第30話
デビルミノタウロスと表示されている二体の魔物。
デビル種、そして魔石5つ持ち。
世界でも類を見ないほどの最悪の脅威が二体もいる。
「……すぐ、逃げて」
凛は恐怖を押し殺すように短く叫ぶ。
探索者たちは「え?」と驚いたように言っていたが、次の瞬間、デビルミノタウロスの体が消えた。
「くっ!?」
ギリギリで凛は反応し、氷の壁を展開する。デビルミノタウロスが持っていた斧が振りぬかれ、その氷の壁が一瞬受け止めて、弾かれる。
「すぐに逃げて!」
「……っ!」
凛がもう一度叫ぶと、探索者たちは弾かれたように走り出す。
ようやく、この状況を理解した彼らの安全を確認する暇はない。
凛はすぐに、氷を展開し、デビルミノタウロスたちと交戦する。
速度と異能を活かし、攻撃を捌いていく。周囲に氷を展開し、この場全体を凍てつかせ、その体を拘束しにかかるが、凛の異能をものともせず、デビルミノタウロスが地面を蹴る。
魔石5つ持ちの化け物――異常種と呼ばれる魔物が、圧倒的な力で凛へと襲いかかる。凛が斬りつけても、叩いても、全くひるまない。
凛は氷の足場をいくつも展開し、三次元を利用して攻撃をぎりぎりでかわし続けていた。
「何か突破口を……!」
そう思った瞬間、デビルミノタウロスの一体が凛の背後に回った。
「しまっ――!」
凛がすぐさま氷の壁を展開したが、急増で作り出した壁は一瞬で破壊され、凛は地面に叩きつけられた。
――こんなはずじゃなかった。
――普通に生きて、普通に生活をしたかったのに。
――大金なんていらない、Sランクの称号だっていらない。
――家族皆で、普通に笑いあって生きたかっただけなのに。
もう、嫌だった。戦いたくないのに、なんでこんな苦しい思いをしないといけないのか。
「……だれか、助けてよ」
なんでこんなに苦しい思いをしないといけないのか。
(……でも、私は助ける側のヒーローだから――)
涙が頬を伝ったその時だった。
「神崎!」
聞いたことの声が、すぐ後ろから飛んできた。視界の隅に、黒い髪の男――天草晴人が駆け寄ってきていたからだ。
デビルミノタウロスたちもそちらに反応し、煩わしそうに鳴き、それぞれ斧を構えた。
「あま……くさ……?」
彼が何でここに――と思った次の瞬間。
デビルミノタウロスたちの姿が消えるようにして、晴人の左右へと姿を見せた。
両者が同時に、斧を晴人へと振りぬこうとした。
「あぶな――」
凛が悲鳴をあげようとしたまさにその瞬間だった。
デビルミノタウロスの体が、真っ二つに切り裂かれた。
「「がああ!?」」
「邪魔すんな! おい! 大丈夫か、神崎!?」
デビルミノタウロスたちの体が消え去り、後には黒い魔石が二つ落ちていた。
凛はすぐに体を起こし、体内の魔力を全身に循環させ、体の痛みを軽減していく。
それでようやく、話ができる程度まで回復した凛は、すぐに問いかけた。
「……い、今何をしたの?」
「え? 剣を振れば魔物は斬れるだろ?」
「そうじゃなくて――」
誰もそんな話を聞いているわけではないと凛が突っ込もうとしたが、すぐに彼が心配そうな表情になる。
「それより、神崎。大丈夫か?」
「う、うん……」
「それなら良かった。まだたくさん魔物いるし、怪我してるなら神崎も避難した方がいいぞ」
「……避難……した方が、いい?」
「ああ。結構魔物は倒したが、まだたくさんいるしな。……こっちは俺が引き受けるから、とりあえず治療受けてこい」
凛は驚いていた。
Sランク探索者として、そんなことを言われたことは一度もなかったからだ。
誰かに気遣われることなんて、もう久しくなく、凛はぎゅっと唇を噛んだ。必死に涙をこらえ、それからゆっくりと頷いた。
「……分かった。ありがとう」
「一人で戻れるか?」
「……うん、大丈夫」
「よし。こっちは心配するなよ」
とんと晴人が凛の肩を叩き、彼は走り出す。
そんな晴人たちから少し遅れて、数名の探索者たちがやってきた。
先ほど逃げるように伝えた探索者たちが、戦力を集めて戻ってきていた。
「か、神崎さん!? こんなボロボロになって……大丈夫ですか!?」
「……うん、何とか」
「それにしてもって凄いですね! 魔石5つ持ち二体を倒しちゃうなんて……!」
近くに転がっていた黒い魔石を確認した探索者たちが、目をきらきらと輝かせて声をあげる。
「いや、それは……天草が倒してくれて……」
「え? またまたー。あんな無能が倒せるわけじゃないですか」
「違う、天草が……倒して――」
先ほどのダメージがまだ残っていたため、凛はせき込んでしまう。
「もう、神崎さんは優しいですね。あんな男を庇う必要なんてないですよー。まったく……神崎さんがここまで戦っているのに、どっかに逃げるなんて……本当に、サボり魔の異名は伊達じゃないですね」
「……マジで、あいつがなんでSランク探索者やってんだろうな」
「だから、違う!」
凛が思い切り叫ぶと、探索者たちはびくりと肩をあげる。
凛は睨みつけたが、探索者たちはそこで、ため息を吐いた。
「……あー、はい。分かりましたよ」
流すようなその言い方に、凛は色々と思うところはあったが、そこで言い争いをしている場合ではない。
凛はそこで意識を失ってしまった。
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