第14話
「……ですが、協会の記録を見ても、あまりしっかりとは調べていませんでした。あくまで、ダンジョンの入り口から測定器を使い、それまでの検査結果と変化がないことを数値で示しただけでした」
つまり、誰も100階層まで行って、それが真実かどうかを確かめたわけではないということだった。
『正直言ってね。いや、涼子の言うことは信じたいところだけど……私もここで研究員をしていてそんな事例はないからね。100階層より少ないこともなければ、101階層以上が発見されたこともね。ダンジョンが発生してから100年経っているのに、そんなケース一度もないのだから……もう皆がそういうものだと思っているよ』
「私も……まだ自分の目で見たわけではありませんので、正直そう言われると……断言はできませんね」
『それでも、今は天草を信じて動いてる、と?』
「彼の……すべてを信じてはいませんよ」
『じゃあ、どうしてそんなに熱心なんだい』
早乙女の問いかけに、霧島はスマホをぎゅっと握りしめる。
それから、不満を露わにした顔でぼそりと口を開いた。
「見返してやりたいと思ったからです」
『どういうことかい?』
「……秋咲市支部の職員たち、マジで何もしないんですよ! 全部ちゃんと調べた上で天草さんが嘘つきなら、それはいいんです! でも何もしないで、すべて決めつけて私のことまで馬鹿にしまくって……! ああ、思い出しただけで腹立ってきましたよ! チ○コちょん切ってやりたい!」
溜まっていた感情を吐き出す。もしも霧島にもっと力があれば、おそらくスマホが壊れていただろう。
『ははは、溜まっているみたいだね。でも、まあ支部じゃなくて本部がそう発表したんだから、支部の人たちが天草に対して冷たいのは仕方ないんじゃないかい?』
「だとしても、ムカつくんですよ! 先輩も来れば分かりますよ!」
『遠慮しておこうかね。でも、見返せる可能性があるということは天草が嘘を吐いていないと思っているわけだ』
「……可能性は高いと思いますよ」
『信じていないと言っていたのにかい?』
早乙女の言葉に、霧島は頷いた。
「盲目的に信じることをしていないだけです。あくまで私は協会職員として天草さんに協力しているんです。……天草さんのことはまだよく知りませんが、悪い人ではないと思いました」
『実際に接している君がそういうのなら、そうなんだろうね』
「それに、もし彼がネットやテレビなどで言われているような終わっている人間だとしたら……地元の探索者たちが彼に協力的なわけがありません」
霧島は何度か神野町に赴き、色々な場所で天草についての質問をしていた。
どんな人間なのか、どのように活動をしているのか。
どこに行っても彼を非難する人はいなかった。
『なるほど……人はその周りの人間を見れば分かるってことか。確かに、一理あるね』
「はい。だから、彼の言っていることが本当かどうか、私自身この目で確かめたいんです」
霧島がそう断言すると、早乙女はしばらく沈黙したあと、笑い出した。
『はははっ、相変わらず面白い性格をしているね。分かった分かった、私も協力してあげようじゃないか』
「ありがとうございます。……それで話は本題に戻るのですが、電子機器などで101階層以降を証明する手段がないんです。測定器などを使ってみても、50階層までしか記録できなくて……どうすればいいですかね?」
『魔石はどうなんだい? より深い階層のものであれば、それだけ質も上がっているから今までに確認されたことのない魔石を用意できればそれだけで変わると思うけどね』
「……それが、神野町ダンジョンの魔石はすべて質が滅茶苦茶悪いんです。まったく、アテにならないみたいです」
『……ふーむ。それならば、ダンジョンの物で何か持ち出せるものはないのかい?』
「……ダンジョンの物ですか?」
『ああ、そうだよ。例えば、薬草など、回収できるものもあるからね。高階層のもので、何か持ち出してもらえればそれを足がかりに調べることは可能だよ。そこから何か、未知のものが見つかれば、それですべて解決ができるわけだしね』
「……なるほど」
『あとは念のため101階層以降の魔物から魔石も回収してもらえれば、それが一番だね。……そうしてくれれば、私としても撮影などができるような環境作りができるかもしれないからね』
「本当ですか!?」
『ああ。今やダンジョンの攻略配信はブームになっているだろう? だけど、神野町ダンジョン以外にも内部の状況が映らない場所はあるだろう?』
「はい」
配信したいのに、配信できないダンジョンがあって困っている配信者はよくいた。
『……そういった場所を調べていった結果、ダンジョン内の魔力が悪さをしていてね。それらを抑える魔道具を準備すればどうにかなるかもしれないんだ。というわけで、その研究のためにもそのダンジョン内のものを持ち出してほしいんだ』
「分かり、ました。ちょっと、天草さんに相談してみます」
『私は天上島のダンジョン研究所にいるから、何かあったらそこに送ってくれたまえよ』
天上島とは、ダンジョンが出現し始めたくらいに太平洋上に突如として現れた新島だ。
日本の領海にあり、現在そこはダンジョン研究の施設や探索者育成学校などを中心として開発されている。
様々なダンジョンがあるのだが、そこでは元Sランク探索者の一人が教鞭を振るっていることもあり、探索者育成学校の志望者は徐々に増えていた。
「……分かりました」
『まあ、無事に話が進むことを祈っているよ。何かあったらまた電話してくれればいいさ』
「はい、ありがとうございます」
電話を切った後、霧島はほっと息を吐いた。不満や悩みを相談することができ、それで僅かに心が軽くなった。
ひとまず、また天草にも連絡しなければ、と霧島は考えていたが夜遅くなっていたので、また後日、連絡を取ることにしてその日は家へと帰っていった。
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