第40話




 全員でカレーを食べながら……話を本題へと移っていく。


「……それで、撮影ができるかもしれないって話ですよね?」

「うむ。まず、最近の研究で色々と発覚したことがあってね。ダンジョン内で電子機器が正常に動かない理由だけどね、これは『エーテル共鳴障害』と呼ばれる現象が原因なんだ」

「……はい?」

「ダンジョンの魔力は通常の空間とは異なり、高密度な『魔力粒子フィールド』が形成されている。このフィールドの中では、通常の電磁波と魔力波が共鳴して干渉し合うのさ。これが『クロスフィールド干渉』っていうんだけど、これが発生すると、電子機器の信号が乱れて、通信や録画ができなくなるというのは他のダンジョンでもある。ただ、厄介なことにね。全ての機能がダメになるというわけでもなくて中々対応の仕方については色々とあるんだ」


 早乙女さんは、自信満々に話しているが、途中から霧島さんの表情が明らかに困惑している。

 由奈と凛で分かる人はいるのか? うん、ダメ。凛はカレーに夢中で、由奈も首を傾げてこちらを見てくる。

 俺もとりあえず相槌を打っていたが、内容はさっぱりだ。

 ただ、早乙女さんはそれはもう楽しそうな様子で話していく。


「でだ。その『クロスフィールド干渉』を解決するために、『逆位相魔力変換装置』があるんだ。この魔道具さ。これを使うことで、魔力波と電磁波の波長を逆位相で調整できて、結果として、両者の干渉を最小限に抑えることができる。これで『エーテル共鳴障害』が発生しても、通信は正常に保たれるんだ。つまり、『フィールド安定化プロトコル』を適用することで、魔力粒子の干渉をキャンセルできるというわけさ! これを、神野町ダンジョンに合わせて調整を行っていけばいいというわけだよ」


 助けて霧島さん! 俺話の一割も理解できてないよ!


「……えっと、先輩」

「うん、何?」

「すみません、ちょっと分かりづらかったので、結論だけを教えてもらえますか?」


 霧島さんが困ったように頼むと、早乙女さんは一瞬寂しそうな顔をしたが、仕方ないといった様子で、早乙女さんはポケットに入れていた大きい魔石を取り出し、結論をまとめてくれた。


「……つまり。この魔道具『マジックキャンセラー』を使っている間は、神野町ダンジョン内で撮影や配信ができるようになる、ということだよ」

「マジですか!?」

「マジだよ。ただ、事前に頂いていた魔石や素材などの魔力を調べて調整しただけだからね。これから霧島とともにダンジョンに行って、また調整して来ようと思っているのさ。調整がすべて終わったら、また連絡するよ」

「ええ、お願いしますよ。俺もついていきましょうか?」

「いやいや、大丈夫だよ。……さっき少し見に行ったけど、神野町ダンジョン付近はマスコミが多いしね。キミがいると目立ってしまうだろう?」


 ……確かにな。

 ただ、マスコミがたくさんダンジョンに張り付いているからなのか知らないが、最近はダンジョンがあまり活性化していないのだ。

 ……せめて、マスコミがいるときに俺が毎日何回もダンジョンに行くようなことがあれば、多少は俺の活躍も見せられるかもしれないのにな。


 前もそうだったんだよな。

 あのダンジョン、たぶんかなりの恥ずかしがり屋さんなんだろう。

 俺にとってはいい迷惑である。

 ただまあ、これで配信ができるようになったら、少なくとも、俺の疑いは晴れることになる。

 それだけで、今は十分だ。


「申し訳ありません、色々と時間がかかってしまって」

「……いえ、助かりました。これで、皆が助かるかもしれないですから全然いいですよ」


 俺の誤解を解ければ、マスコミたちの批判も俺には向かなくなるだろう。

 すべてを明かすことができれば、今度非難されることになるのは神野町ダンジョンを放置していた協会になるはずだ。

 くくく、待ってろよ!


「……はい。早く、天草さんの誤解がすべて解けるよう、尽力しますね」

「……ありがとうございます」


 霧島さんの言葉に、俺は頷いた。

 その時だった。カレーを口元につけていた凛が、ゆっくりと手を挙げた。


「……私も、探索者協会に色々やりたいことがあってここに来た」

「凛? どういうことだ?」


 とりあえず口元のカレーを拭きなさい。彼女にティッシュを渡していると、鼻をかんだ。そっちじゃないよ。

 それから、彼女はゆっくりと話し出す。


「……私が赤崎市の異常種をすべて倒したと探索者協会が発表したこと、問い詰めた。その時の音声データがこれ」


 そう言って彼女はボイスレコーダーを取り出し、再生する。

 その中身を聞いていた俺たちは、お互いに顔を顰める。

 ……何とも言えない表情をしている皆。俺もまあ、同じ気持ちだ。でもまあ、協会の言いたいことも分かるがな。


「これを、公表しようと思って、色々やっていた。でも、あんまりそういうの得意じゃないから……義妹さんに、聞きに来た」

「誰が義妹よ! とりあえず、このデータってコピーとかしたの?」

「け、消したら嫌だから……何もしてない……何か、変なコードをパソコンに繋げるように書いてあったけど、良く分からなくて」

「はいはい。USBCで接続するだけよ。うん、今あたしが持ってるノートパソコンにデータのコピーとっておくわね」


 そう言って由奈はカバンに入れていたパソコンを取り出した。

 普段から持ち歩いているんだな。

 霧島さんはにやり、と笑みを濃くする。


「……これも、しかるべきタイミングで公表したら探索者協会があわあわしそうですね」

「美優、とてもとても悪い顔をしているね」

「だって、世間が騒然としそうじゃないですか。もう、楽しくって仕方ありませんよ」


 霧島さん、色々と溜め込んでいるようで黒い笑みを浮かべている。

 ……たぶん、探索者協会で色々と言われているんだろうな。

 すんません、俺のせいで。


「公表するタイミングとか、結構色々大事だと思うわよ」

「そうなの?」

「いきなり、凛が動画とかあげてもたぶんそこまでよ? 一番いいのは、やっぱり晴人がダンジョン配信を行って、探索者協会が何もしてこなかったことを世の中にバラした後に追い打ちをかけるのが一番だと思うわよ」


 うちの義妹がえぐいです。


「そうですね。そのタイミングであれば、マスコミたちにリークしてももしかしたら報道してくれるかもしれませんしね」

「うん。配信サイトの影響力も凄いけど、やっぱりテレビには敵わないわ。テレビでしっかりと報道してもらえるようにしないと、晴人を誤解したままの人が残っちゃうし」

「そうですね」


 ……皆。

 俺は胸に込み上げてくる思わず涙が出てきそうになる。


「どうしたの、晴人?」

「……いや、その……ここまで、俺のために色々してくれてな……。なんていうか滅茶苦茶嬉しくて……」


 俺がそういうと、皆は顔を見合わせてから頷いた。


「安心してください。探索者協会が困り果てる姿を見たいだけですから」

「あたしは、あの桐生って人に謝罪会見させたいわ」

「私はあとで晴人くんに101階層以上に連れて行ってもらいたいと思っていてね。研究者として、ぜひとも見てみたいなぁ」


 この人たち自分の欲を満たすためじゃねぇか!


「わ、私は晴人にお礼がしたいから」


 凛……! やべぇ、惚れてしまいそうだよ!

 ……それでもまあ、皆俺のために色々と動いてくれているのは良く分かっている。

 あとは、俺が頑張るだけだな。

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