を守るためにも繋がるし、日本の探索者の質の向上に繋がると思っているからだ。


「天草には天より与えられた才能があった。それを伸ばすためには、もっと努力をしてほしかったんだ。それは、彼に限らず全ての探索者に対してオレが感じていることだ。だから、努力しない探索者の全てをオレは嫌っている」


 コメント欄が再び盛り上がる。


<桐生様、天草にも期待してたんだ……>

<努力しない者が嫌いって、真剣だな>

<桐生様がこう言ってくれるってことは、天草にもまだチャンスはあるってことか?>


 桐生は画面を見つめながら、さらに続けた。


「ザッツライト。コメントの通りだね。一度降格されたからって、ふてくされる必要はないよ。再び立ち上がってくれれば、オレはいつでも彼を待っている。それはもちろん天草だけじゃなく、他の探索者にも言えることだ。……そうすれば、日本の探索者たちが世界でもトップになれる日が来るはずだからね」


 コメント欄は桐生を称賛する声で溢れた。


<桐生様、本当に器がデカすぎる……>

<こんなに真摯に語ってくれるなんて、やっぱり桐生様は最高だ!>

<努力しない者を嫌う……本当に正しいこといってんなぁ>

<天草もこの配信見てるのかな? ちょっとはこれで心入れ替えろよ!>


 桐生はそのままダンジョンを進み続け、魔物たちを軽々と討伐しながら、先に進んでいった。

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