第24話
――由奈が晴人の家に引っ越す少し前のことだった。
VTuber夜桜ユナとして活動していた由奈は、リスナーたちに向かって微笑みながら最後の挨拶をする。
「今日も来てくれてありがとう! それじゃあまたねー!」
そんな挨拶とともに、由奈は配信を終了した。
配信を切ると、由奈はすぐに現実へと戻る。
ユナとしての落ち着いた声よりも少しトーンの低い声。
「あー、つっかれたー。エゴサエゴサっと」
スマホを手に取り、掲示板アプリを開く。
スレッド一覧を眺めながら、由奈は毎日確認している自分のVTuber「夜桜ユナ」のスレッドをタップした。
今日の配信についてのレスを見ながら、由奈は自分を褒め称えるレスに対しては肯定的なレスを返していく。
あくまで、夜桜ユナとしてではなく、一ファンを偽装して。
とはいえ、そんな専用スレにもアンチというものは湧くもので、
『夜桜ユナの声マジで無理wwwキモすぎwww』
『今日の配信もクソつまんなかったな。なんか笑い方が生理的に無理』
『あいつ、なんであんな偉そうに話してんだよww誰も興味ねーしw』
(……は?)
由奈の眉がピクリと動く。
どうして、こんな何も分かってない奴らが偉そうに語ってんの?
ユナとしては冷静でいなければいけないけど、由奈としては黙っていられなかった。
(うざっ! 叩き潰す!)
すぐにスマホでフリック操作で文字入力を行う。
『声がキモいとかwww耳腐ってんじゃねぇの? そもそもお前らがユナの魅力を理解できるわけないかwww』
『偉そうとか言ってるけど、お前らが人生で一番偉いのはネットで誹謗中傷する時だけじゃんwww』
由奈は仕事用、プライベート用、レスバ用のスマホと、三つのスマホを持っている。
それぞれ、別の携帯回線を使っているため、自分がレスした後で、さらにそれを援護するようにレスをつけていく。
あたかも、複数の人間が一人を批判しているかのように見せるために。
『お、信者湧いたww必死だなww』
『信者乙wwあの声がマジで耐えられないって話してんのww』
『お前みたいな奴が支えてるからVTuber業界衰退すんだよwww』
由奈はスマホを強く握りしめ、さらに戦闘を開始する。
『は? そもそもお前らがコンテンツ理解してないだけだろ。しかもキモいとか主観すぎて話になんねーからwww』
『どの業界もお前らみたいな奴が邪魔なんだよなぁwwネットで文句しか言えないゴミ共が』
『で、どうせ現実じゃ何も言えない雑魚がここで吠えてんだろ?www』
どんどん戦いはヒートアップしていく。
由奈の指は止まらない。
普段はクールで淡々としていたが、この瞬間だけは違った。
『結局、お前ら何も知らないで批判すんなよバァカ』
『お前らこそ、ユナの配信に何も貢献してないんだから黙って消えてくださーいw』
しばらくレスバトルを続けていくと、アンチのレスも減っていく。
周りの信者たちを味方につけることもでき、アンチのコメントはどんどん減っていく。
由奈はふぅっと深いため息をついた。
「あー、やっぱり闘争っていいわよね。落ち着くわぁ」
スマホをそっとベッドに置き、勝利の余韻に酔いしれていた。
配信活動と掲示板での戦い……それが彼女の日課だった。
「再婚しようと思うんだ」
11月。木々の葉も枯れ落ち、寒さが増してきたそんな季節に由奈は父である貴志からそう言われた。
貴志からの言葉に由奈は一瞬驚いたが、それは一瞬。
すぐに、笑顔を向けた。
「へぇ、お父さんがねぇ? ふーん? いつの間にそんな相手見つけてたのよ?」
「……ちょうど、由奈が高校に入学した時くらいだね。それで、ちょっと相談なんだけど……相手の家に引っ越すことってできるかなって思って」
「別にあたしはいいわよ?」
むしろそれは、由奈にとって渡りに船だった。
どちらかといえばオタク趣味の彼女だったが、見た目が派手なこともあってか気づけばクラスのトップグループに入っていた。
そこではオタク趣味などを持っている人はいない。精々、有名になった作品とかの話題がたまにされる程度で、由奈の重度の趣味や、腐女子的なものなどはもちろん受けいれられるようなことはなくすべて隠していた。
友達と呼べる人たちはいたが、由奈はそもそもVTuberとしての活動もあってあまり放課後などに一緒に誰かと過ごすこともなく、周りからは少しばかり距離が生まれていた。
だから、引っ越すことについては特別嫌な気持ちはなかったし、実際父の仕事の都合で転校するのも珍しくなかったからだ。
「そ、そうかな? ……そのお相手の美咲さんって言うんだけど、美咲さんの息子さんがSランク探索者でね。町のダンジョンの対応に忙しいらしくて、町から離れたくないんだって。だから僕たちが引っ越せないかなって思ってね」
「Sランク探索者!? だ、誰なの!?」
由奈はその言葉に滅茶苦茶驚いていた。あまり探索者について詳しくない由奈だったが、学校でもそれらの話題はよく聞いていたからだ。
特に、年末が近づくと、Sランク探索者の年間成績の発表会があり、楽しみにしている人は少なくなかった。
由奈自身、桐生というSランク探索者はよく話題になっていたので知っていた。
「えーと、天草晴人って人だったかな?」
「え……?」
由奈はその名前を聞いて、眉間を寄せてしまった。天草晴人といえば、Sランク探索者の中でも特に無能と言われる人だったからだ。
掲示板を見て回れば、彼を批判するものはいくつも出てくる。由奈もまとめサイトなどを見て回っていた時に、彼の蔑称一覧などを見て笑っていた時があったからだった。
よりにもよっての、最悪な相手。しかし、貴志は笑顔を浮かべていた。
「今十六歳で、由奈と同い年なんだよね。……凄いよね、誰かのために戦っててさ」
貴志のその言葉に由奈は微妙な気持ちになった。
「お父さん……その人って、ちょっと問題があるっていうか……」
「え? そうなの?」
「う、うん……ネットとか、テレビとかで……凄いその、問題児的な感じで言われてる人だって」
「そうなんだ……? でも、美咲さんのお子さんだしねぇ。そんなことないと思うけどなぁ」
「い、いやでも……ネットとかテレビとかで凄い言われてるのよ? その……もしかしたら、やばいかも……っていうか」
由奈は色々な記事を見ていたので、天草晴人の家族含めて危険な存在だというのは知識として持っていた。晴人が怠惰に育った理由は、その親が甘やかしすぎたのが原因ではないかと言われている記事を見て、その通りだと思ったこともある。
「そうなのかな? 僕は自分で会ってみて、自分で考えたいかな……できれば、今度由奈にも一緒にあってほしいって思うんだけど……嫌かな?」
「……ううん。あたしも一緒に行くわよ」
「……そう? それじゃあ、また今度、話して決めてみるね」
笑顔でいう貴志に、由奈も笑顔を返した。
父が騙されている可能性もあると思った由奈は、とにかく一緒に会ってみて、相手を見極める必要があると考えていた。
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