第22話



 学校に着いたのは九時半を過ぎたところ。すでに廊下などは静かで、ちょっと教室を見るとすでに授業が始まっている。

 俺に気づいた数名が授業中にも関わらず手を振ってくる。それに軽く手を振り返しながら、俺は自分の教室へと入っていった。


 ちょうど現代文の授業をしていて、黒板に書きこんでいた先生の手が止まった。

 すでに授業は始まっている。

 黒板を見ていた先生が俺の方を見てきた。


「おっ、天草! またダンジョンか?」

「そんな感じです。すみません」

「気にするなって。それより怪我とかしてないか?」

「……はい、まあ」

「それなら良かったよ」


 先生の言葉に頷きながら自分の席へと向かう。

 みんな俺の事情を知っているから、特に驚きもなく、むしろ温かい目で迎えてくれる。ありがたいクラスだ。


 自分の席へと向かっていると、


「おい、お前の席の隣、めっちゃ可愛い子いるぞ!」

「あ?」


 俺の席の近くに座っていた三好さんの息子――昭(あきら)がそんなことをぼそりと言ってきた。

 何がどういうことだよ、と思って視線をそちらへと向けると、なんと義妹の由奈が座っていた。


 なんでここに!?


 すんごい目でこちらを見てきていた。思わず声を出さなかった自分を褒めたいね!

 そんな由奈は信じられないものを見るような目である。

 ゴミでも見るかのようなものだったが、俺は小さく会釈だけをした。


「よ、よろしくお願いします」

「……よろしく」


 由奈は小さくそれだけを返してきた。学校ではあくまで他人だからな。

 自分の席に座り、俺も教科書とノートを準備していく。

 昭がこちらにノートを差し出してくれ、ぐっと親指を立てる。


 ……ありがたい限りだ。


 昭とは小学校からの付き合いだ。

 俺が学校の授業についていけなくなってから、こうして昭が受牛のサポートをしてくれるようになった。

 それと、テスト前なんかは出題されるだろう場所のみを限定的に教えてくれ……滅茶苦茶成績が良くなった。

 ……三好さん親子にはお世話になりっぱなしだ。二人がいなかったら、たぶん俺探索者続けられていなかったと思う。


 昭のノートを写させてもらいながら、授業を聞いていく。

 ……今だけは、平和な時間。


 神崎もそういえば言っていたな。

 『探索者になりたくてなったわけじゃない』。


 ……俺も人並みの魔力だったら、もっと違う人生を送れていたのだろうか?

 こんな普通で貴重な日常の時間を大切にしたい。


 そう思っていた時だった。

 俺のスマホがまた鳴った。


 またかよ……!


 スマホの画面を見ると三好さんからの電話だ。

 ダンジョンめ……っ! ちょっとは俺にも配慮しろってんだ!


 俺がすぐに電話に出ると……またデビル種が出てきてしまっているらしい。


『……悪い』

「大丈夫ですよ。すぐ向かいますから」


 俺がスマホの電話を切ると、由奈と目が合った。

 「は? マナーモードにしてないの? 授業中なのに、普通に電話に出るの?」とばかりのすんごい目を向けてくる。


 先生が、こちらを見てきて口を開いた。


「また活性化しちゃったのか?」

「……はい」

「そうか……気をつけてな」


 先生がそう言うと、クラスメートたちも同じように声をかけてくれた。

 ……俺がここで探索者を続けられるのは、地元の人たちを守りたいからだ。


 俺が廊下に向かおうとすると、由奈が困惑した様子で周囲を見ていた。

 そんな由奈に、昭が何か声をかけていたのが見えたが……俺はすぐに廊下の窓から校庭へと降りた。

 そして、まっすぐ、ダンジョンへと走り出した。



 ふざけんなよ! 神野町ダンジョン!

 今日のダンジョンは、いつも以上に活性化が激しかった。

 結局、合計四回も呼び出しやがって!

 話によると、三好さんに聞いたところ今日だけで活性化は七回も発生したらしい。

 三好さんたちもかなり頑張って押さえてくれたおかげで、俺は授業ごとにちょろっと抜け出す程度で何とか対応できた。


 放課後。


 念のため、帰りにもう一度ダンジョンに寄ろうかと考えていると、昭が声をかけてきた。


「よっ、冬休みどうだった?」


 朝一番にそのことを話したかったのかもしれないが、あいにくほとんど話をする時間がなかったから放課後にこんなことになったのだろう。

 ……冬休みねぇ。

 正直、休んだ気がしない。毎日のようにダンジョン行ってたし、テレビとかにも呼ばれてたし……。

 ちっ、テレビ局の仕事がなければもうちょっと休めたのによぉ。

 思い出したらムカついてきたぜ。


「色々大変だったな。年始の番組とか、出ることになってな」

「だよな。オレも見てたけど新年の番組で桐生さんとか神崎さんと一緒に出てたよな」

「ああ、まぁ……」


 あれにあんまりいい記憶はない。散々弄られたあげく、ネットの評価もクソみたいだったからな。

 第一こちとら神野町ダンジョンのことが気にかかってたせいで撮影もずっとそれだけ考えてたしな。


「……相変わらず大変そうだよな」

「まあな」


 昭はぽつりと俺を気遣うように口を開いた。


「世間はさ、こっちの事情とか何も知らないで評価するから、辛いよな」

「……仕方ねぇよ。結果だけ見て判断されるのは当然だ」


 もう慣れた。

 俺ができることは、神野町ダンジョンをさっさと攻略して、次のダンジョンに挑戦できるようにすることだけだ。

 だというのに、あのダンジョンは一体どこまで階層あるのか分かんないんだよな。

 いい加減にしてくれって話だ。


 それでも今は、霧島さんが協力してくれている。彼女の調査がうまく進めば、何か打開策が見つかるかもしれない。

 うまくいって欲しいもんだ。


「気晴らしにどっか遊びにでも行くか?」


 昭の誘いは嬉しい限りだが、今日はなぁ。

 ダンジョンがいつも以上に活性化しているため、また呼ばれてしまうかもしれない。

 その対策は簡単だ。


「悪い。今日はダンジョンでちょっと暴れてこようと思っててな。寝てる時に呼び出されるのは一番勘弁してほしいし」


 こういう日は、夜中とかにも活性化してしまうことがある。

 だから、事前に暴れまくっておくことで、その可能性をちょっとでも下げるのだ。

 昭は笑顔を浮かべたあと、とんと肩を叩いてくる。


「そっか。あんま、無茶すんなよ?」

「分かってるって」


 教室を出る時、由奈と目が合った。彼女はクラスの女子たちとどこかへと行くようだ。もうクラスに馴染んでいるあたり、彼女のあの態度は俺に対してのみのようだ。

 まあ、義妹が学校でうまくやれて良かった良かったという感じだ。


「おっ、天草じゃん。これからダンジョン?」

「そんなところだ」

「気をつけて行ってこいよー」

「おう。お前らも小遣い稼ぎにたまにはダンジョン来いよ」

「まあ、魔物が弱い日があったら言ってくれな……」


 今の世の中、差はあれど皆魔力は持ってるからな。彼らが少しでも入る回数が増えれば、活性化の頻度も減るだろう。


 廊下を歩いているとすれ違う人たちに声をかけられる。

 全員の名前までは覚えてないけど、だいたいみんな好意的に接してくれる。

 向こうは知っているが、俺は最低限しか関わらないからな。

 それでもまあ、ここにいる人たちのために頑張ろうと思ってる。


 気合いを入れ直したあと、俺はダンジョンへと向かった。

 今日は散々俺のことを呼んでくれたからな? 今日はたっぷり暴れまくってやる。

 1階層に現れた魔物たちをバレットソードを手に、冷静に、そして効率よく魔物を倒していった。

 一時間ほど暴れまくった俺が家に戻り、夜に眠りにつくと……夜中になってまた呼び出された。

 神野町ダンジョン! ほんとに厄介すぎる!


 母さんは止めてたけど、こんなにダンジョンに呼ばれるならマジでダンジョンに住んでしまった方がいいんじゃないかと本気で考え始めてしまった

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