第29話



 まったく歓迎されていないのは分かったけど、すぐに問いかける。


「ああ、そうだよ。異常種いたのか?」


 何かあったなら情報共有をしてもらいたい。そう思っての問いかけだったのだが、探索者は慌てたように答えた。


「あ、ああ……! あっちで神崎さんが交戦中なんだよ……!」

「神崎が……? それなら大丈夫じゃないか?」

「大丈夫じゃねぇよ! ま、魔石5つ持ちの化け物が二体出たんだよ!」

「なんだって……?」


 魔石5つ持ちといえば、確かにまあまあ強い魔物だ。

 恐らく、目の前の探索者は一度も遭遇したことがないのだろう。

 顔面蒼白でガタガタと震えていた。そして、慌てた様子で叫んだ。


「お、お前サボり魔でもちょっとは戦えるんだろ!? 早く、神崎さんの援護に行ってやってくれ! このままだ、神崎さんが殺されちまう!」

「…………分かった。それじゃあ、お前たちはこの先の学校に行ってくれ。かなり、避難している人たちがいるから、そこで皆を守ってくれ」

「……あ、ああ分かった!」


 探索者たちが壊れたように頷き、俺はすぐに神崎の救助へと向かう。

 ……魔石5つ持ち。

 他の迷宮だと高階層から出現する魔物だが、神野町ダンジョンではちょこちょこ見かけるんだよな。


 確かに、強敵ではあるのだが……そこまで恐れるほどではない。

 神崎なら、大丈夫だとは思うのだが――。

 そう思って、俺が再び聴力を強化したときだった。


 ――だれか、助けてよ。


 悲痛めいた、訴えかけるような……神崎の声が、聞こえた。





 神崎凛は、探索者として生きたくはなかった。


 普通の生活がしたかった。

 家族と平和に過ごす、そんな当たり前の幸せを望んでいた。

 でも、それは叶わなかった。五歳の頃、突然圧倒的なほどの魔力を発現してから、すべてが変わってしまった。


『すごいぞ、凛! お前は選ばれたんだ!』

『凛! さすがあなたは私たちの娘よ!』


 その言葉は、当時は嬉しかった。誇らしかった。

 けれど、その後は毎日のように「探索者」としての訓練が始まった。

 小学校に通いながら、放課後はずっとトレーニング。

 政府から派遣された元探索者という指導者たちに訓練を付けられる日々だった。


 皆がテレビや漫画を見て、遊び回っている時間――神崎はひたすらに刀を振り続けた。


 それは楽しくなかった。

 普通の子どもとして、遊びたかった。

 勉強だって、そこまで得意じゃないけれど、もっと普通に学校に行って、友達と笑い合いたかった。

 けれど、家族も周りも、立派な探索者としての神崎凛を求め続けた。


『お前は選ばれた存在なんだから、頑張らないと』

『あなたはSランク探索者として戦わないといけないのよ』


 その言葉が、どれほど重荷になったか。

 あの日々は、逃げたくても逃げられない地獄だった。


 でも、逃げられなかった。

 家族の期待、世間の期待、周りの期待。

 逃げ場はなかった。


 中学に入り、探索者として本格的に活動させられるようになった。

 凛がダンジョンを攻略していくと、莫大な金が手に入っていく。

 ――家族が、崩壊していった。

 凛の金を使い、凛の金を奪い合っていく。父と母が、祖父や祖母が、親戚が。


 凛の稼いだお金に群がり、皆が狂っていく。

 凛はそんな家族たちとは距離を置いた。

 最低限を自分の口座に振り込まれるようにして、残りはすべて家族たちの口座に入れるようにして。

 仲の良かった家族たちは崩壊し、残ったのはSランク探索者としての自分の立場のみ。


『こんな力なんて、なければいいのに――』


 何度も何度も自分を恨んだ。


『――死ねば、楽になるの?』


 何度も何度もそう思い続けた。




 凛は前から気になっていた秋咲市のパンケーキを食べた帰り道。

 スマホに届いた探索者協会からの緊急連絡を見つめて、少しだけ眉をひそめた。

 無視するわけにはいかなかった。


『神崎さんでしょうか!? 私、秋咲市の支部長を務める中村と申しますが……』

「要件は?」

『……あ、赤崎市にて、異常種の大量発生が確認されました! たしか、神崎さんが住んでいる場所はそれなりに近くだったと思うのですが、今どちらにいますか!?』

「……近くにいる。行ってくる」

『あっ、ありがとうございます! 桐生さんとあと、天草という男にも応援要請を出すつもりです! 天草はご存じの通りであまり期待できませんので、桐生さんと神崎さんのお二人だけが頼りなんです! よろしくお願いいたします!』


 凛は小さく息を吐いて、通話を切った。

 偶然とはいえ近くにいたことに、凛はため息を吐いていた。


 遠ければ、適当な理由をつけて逃げることもできたからだ

 美味しいパンケーキ屋があると聞いて、ちょっと息抜きに立ち寄っただけで、探索者としての任務なんて、本当は参加したくない。

 しかし、凛はそれでも、逃げることはできなかった。戦いたくなくても、戦わなければ周りから非難されると分かっているから。


 Sランク探索者には拒否権がない。勝手にSランク探索者にさせられ、勝手に期待される。

 世界で一番、不自由な探索者だ。

 凛はすぐに跳躍し、足元を凍らせる。それを足場に、空中を移動していく。


 赤崎市に到着すると、すぐに異常種の魔物たちが町中に散らばっているのを確認できた。

 神崎は手を伸ばし、自分の異能を発動させた。

 空気中の水分を瞬時に氷結させ、氷の槍を放ち、異常種を打ち抜いた。


「か、神崎さん!?」

「神崎さんが来てくれたぞ!」

「神崎さん! 魔物たちをお願いします!」


 市民や戦っていた探索者たちの声に、凛は一瞥を向ける。


「早く、安全な場所に避難して」


 それだけを伝え、凛は異常種たちを打ち抜いていく。接近してきた異常種の攻撃を避け、展開した氷の刀で切り裂いた。

 普段、武器を持ち歩かないため、今は自分の異能だけが頼りな状況だったが、異常種たちを殲滅していく。


 次々と迫ってくる魔物たちに対し、凛はその場で氷の刃を作り、魔物を一体、また一体と斬り倒していく。

 氷が魔物たちを容赦なく凍らせ、砕いていく。


 周囲の魔力を感知する。そこまで精度は高くないが、ダンジョン内と違って魔物の魔力は感知しやすい。

 魔物の反応を見つけると、凛はすぐにそちらへと駆けつけた。

 小さな子どもが魔物に襲われかけていた。


 咄嗟に魔物へと攻撃をしようとしたのを、凛は止めた。


(……やっぱり、魔物を優先しようとする)


 Sランク探索者の評価点の一つは、異常種の討伐。

 だからこそ、真っ先に異常種を討伐しようと体が反応してしまっていた。


(……よく、天草はあの時子どもにまっすぐ行けてた。私は……反応できなかった)


 そんなことを思いながら、凛は子どもの周りに氷の壁を作って攻撃を止める。


 魔物の爪を弾き返したところで、展開した氷の刀で魔物を切り裂いた。


「あっ、ありがとう……お姉ちゃん!」


 子どもが感謝の言葉を口にし、凛は一瞬戸惑った。

 誰かに「ありがとう」と言われるのは、もうずいぶんと久しぶりのことだったからだ。


「気を付けて」

「……うん!」


 彼女はできる限り優しい言葉を返したつもりだったが口角がうまく動かなかった。


「……うん、頑張ろう」


 家族が豪遊するためだけに戦う日々よりも、まだあの子どもたちのような子たちを助けるためなら、戦える。

 黒い魔石を回収したところで、凛は次の魔物を探すために魔力を感知する。


 だが、その瞬間。

 

「――ッ!」


 凛は異常なまでに強大な魔力を感知していた。


「……なに、これ」


 凛は僅かに体を震わせながらも、唇を噛んだ。その近くにあった探索者の反応がみるみる小さくなっている。

 放っておけば、死んでしまう。


「……行くしか、ない」


 凛は小さく息を吐いてから、そちらへと向かった。

 そして――そこにいた魔物に、戦慄する。


「……か、神崎さん! 助けに来てくれたんですか!?」

「神崎さんが来たなら、もう安心です!」


 傷だらけの探索者たちの表情がぱっと明るくなった。それはまるで、危機に現れたヒーローを見るようなものだった。


(……私にヒーローは、いない)


 神崎は、眼前の魔物二体に絶望していた。

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