第31話



 俺の担当と神崎のエリア。その両方の異常種を殲滅した俺は、それから軽く息を吐いた。


「……よし!」


 周囲にいた異常種たちを倒しまくり、俺はようやく一息を吐くことができた。


 俺がすぐに耳を澄ませて次の魔物の位置を把握していくと……少し離れたところからいくつもの雷鳴と魔物たちの悲鳴が聞こえてきた。

 ……耳を澄ませば、声も聞こえてくる。桐生さんのものだ。


 ……赤崎市内全体の状態を確かめるように、俺は聴力を強化していく。

 魔物の音は……もう聞こえない。

 逃げ遅れた人や、怪我をした人たちもいないようだ。


 ……大丈夫、そうだな。

 ほっと胸を撫でおろしている時だった。


「……キミは……何をしているんだ?」


 桐生さんの声が聞こえた。

 声のした方を見てみると、桐生さんが空中に浮かんでいた。

 ……魔法系の異能が使える人たちって当たり前のように空を飛ぶんだよな。


 羨ましい限りである。

 すっと桐生さんは近くに浮かせていたスマホとともに降りてきた。

 ……桐生さんや神崎たちは、自分の異能の延長でちょっとしたテレキネシスのようなものが使えるらしい。だから、スマホとかで配信をするとき、桐生さんはいつもスマホを近くに浮かせていた。


「桐生さん。もう魔物の討伐は終わりましたか?」

「……先ほど、倒して回っていたからね。それで、キミは何をしている? ここは凛ちゃんの担当だったはずだろう?」


 なんだこいつ? なんか滅茶苦茶苛立っている様子である。

 喧嘩腰に来られたら俺だってさすがに頭には来るのだが、あくまで冷静に答える。


「あー、それなんですけど、俺の任されていたエリアはもう魔物もいないようなので、こっちに来たんですよ」

「こちらも魔物はいないだろう? ……凛ちゃんや他の探索者たちがすべて討伐したんだろう?」

「いや……それは、俺が討伐したからで――」

「先ほど探索者から報告があったよ。凛ちゃんは気を失ってしまったようだけど、魔石5つ持ちの異常種を二体、倒したそうだよ」

「……」


 ……それってもしかして、さっき俺が戦ったやつか?

 ……由奈の言葉が、脳裏をよぎる。

 『手柄はちゃんとアピールしないと、取られる』。

 ……神崎に手柄が奪われてしまったのか?

 いやまあ別にそれはいいんだけどな。


 だが、それで桐生さんが誤解しているっていうのは腹立たしいわけだ。


「俺もそれなりに魔物を倒してましたけど――」

「凛ちゃんが、決死の覚悟で戦っている間に、キミは何をしているんだ!? 人のエリアに来て、人の討伐した異常種の魔石を回収して、さも自分の手柄にしようとしていたんじゃないだろうな!?」


 桐生さんが叫び、俺の胸倉を掴み上げてきた。

 ……こいつ。


「いや、俺は……別にそういうわけじゃないんですよ。さ、さっき神崎がやられそうなのを助けたんですよ。……それでまあバトンタッチしたわけで」


 魔石5つ持ちの異常種を俺が討伐したといっても信じてはもらえないだろう。

 だからまあ、かいつまんで状況を説明するのだが、桐生さんは頭に血が上っているようだ。


「凛ちゃんがやられそうなのを助けた? 探索者たちから聞いたよ。キミが凛ちゃんを見捨てて逃げたって……!」

「……逃げてねぇよ」


 話が通じない。

 さすがに頭にくる。

 ただ、向こうは配信しているんだろう。……由奈が言っていたように、何かを言っても俺の悪印象だけが伝わってしまうだろう。


「黙れ!」


 桐生さんがこちらへ雷を落としてきた。

 俺は反射的にそれをかわすと、桐生さんはこちらを睨んできた。


「本当に、逃げ足とサボるのだけは得意な奴だ。……キミがSランク探索者としていると、周りの人たちまで誤解されるんだ。……本当に、迷惑だよ」


 ……俺だって、ちゃんと戦っている。

 でも、きっとそれを証明してくれる人は――どこにもいないんだろう。


 最初からこちらを信頼していない相手と話をしていても……無駄だ。

 何かを言い返そうと思ったその時、俺のスマホが鳴った。


 桐生さんがぴくりとそちらへ視線を向けたが、俺は構わずスマホを取り出した。

 ……三好さんからだ。


「もしもし……」

『良かった繋がったか! 済まない、またダンジョンが活性化しちまったんだ……! 今、どこにいるんだ!? 来れそうか?』

「……はい、大丈夫ですよ」


 もう、こっちの仕事は片付いた。

 俺はそう短く返事をしてから、桐生さんへと視線を向ける。


「神野町ダンジョンで、活性化が発生したんでその対応に行ってきます」


 俺がそういうと、桐生さんはぎりっと表情を歪める。


「逃げるつもりか? このサボっていた状況にどう説明をつけるつもりだ?」

「サボっていないので、言い訳も何もないですよ」

「この状況を見れば明らかだ! 君は……Sランク探索者失格だ! ……オレは君が、日本最高のSランク探索者になると……期待していたんだ! なぜ、なぜ! それほどまでの魔力を持って、なぜ何もしないんだキミは!」


 桐生さんの相手をしている暇はない。

 ……俺には、俺のやるべきことがある。

 俺が探索者として戦っているのは、町を守るためだ。

 ……それ以外は、正直――どうでもいい。

 俺が身体能力を高め、その場から離脱するように跳躍すると、桐生さんが叫んだ。


「待て、天草晴人! おい!」


 桐生さんの怒声を無視して、俺は神野町ダンジョンへと戻った。

 恐らくまあ、ネットとかでは凄まじいくらいに叩かれているんだろうけど、関係ない。

 俺は、俺のやりたいことのために、守りたいもののために探索者として戦うだけだ。



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