第15話

 朝。

 探索者協会本部の広々としたオフィスで、探索者協会の職員である朝倉(あさくら)は、デスクに座って溜息をつきながら、秋咲市支部からのメールを確認していた。

 それは端的にまとめるなら、「神野町ダンジョンが異常だ、調査が必要」といった内容のものだった。

 送り主は霧島涼子。秋咲市支部に今年度から入会したばかりの新人だ。

 

「神野町ダンジョンって……どこかで聞いたことが……って、ああ、最弱Sランクさんのとこね。だったら、自分で処理すりゃあいいのに……」


 朝倉は呆れた顔をしながら、近くにいた上司の木崎(きざき)部長に声をかけた。


「木崎部長、秋咲市支部からまた連絡来てるんですけど、どうします? 神野町ダンジョンが変だそうですよ」


 木崎部長は書類を見ながら朝倉の話を聞いているが、特に興味を示す様子はなかった。


「神野町って……あそこ、Sランク探索者がいるんじゃなかったか? 天草とかいうやつ」

「そうですそうです。Sランクの天草がいるから、別にオレたちが動く必要ないじゃないですか。そんなに無能なんですかね」

「無能なのは確かだろうよ。ちょっと前に、101階層がどうたら……嘘発言しやがったからな。おかげで、探索者協会に散々問い合わせの連絡が来て大変だったんだからな……」

「あーそうなんですね。ほんと、どうしようもないホラ吹きですね……」

「まったくな。……おお、当時の調査報告書あったな」


 協会の資料内で検索ををかけ、二人はそれを覗き込むように確認する。


「どんな調査したんですか?」

「ダンジョンの異常の検知には、そのダンジョンから生み出される魔力量を調査すれば分かんだよ。その結果、検査結果にはまったく異常は見られなかったって話だ」

「うわぁ……じゃあ、天草って、自分が100階層の攻略できないからって嘘ついたってことですか」

「だろうな。馬鹿だよなぁ。そんなの魔力量の検査すりゃあすぐバレるって知らなかったんだよ、ガキだから」

「マジでこいつキモイですよね。せっかく、Sランク探索者なのに一切努力しないなんて……」

「だよな。最強の探索者が生まれたとか散々に日本全体が騒いでいたもんだから、もう凄いくらい恥をさらしたよな。おかげで、世界中から日本はお笑いものにされたんだから、マジで他のSランク探索者たちが可哀想だよ……」

「ほんとですね。まあ、じゃあこれについては秋咲市支部に返信しておけばいいですかね? そこでサボってるSランクに調査依頼をしろって」

「ははは、もうちょっとオブラートにした表現でな。あと、支部長にも連絡しとけ。いきなりこんな風に部下が勝手にメール送ってきたって。ちゃんと管理しろよって」

「了解です。……まったく、余計な仕事増やさないでほしいですよねー」

「本当にな」


 木崎部長の指示を受け、朝倉は素早くパソコンに向かい、秋咲市支部の中村支部長宛てにメールを打ち始めていった。





 活性化を押さえこんだ俺は、霧島さんからの連絡を受けてダンジョンの入口へと来ていた。

 今日も霧島さんは美人である。なんかこうやって待ち合わせしているとちょっと俺もリア充っぽいんじゃないだろうかと思えてきた。


 昨日の調査結果について、それと今後の方針について話をしたいという話だったからだ。


 しばらく待っていると、霧島さんの車が見えた。

 彼女とはここ数回でよく顔を合わせるようになったけど……本当、ここまでやってくれる人はこれまでにいなかったので俺としてはそれだけで滅茶苦茶嬉しかった。


 霧島さんが車から降り、俺に向かって小さく手を振った。

 彼女の表情はいつもと変わらず、いつも通りの真面目で厳しい雰囲気だ。


「お疲れ様です。今日もダンジョンの活性化の対応をしていたのですか?」

「はい。階層も結構変なところで発生しているんで、疲れちゃいましたよ」

「……そうですか」


 ダンジョンの活性化が頻繁に発生していること自体はもう慣れているけれど、それでもこうして何度も対応しなければならない状況には、やはり疲れが溜まってくる。


 マジこのダンジョンは俺のことが大好きなようだ。

 ちょっと俺がダンジョンから離れると『今すぐ会いたいよぉ』ってかんじで活性化するんだから、メンヘラもびっくりな厄介さである。


 しかも、階層も予測不能。

 活性化した魔物たちは別の階層へと移動してくるため、基本的に三好さんたちは1階層を見張っている。

 それとは別に、一定時間ごとに各階層を巡回していき、異常を検知したらすぐに連携して対処するという流れだ。

 基本的には三好さんたちで処理し、無理なときは俺に連絡が来るんだけど、まあ半分くらいは俺が戦う必要があるくらいには手強いんだよな。


 ダンジョンに何度も潜ることに対する疲労感や、それに伴う精神的な重圧はあったけど、それでも頼られている以上は俺としても頑張る。

 これが、他所の俺のことを信じてもいない人たちに依頼されてのものだったらとっくに放り出しているっての。


「それなら、良かったです。……それで、昨日、検査していただいた結果を上司に確認してもらったのですが、その……あまり受け入れてもらえていないというか」

「……そうですか」


 だ、だよなぁ……。俺ががっくりと肩を落としていると、霧島さんは慌てたように口を開いた。


「念のため、協会本部にもメールを送っておきましたので、もしかしたら……そちらで動いてくれる可能性はありますから」

「……それだったら、いいんですけど。協会本部で仕事してくれる人あったことないんですよねぇ」

「……それは……まあ、その……」


 霧島さんが困ってしまった。

 霧島さんがここまで苦労しているのだって、俺の評判が悪いからだ。

 ……せめて、俺が桐生さんみたいに強かったり、立場が良かったりすればこんなこともなかっただろう。


 まだ期待されていた中学の時に、どうにかすればよかった。

 ダンジョンに挑戦し、学業と両立しながらコツコツダンジョンに潜っていたのだが……中々次の階層を見つけられなかったし、活性化の頻度も多いしで、攻略に時間がかかってしまっていた。


 結構経ってからになるが、ようやく100階層に到着したと思ったら、普通に101階層を見つけてしまったんだよな……。

 もうその時には俺の評価は悪かった。当時、同い年だった神崎はすでにいくつかのダンジョンを攻略していたものだから、俺への風当たりは凄まじいものだった。


『もう神崎は10個もダンジョンを攻略しているのに、こいつは0かよ』

『三年かけた結果、101階層があるとか嘘をほざき始めた件』

『もうちょっとマシな嘘つけよwww』

『探索者協会も正式に発表したな。今回の報告はすべて嘘だってよwww』


 ……当時の書き込みは今でも鮮明に覚えてるからな?


 別に俺が否定されるなら俺だけの問題でいいのだが、それで母さんも職場とかでいじめられるようになったのがマジで最悪だった。

 人類を一回滅ぼしてやりたいと思ったね。


 とにかく今は、協力してくれている霧島さんのためにも、頑張らないと。

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