第42話


 視聴者から見れば、桐生は順調に進んでいた。

 だが、桐生の内心は穏やかではなかった。


(……おかしい)


 持ち込んだ魔力回復ポーションの消費が早かった。


<桐生さん……なんか今日ペース早くない?>

<大丈夫ですか?>


 ちょっとずつ、視聴者にも気づく者が出始める。


「……ちょっとね」


 そう桐生は短く答えていたが、余裕の態度を崩さずにいた。

 桐生が焦っていた原因は簡単だ。


 問題は、ダンジョンの魔物たちだ。


 明らかに他のダンジョンよりも出現する個体のレベルが高いのだ。

 低階層から時々魔石3つ持ちの魔物が出るなど、他のダンジョンではありえない。

 他のダンジョンでは魔石3、4つ持ちはそれこ100階に近い層でしか出てこないのだ。


 なのに、運が悪いのか、低階層からでも遭遇する。

 高階層にいけば、魔石4つ持ちが普通で、時々魔石5つ持ちまで現れるようになる。


「くっ!?」


 桐生は声をあげ、現れた魔石5つ持ちのデビルリザードマンと戦闘を開始する。

 とにかく、距離を置き、敵に近づかれるまで雷を放ち続ける。

 デビルリザードマンは一切怯むことなく、雷を弾くようにしながら桐生へと迫る。


 デビルリザードマンの剣が届く直前、桐生が一番魔力を込めた一撃を放った。

 その一撃で、デビルリザードマンが崩れ落ちた。

 どうにか削り切ったところで、桐生は安堵の息を吐き、リュックサックに入れていた魔力回復ポーションを口に運んだ。


<……なんか、このダンジョンレベル高い?>

<今日の桐生さんの遭遇運が悪いだけじゃない?>

<そんなことないと思うけどなぁ。なんか、桐生様の体調も悪い気がする……>

<本調子じゃないのに、来てたのか? だとしたら天草のせいじゃないか?>


「……昨日もダンジョン攻略を終えたばかりで、疲れはあるかもね。ちょっと休みを挟んでから来れば良かったのかもしれないが、それはあくまでオレ自身の問題だ」


 そう濁してはいたが、桐生だってベストコンディションで臨んでいる。

 桐生の脳内に、撤退の文字が浮かんでいたのだが、彼はすぐにスマホの画面を見る。

 視聴者数は800万を超えている。普段でもここまでの視聴者数はいない。それも未だに減ることはない。

 そこまで伸びたのは、テレビで取り上げられ、SNSのトレンドにも入っているとのことで、まだまだ伸びる余地は残していた。


 神野町ダンジョン、天草が挑戦していたダンジョンという要素。

 視聴者数はまだまだ伸びていく余地を残している。

 撤退、なんてすれば今この配信を見ている探索者や子どもたちの夢を壊すことになりかねない。


 桐生にとって、日本の探索者のレベルを押し上げることが目標だった。子どもたちの夢を壊せば、それが将来の探索者のレベルの低下につながる。


 だからこそ、ここで撤退するつもりはなかった。

 あくまで余裕の表情で、桐生はその先に進んでいく。


 各階層での滞在時間を減らすため、桐生は次の階層に繋がる階段で十分に休憩を取っていく。

 コメントへの返信をいつも以上に増やし、休憩を悟られないようにしながら。

 次の階層に入る前に次の階段を見つけるように感知し、戦闘を最小限にこなし、逃げるように先を進む。


 途中からは階段を見つけ、即降りを繰り返す。特に80階層を超えてからは魔石5つ持ちの魔物しか出現しなくなったため、即降りが絶対条件だ。


「ふう……明日も予定があるからね。さっさと進んでいってしまおう」


<天草が四年かけて攻略できなかったダンジョンがもう攻略されそうで草ァ!>

<マジであいつ何をしていたんだよw>

<これ、下手したらAランクもないんじゃねw>

<やっぱ桐生様は別格だわ……>

<桐生様がいれば、日本の探索者のレベルは安泰だ>


 幸い、言い訳めいた言い方をしたにもかかわらず、日頃の評価もあって桐生の行動が疑われることはない。

 桐生もコメント返しを優先するため、スマホを見られるような位置に浮かせるようにしたため、汗ダラダラの様子などは見られていなかった。


「……100階層も……無事終わりだね」


<はやっ!>

<あとはダンジョンコアの部屋に向かうだけ!>

<視聴者数1000万人突破ですよぉ!>

<テレビでも緊急放送しているから、たぶん相当な数がこの配信見てるだろ!>

<日本全国に、天草の無能っぷりがさらされてるってことかよw>

<草>

<天草マジで何してたんだよあいつw>


 画面の桐生が余裕の表情を浮かべ、ダンジョンコアを破壊するため、階段の最後を下りた時だった。


「……え?」


 眼前に広がったのは広大な世界。

 本来、100階層の先にあるのは小さなダンジョンコアのみが置かれた部屋であるのが普通だ。

 それが、常識だった。


 だというのに、目の前には当たり前のように階層が存在し……壁には『101』という文字が表示されていた。


<え、101階層!?>

<そんなの聞いたことねぇぞ!?>

<これマジなのか?>

<何がどうなってんですか!?>

<すごっ! 世紀の大発見するなんて桐生様凄すぎます!>

<……あれ? そういえば昔、101階層があるとか何とか言ってたやついなかったけ?>


 桐生が困惑しながら、そんなコメントを見ていた時だった。


『……あなたは、私の王子様、じゃない』

「……ん?」


 不思議な声が聞こえた。

 桐生は慌てて周囲を見たが、そこには誰もいない。


「……今の声は?」

<声?>

<何かありました?>


 桐生はそのコメントに驚きながら周囲へと視線を向ける。その時だった。

 木々の奥。そこにぼんやりとした光を見つけた。そして、そこに一人の女の子が姿を見せる。

 金髪の長い髪をした天使のように可愛らしい少女だった。だが、しかし、桐生はここがダンジョン内であることもあり、彼女に対して強い警戒をしていた。


「……君は、何者だ?」


 予想もしていなかった光景に、桐生は驚きながら問いかける。

 慌ててカメラを向けたが、コメント欄には困惑の文字が浮かんでいた。


<桐生さん? さっきからどうしたんですか?>

<誰かいるの?>

「見えて、いないのか……? ここに少女のような子が――」


 桐生はそう言ったのだが、そこで彼女の姿がゆっくりと消えていく。


『あなたは、呼んでないよ。私が会いたいのは、あなたじゃないよ』

「……何? ど、どういう、ことだ?」

『……でも、来てくれている。あなたを追い込んだら、今すぐ、来てくれるかな?』


 そんな無邪気な声とともに彼女の姿は消えた。

 そして……その代わりとばかりに、魔物が出現した。

 体に6つの魔石が埋め込まれた魔物――。


「……で、デーモン……オーガ……?」


 じっと観察し、その名前を見た桐生の体が震える。

 ヘル種までしか確認したことのない桐生は、初めて見たデーモンという文字に顔を青ざめる。

 先ほどの少女のことなど忘れ、桐生は目の前の魔物に頬が引きつる。

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