第25話
次の日、由奈はいつも通り学校にいき、教室へと入った。
友人たちに適当に挨拶を返しながら席につくと、友人の真央が雑誌を持って由奈の席へとやってきた。
「ほらほらこれ見て! 桐生様表紙の雑誌! 超カッコよくない!」
金髪の容姿の整った男性が、そこにいた。
それを見て由奈は、再婚相手のことを思い出し、小さくため息を吐いた。
「どしたん? かっこよすぎてため息漏れた感じ?」
「……いや、ね。ちょっと色々あって……」
「何々? 悩みとかあるん?」
友人の藤田真央が、にやりとしながら茶化すように言った。由奈は一瞬迷ったが、ため息をついて話し始めた。
「……まあ、その……親の再婚相手のことでね」
「えっ、再婚? そんなん聞いてなかったけど めちゃ急。誰なん?」
真央が、興味津々とばかりに身を乗り出す。
「えっとね……親の再婚相手はいいんだけど……その息子が実はSランク探索者でさ……」
「え、マジマジ!? ちょっと! 皆! 由奈の再婚相手の息子さんがSランク探索者なんだって!」
「ちょっと声大きいわよ!」
真央が周りに呼びかけるように声を張り上げると、それはもうクラスメートたちの注目の的にされる。
皆からの注目が集まり、「誰? 誰?」と問われる中、ぽつりと呟くように言った。
「……あの、天草晴人って人なんだけど」
由奈が言うと、周りの友人たちが一瞬静かになり、そして次々に顔をしかめ始めた。
「天草晴人!? いやいや、絶対やめた方がいいって!」
「そうよ、あいつって最弱のSランク探索者とか言われてるでしょ? なんか全然ダンジョン攻略できてないとか、ネットで叩かれまくってるじゃん」
「しかもさ、あいつってテレビとかでもよく馬鹿にされてるよね? 何もしないクソ野郎じゃん!」
「絶対あんな奴モテないし、由奈なんか可愛いんだから絶対やばいって! 腐ってもSランク探索者なんだから、力じゃ勝てないだろうし危険だよ!」
周りの男子、女子たちからの心配する声に、由奈もまた頷いて返していた。
ネットを調べれば、『楽屋で女性のモデルに無理やり体に触れた』とか女性がらみでも色々と問題行動を起こしているのではないか? というものが散見された。
だから由奈は、少しだけ警戒していた部分があった。
「そんな奴が家族になるとか、地獄じゃん。……お父さんに言ったほうがいいんじゃないの?」
「……でも、お父さん凄い楽しそうに話してたよのね」
「天草って確か親もやばいんじゃない? 騙されてる可能性あるよ!」
「……そうなのかなぁ」
ネットやテレビを見ていれば、その可能性の方が高いだろう、と由奈も考えていた。
「そうだよ! お父さんとかきっと洗脳されてる可能性もあるよ! ちゃんと由奈が説得したほうがいいよ!」
「……とりあえず、そのうち一度向こうの家族と会うこともあるから、そこで確かめてみるわよ」
そう言って、由奈は苦笑しながら友人たちに答えた。
それで、ひとまず由奈の心配自体は終わったが、それからすぐに話のネタは晴人へと移っていく。
「再婚相手の息子さんがSランク探索者なんて夢があるはずなのに、残念だね。桐生様だったらよかったのにね!」
「ほんとだよねー」
友人がたちがくすくすと笑っていた。由奈もまた、どちらかといえばそんな気持ちだった。
「桐生さんならいいけど……アレだけはないわー」
「ほんと、桐生様を見習ってほしいよね。情けない探索者だよ、あの天草って」
「ちょっと調べるだけでも天草ってやつの悪い評判が山のように出てくるな……」
「マジで気をつけなよ、由奈?」
由奈は心配してきたクラスメートたちに苦笑を返す。
「分かってるわよ」
それからもクラスメートたちはしばらく探索者たちの話題で持ち切りになった。
それから由奈は何度か向こうの母親である美咲と会う機会があった。
由奈はずっと警戒していたのだが、少なくとも何度か会う中で美咲に嫌な印象はないどころか、むしろ好印象を持っていた。
そして、同時に疑問も浮かぶ。
どうして、これほどいい人がいて、天草晴人という人間が出来上がってしまったのだろうかと。
最終的には父の気持ちを尊重し、由奈は再婚を認めた。
そして、一緒に暮らすことになった。天草晴人には先に牽制もしていたので、特に何かされるということもなかった。
由奈は天草晴人がとにかく嫌いなタイプの人間だった。
いつもへらへらと笑っていた。テレビなどでよく見る、気の抜けたアホみたいな笑い方。どうしてもそれが気持ち悪いと思えてしまった。
さらに、家を一緒に出たにもかかわらず、初日から遅刻してくる晴人の適当っぷりを見て、本気で嫌いなタイプの人間だと理解した。
由奈が生活をしているうちに、その考え方は変わっていった。
学校では、彼が遅刻しても誰も馬鹿にするようなことを言わなかった。
それどころか、クラスメートたちは彼に優しく接し、教師さえも温かい目で見守っていた。
ダンジョンの活性化を止めるため、一日に何度も授業の途中で学校を飛び出す晴人。
そんな晴人からは、怠惰やサボり魔という印象はなかった。
だからこそ、彼が話をしていた男子生徒である三好昭に、由奈は問いかけた。
「……さっきの人ってSランク探索者の人よね?」
「ああ、そうだよ」
由奈の問いかけに、昭の表情は微妙なものだった。
「……なんか、凄い大変そうだけどいつもこうなの?」
「まあな。……あいつ滅茶苦茶頑張ってるからさ。外から来た人だと……たぶん、色々と悪い印象持ってると思うけど、晴人のことを見てから……判断してやってくれないか?」
何か言いたげな様子だったが、彼はそれ以上は言わなかった。
由奈としても、昭が晴人に対して好印象を抱いていて、そんな彼の口から出てくる言葉が信用ならないことは分かっていたので、黙って頷いた。
由奈は気になって、天草晴人について再び調べ始めた。
だが、ネットに出てくる情報はどれも「無能」「最弱」という否定的な言葉ばかりだった。しかし、実際に一緒に暮らしている彼の姿は、そのどれとも違う。
由奈が夜の配信を終え、トイレのために階段を出ようとしたところで、剣を持って玄関から出ていく彼の姿を見た時もあった。
夜遅くにダンジョンへ向かう姿、そして朝早くにダンジョンへと行く姿。
とにかく、色々な天草晴人を見て、由奈は自分の中で何かが揺れ動いているのを感じた。
ある夜……いつものように配信を終えた由奈はリビングにいた貴志に声をかけた。
「お父さん、ちょっと……話したいことがあるんだけど」
晴人の母である美咲には聞かれたくない内容だったため、由奈にとっては都合がよかった
「え? どうしたの?」
「……その晴人なんだけど。また、もしかしてダンジョンに行ったの?」
「みたいだよ。……晴人くん、凄いよね。毎日……たくさん深夜までダンジョンに行ってて」
「…………うん」
由奈は否定の言葉が浮かばなかった。少なくとも、日々の彼を見ていてそれを否定するような考えはなかった。
「……僕も、さすがに驚いたし、心配だったから……美咲さんに聞いたよ。美咲さんも同じ気持ちだったみたいだよ」
「……心配しているの?」
「そりゃあ、そうだと思うよ。……止められるなら止めたいって。でも、探索者を辞めたら叩かれて周りの人たちに迷惑がかかるから、きっと晴人は辞めないって」
「……」
貴志は苦笑しながら続けた。
「……由奈に言われて、心配だったから僕も晴人くんのことは調べたよ。由奈に何かあったら嫌だからね。……本当にネットで言われているような子だったら、この結婚は辞めようと思ったよ」
「……うん」
「でも……晴人くんと会って話したとき。まっすぐな目をしていたんだ。……だから、大丈夫だと思ってたんだけど、大丈夫そうだね」
貴志は抜けた部分があるのだが、妙にしっかりとしている部分もあった。
由奈は彼の言葉に、ゆっくりと頷いた。
「……うん……大丈夫」
「それなら良かったよ。もう夜も遅いし、休んだ方がいいんじゃないかな?」
「……うん、分かった。おやすみなさい」
「おやすみ」
由奈は俯きながら、小さく呟くように答えた。
(……謝らないと)
そんなことを考えながら、由奈は部屋へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます