第20話
「ふふ、元気だね。確か、探索者やってるんだもんね。凄いよね。僕って……争いごととか本当に苦手だから」
い、いきなりそこ突っ込んでくるか!
俺は少し頬が引きつったけど、別に嫌味という意味で言ってきたのではないというのは、彼の表情を見れば分かる。
「まあ、得手不得手ってありますよね。任せてくださいよ。三人に何かするような輩が出てきたときは俺が代わりにやりますから」
「頼もしいね。ほら、由奈も自己紹介しなさい」
「……」
貴志さんの言葉に合わせ、由奈がこちらを見てきて、笑顔を浮かべる。
彼女は長い茶髪をなびかせるように少し小首を傾げ、明るい笑顔を浮かべた。
「はじめまして、春風由奈です。よろしくお願いします」
「よろしくね、由奈ちゃん」
「はい、よろしくお願いします美咲さん、晴人さん」
由奈が丁寧に頭を下げた。その様子を見て、貴志さんは少し迷うような素振りを見せながら口を開いた。
「これから家族になるんだし、そんなに固くならなくてもいいんじゃないか?」
「……そうですかね?」
由奈の探るような視線が母さんへと向けられると、母さんは柔らかなそしてどこか嬉しそうな表情になる。
「私は大丈夫だし、晴人も気にしないよ」
「……まあ、俺もいつもはこんな感じだし」
俺が外行きの雰囲気を少し崩すと、由奈も苦笑を浮かべてから口を開いた。
とりあえず、雰囲気はまあまあいい感じか?
「そっか。それならあたしも。あんまり肩肘張るの得意じゃないんだよね」
さっきとそう大きくは変わらないけど、明らかに彼女の纏っていた雰囲気は軟化した。
……母さんと貴志さんがどこか安心した様に見えるのは、子ども同士がうまくいくかどうか、そこが心配だったからだと思う。
それから少し話をしながら、食事を注文していく。
ていうか、母さんと貴志さん、かなり仲良いいんだな。
もうずっと楽しそうに話している。
……それだけの人に出会えたんだって思えたら、俺としてもよかったと思えた。
これでまあ、俺に何かあったとしても、母さんが一人になることはないので、ちょっと安心。
ちょうど飲んでいたコーラが終わり、席を立とうとした。
母さんのコップも空になっている。
「母さん、何か持ってこようか?」
「それなら、オレンジジュース持ってきてもらってもいい?」
「了解」
「あっ、お父さん。何か取ってこようか?」
ちょうど由奈も飲み終わり、貴志さんにそう声をかけている。……こういうときって待った方がいいのだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていると、由奈が席を立った。
「一緒にいこっか?」
由奈が両手にコップを持って、首を傾げてきた。
マジで可愛い。義妹じゃなかったら惚れていたかもしれん。
……うん、どうやら待って正解だったようだ。
「そうだな」
俺たちは並ぶようにしてドリンクバーの方へと向かう。
休日のお昼時ということもあって、人が多い。しばらく、注ぐのに時間がかかりそうだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、由奈から声をかけられた。
「ちょっと話があるんだけど」
それは由奈の声だった。
びっくりした。さっきまでよりも一段階低いものになっていた。
表情こそ、それまでと変わらないが……どこか距離のある、棘のある声。
そういった態度には色々と心当たりがある。
だから、なんとなくこの後に言われることも分かってしまう。
「うん、どうした?」
それでも俺は考えていることではなければいいなと思い、笑顔で問いかける。
だけど、由奈の視線は変わらず鋭い。
「お父さんは、あんまりテレビとかネットとか見ないから、知らないみたいだけど……あたしはあんたのこと、全部知ってるのよ」
……全部、か。
由奈のその言葉と表情は、完全に俺を責めるようなものだった。
『Sランク探索者なのに、何もしていない』。彼女のその視線はまさにそう言いたげだった。
それが、俺の全部だもんな。うん、やっぱ嫌われてるよ母さん!
「そっか……俺のこと、ね」
「正直、あんたみたいな人大嫌いなの。……才能あるのに、何もしないSランク探索者。そんな人と家族になるなんて、正直言って……恥ずかしいし、最悪だわ」
冷たく、容赦のない言葉。
けれど、俺は慣れていた。この冷たい評価も、世間の風当たりも、もう何度も経験してきたからだ。
だから俺は……心を殺すように笑顔を浮かべる。
「まあ、そう思われちゃうよな」
「それでも、あたしはお父さんの再婚を邪魔するつもりはないわ。お父さん、今まで色々苦労してたから……幸せそうに楽しそうにしている今を、邪魔したくないの」
なんて、優しい子なんだ。
俺としても同じ心境だったので、強く頷く。
「……俺も同意見だ。母さん、ずっと色々大変だったからな」
「……美咲さんが大変だったのは、あんただって悪いんじゃないの? あんたのせいで、色々言われてきたなんて、想像できるわよ」
……俺の言葉に、由奈はそれこそ心の底からの嫌悪を抱いているようだった。
だろうな。
「まあ、それは……そうかも」
「あたしは……あんただけは認めないわ。それと、あたしが滅茶苦茶可愛いからって、変なことするんじゃないわよ!? 何かしようものなら、ネットにさらしあげてやるんだから!」
「自分で可愛いっていうのかよ」
「可愛いでしょうが!?」
「……はいはい。分かってるって。そんなことしないって。義妹なんだし」
母さん、やっぱり年頃の女性はそういうところ気にするみたいだよ!
「……その義妹ってのも気に食わないのよ。あたしの方が一日生まれるのが遅かっただけなのに」
きっと、彼女は睨んでくる。俺の誕生日は8月16日だが、由奈の誕生日は8月17日なのだそうだ。
なんか、それが一番気に食わないというような感じで、ちょっと面白くてそれを隠すように苦笑する。
「まあ、それはさすがにどうしようもないからな。……とりあえず、これからよろしく」
「ええ、そうね。よろしく」
俺はさらっと流すように言うと、彼女もそれまでの険悪な空気を殺すように笑顔を浮かべた。
あくまで、表向きはその態度で接していくということなんだろう。
彼女が俺を嫌うのも、理解できるしな。
俺に対しての世間の評価が簡単に変わらないのと同じように、家族としての関係もすぐに変わるものじゃない。俺は、それを受け入れるしかなかった。
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