第35話
「ああ、天草だ。神崎? どうしたんだ?」
『色々、ごめん』
いきなりの謝罪。その色々に何が含まれているのか分からない。
「……何がだ?」
『今、目が覚めて色々知った。何か……ほとんど全部、私の手柄になってる……なんで、こんなことに……』
「俺も詳しくは知らないけど……探索者の人が報告したらしい」
俺がそういうと、不満そうな声をあげる。
『……私。気を失う前にちゃんと言ったのに。天草が倒してくれたって』
「……まあ、俺は別にいいんだけど……それで神崎に過剰な期待をされるのだけはちょっと心配だ」
こっちもあまりよろしくないとはいえ、それでも今は神崎の方が心配でもあった。
『私の、心配?』
「ん? ああ、まあな」
『……ありがとう。私も、とりあえず探索者協会に連絡をして訂正する』
「そうか。分かった。怪我とかは大丈夫か?」
『……っ。う、うん……大丈夫……っ』
「……なんか、驚いたような声したけど、本当に大丈夫か?」
『それは……今まで、怪我の心配とかしてくれる人が、いなかったから……えへへ。……ありがとう』
なんだか、滅茶苦茶嬉しそうだ。
「おう。とりあえず、無理するなよ? こっちは別にいいから、ゆっくり休んでな」
『……うん。とにかく、なんとかするために、頑張るから。……天草も、頑張って』
「……ああ、ありがとな」
心配してくれは彼女に、嬉しさを感じながら、そこで通話は終了した。
由奈がじろっとこちらを見てくる。
「お前の手柄サンキューとか煽ってきたの?」
「そんな狂犬じゃないって……。助けてくれたことありがとうってのと、色々誤解されてるから訂正するために動くって」
「……あっ、そうなのね。まだ探索者の人にもまともな人っているのね」
それはまるで桐生さんがまともではないと言いたげだ。
……いやまあ、まともではないのかもしれないけど。
あの人はあの人で、理想の探索者に囚われてしまっているだけだし……。
……でもまあ、神崎はちゃんと言ってくれていたんだな。
手柄を取られたとか考えてしまって……悪いことをしてしまったな。
神崎凛は探索者協会の会議室にいた。目の前に座っている協会職員は無表情で、無機質な口調で話を進めていた。
「……それで、話って……?」
「だから、何度も言っている。……私はあの魔石5つ持ちの異常種は倒してない。全て、天草が倒してくれて」
「……今回の異常種討伐についてだけど、記録には君が魔石5つ持ちの異常種を討伐したことになっている。これで、納得してくれないか? 君にとっても、悪い話ではないだろう?」
凛は即座に首を振った。
「いいえ、違います。私が討伐したわけじゃない。あの場面で私を救ったのは、天草晴人」
「はぁ……。だからねぇ。そんなわけないだろう? キミは瀕死の状態で変なものを見ただけだ」
協会職員は上からそのように話を進めるようにと伝えられていた。
仮に、天草が実際に敵を倒していたとしても、それでは天草の評価が上がってしまう。
探索者協会としては、彼をスケープゴートにしたいわけで、今の世の中の論調の方が都合がよかった。
「違う。……ちゃんと調査した結果を発表してほしい。回収したばかりの魔石には討伐した人の魔力が染みついているはず。それを判断すれば、私ではなく天草晴人のものと合致するはず……です」
「こちらで、調べるつもりはないよ」
「……なんで?」
「そもそも。彼が本当に討伐したとしよう。そうなれば、探索者協会がちゃんと調べなかった、という問題が発生する。そうすれば、誰が責任をとることになると思う?」
「探索者協会の人ですよね?」
「そうだ。それが良くない」
「……良くない? ミスをしたら、反省して謝罪をするのが当然では?」
凛の言葉に、職員は不満げに口をとがらせる。
「それが、大人の社会では決して正しいわけではないのだよ。それにねぇ、キミだって成績が良くなるんだ。社会の印象が良くなる、それでいいじゃないか」
「……天草の印象はどうなる?」
「彼の印象なんてそもそも地の底に落ちているんだよ。今は、彼を必死にプロデュースするよりも、大事なことがある。神崎凛という若く、美しく、強いSランク探索者が日本にいる、っとなったほうが世間のウケもいいんだ」
探索者協会の言葉に凛は苛立っていた。
「私はそんなプロデュースをお願いしたつもりはない」
「……とにかくだよ。今回の一件は君の手柄にしてくれた方が嬉しいし、都合がいいんだよ。色々とね。探索者協会としては、桐生さんと神崎さん。この二人の美男美女の二人を特に押していきたいと思っているんだ。いずれ二人には日本の代表として世界の探索者たちに並んでほしいと思っている。今回はまさに、その二人が活躍して事件を解決した。それが一番いいんだ。分かってくれないかな」
「分からない。興味もない。とにかく、私からは一つ。……ちゃんとして」
凛が魔力をこめていうと、職員は一瞬驚いたように眉を動かし、しかしすぐに薄く笑って肩をすくめた。
「……はいはい。一応伝えるよ」
「……ちゃんと公表して」
「了解了解。分かってるよ」
空返事をした職員に、凛は小さく息を吐いた。
検査結果の中身が都合よく改ざんされたり、そもそもその検査結果が表に出てこない可能性は十分に考えられた。
だから、凛は最後に一つだけ、諦めるように確認した。
「これは、会長含めて……探索者協会全員の総意ってこと?」
「まあそうだね。とにかく、教会としてはキミと桐生くんを中心に探索者業界を盛り上げたいと考えているんだ。そもそも天草が昔からサボったり、嘘を吐いていたことがいけないんだろう? 自分で蒔いた種だよ、それは」
その言葉を聞き、凛は小さく息を吐いた。
「協会が何もしないなら、私も今後Sランク探索者としての活動には一切協力しないから」
「……え?」
「ちょうど、新しい規定も出るみたいだし、何もしなければSランクからAランクに降格できるようになる、でしょ?」
それは天草を外すためにとばかりに打ち上げられた新しいSランク探索者の規定。
それを凛はニュースで見ていたため、怒りをぶつけるように言い放つ。
職員は慌てたように席を立つ。
「ちょ、ちょっと待て。冗談だろう? Sランク探索者としての名誉や給料がいらないっていうのか!?」
「どうでもいい。捨てられるなら、むしろ歓迎」
別に、それがなくとも、凛としてはいくらでも稼ぐことはできる。少しダンジョンに潜れば、Sランク探索者ならば余裕で稼げるからだ。
「……」
職員はどうにか説得しようとしたが、凛はそれより先に部屋を出ていった。
それから、凛は一人になったところで小さくため息を吐いた。
「……とりあえず、さっきの会話を録音はしてたけど。これをどこで公表するか」
マスコミ関係者にリークしたところで、圧力で握りつぶされる可能性が高い。
仮に、自分から発信したとしてもどこまで影響するかどうか。
「でも……頑張らないと、天草が……」
凛は悩んでいた。そして、もう一つ大問題があった。
それは――あまり機械に強くないということだった。
ボイスレコーダーに関しても、ここに来る前に何度も練習してようやく使えるようになったところだった。
「配信サイトの……ちゃ、チャンネルの作り方、分からない」
凛はスマホを手に取り、音声で文字入力を行う。フリック操作なども苦手な彼女は、いつも声で文字を入力していた。
「SNS……どうやるの……?」
「……ぼ、ボイスレコーダーのデータ、そもそもどうやってスマホに移すの?」
「……す、スマホの音声メモで録音する? 音質が、悪くなっちゃうかも」
「だ、誰か……詳しい人……私……友達いない……あ、天草に……聞いてみよう……で、でも……め、迷惑じゃない……かな?」
凛は悶々としていた。
ダンジョン攻略よりも大変な戦いが、そこにはあった。
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