第26話






 ダンジョンでの活性化を終えてから家に帰ると、キッチンから食欲をそそる香りが漂ってきた。

 俺がリビングに入ると、ちょうどリビングではテレビの笑い声などが響いていた。

 キッチンの方へと視線をやると、由奈がテレビを見ながら料理の仕上げをしているところだった。


「あっ、お帰り」

「ああ、ただいま」


 由奈が笑顔とともに出迎えてくれた。

 ……あの日、彼女から謝罪をされてからというものの、由奈の態度は一変した。

 なんか、それまでとは別人ではないかと思うくらいである。


「何? どうしたのよ?」

「いや、何でもないけど……今日の夕飯は?」


 俺が基本的にダンジョンに行ってしまうため、我が家の料理担当は由奈であることが多い。

 まあ、我が家は皆一人で生活している時間があったためか、全員料理はできる。


 たぶん、俺の料理スキルが一番低いと思うくらいには、貴志さん、由奈、母さんたちの料理は見事だ。

 なので、俺が料理担当になることは恐らく一生来ないだろう。


「そんな豪華なものじゃないわよ。豚肉が安かったからそれで生姜焼き」

「おっ、大好物」

「あんた、それ肉料理全部に言ってるじゃない」


 バレたか。

 まだ一緒に生活してからそれほど経っていないというのに、すでに俺の好物はバレたようだ。


「まったく、うちの義兄ちゃんは好物の範囲が広くてラクでいいわね。ほら冷めないうちに食べちゃうわよ」

「……おう、ありがとな」

「ちゃんと手は洗ってきなさいよ」


 お母さんみたいである。もちろん、いわれるがままに手を洗ってきて、俺は席についた。

 両親の帰りは基本的に遅いので、俺と由奈がいつも先にご飯を食べる。

 テーブルに座り、一口食べてみると、思わず笑顔がこぼれた。


「うまっ!」

「はいはい。あんたいつもそれよね」

「いいだろ別に」


 俺に食レポは絶対無理だ。桐生さんとかがそういう番組に出ているのを見たことがあったが、彼は丁寧に仕事をこなしていたものだ。

 そんな会話をしながら、由奈がテレビの方へと視線を向ける。


 ちょうどテレビでは探索者に関する番組が放送されていた。司会者と解説者が登場し、Sランク探索者たちの活躍を紹介していた。


『さあ、本日の特集は、日本が誇るSランク探索者たちについてです! まずは、昨年も異常種討伐数でトップに立った桐生大樹さんの話題からになります!』


 画面には桐生さんが華麗に魔物を討伐する姿が映し出され、観客から歓声が上がっている。解説者が嬉しそうにコメントを続けた。


『さすがですね、桐生さんは。常に一歩先を行く探索者であることを証明するように、すでにダンジョンを五つ攻略したという話ですね』

『異常種討伐数は今年に入ってもう脅威の二十だそうですね。……これは凄いハイペースですよね。米川さん』


 意見を求められたのは米川という人だ。軽くそこで米川さんの解説が入る。元Aランク探索者で、現在はこういった番組の解説や探索者の指導を行っている人のようだ。


『そうですね。もちろん、それは凄いことなのですがここ最近、それだけ異常種が発生してしまっているということでもあります』


 それに関しては俺も同意。

 異常種の討伐は喜ばしいことだが、それだけ発生してしまっているという話でもある。

 なんで俺は遭遇しないんだろうな。マジで神野町ったら、俺に冷たいんだから。


『ですが、そこはやはり我らが桐生さんに、探索者たちを導いていってもらいましょう』

『彼がいれば、日本は問題ないでしょう。彼のリーダーシップと実力は、他の探索者と比較しても明らかに頭一つ抜けていますからね』


 ……そうして、次々にSランク探索者たちが解説されていく。


「晴人って他のSランク探索者の人たちに会ったことあるの?」

「一応、全員と会ったことあるぞ」

「……へぇ、何かそう言われると違和感あるわね」

「どういう意味だ」

「いや、普通に接していると普通って感じだから」

「なんだ俺にオーラがないっていいたいのか?」

「接しやすいって話よ。やだ怒んないでよ義兄ちゃん」


 甘えたことで誤魔化そうとするんじゃない。

 どうせ俺は他のSランク探索者に比べたら地味ですよーだ。

 やっぱこう、口から火とか吹ければよかったのかもしれない。

 そして、話題は神崎凛に移っていく。


「この人って晴人と同じ年齢の人よね?」

「ああ、そうだ。何か詳しいな」

「そりゃあ、晴人のプロデュースについて色々検討してるからね」

「……プロデュース?」

「そう。うちの義兄ちゃんが誤解されたままってのはダメでしょ? 神野町ダンジョンが配信とかできない環境だからって、でも義兄ちゃんの強さを示すための方法はいくらでもあるでしょ?」

「……あるか?」

「あるわよ。あたし、これでもネットに詳しいのよ。だから、誤解をとくためにできることがないかって色々調べてるのよ」

「頑張ってれば、いつかは誰かが評価してくれるもんじゃないか?」


 俺はそれを信じて、頑張っているわけだ。

 しかし義妹は首を横に振った。酷い。


「ダメよ。手柄は自分でアピールしないと。死後評価されたって意味ないでしょ? どこかの芸術家とかみたいに、死んでから評価されたってダメ……じゃないかもしれないけど、どうせなら生きているときに評価した貰ったほうが嬉しいじゃない」

「……自分からアピールってなんかダサくないか? 異常種倒したぞー! ってカメラの前で掲げるってことだろ?」

「そんな露骨なやり方したら余計悪印象になるでしょうが! もっとさりげなくよ! カメラに映る場面でいい感じに活躍するってこと。桐生さんとか露骨に狙ってるって思うタイミングあるわよ」

「露骨、ねぇ」


 いやまあ、あの人は確かに世間の目とか評価とかを特に大事にしている。

 探索者をより素晴らしいものとして未来の若者たちにアピールしたいみたいだからな。


「この前の新年のテレビでもそうよ。異常種が現れたとき、晴人は何してたのよ?」

「……人助け?」

「うん。さすがあたしの自慢のお義兄ちゃんだわ。偉い偉い。でも、それまったくどこにも映ってないでしょ?」

「……まあな。なるほど。助けた子どもを抱えてカメラの前に行けばよかったってことか?」

「だからなんでそんな印象悪くなるような手段をすぐに提案してくるのよ! ……一応、SNSでエゴサしてみたら、現地にいた人の数人は晴人のことちゃんと褒めてたわよ?」

「そうなのか?」

「何もできないわりに、ちゃんと子ども助けてたって」

「……」


 それは褒められているのだろうか。




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