第13話


 そんな霧島を見ていた田上が、他の職員と話し出す。


「天草って言えば……あいつ育てるために税金がどんだけ投入されたかって話だよな」


 霧島と村田の会話を聞いていた人たちが、思い出したように話し出す。


「本当ですよね。なんか都会の病院でたくさんの警備とかマスコミとかに囲まれて……日本最速のSランクだーとか凄かったですもんね、当時」

「本当なぁ。それであんなゴミが生まれてきたんだから、凄いよな」

「……」


 霧島は周囲の会話に苛立ちを覚えていく。

 ……霧島は、少しだけ探索者として活動した経験もあるから、分かっていた。

 晴人がダンジョンで見せたあの一瞬の力で、彼が他のSランク探索者と遜色ない力を持っていることを。


「いや、天草もある意味被害者なのかもな」

「え? 何がですか? オレたちの方が被害者じゃないですか?」

「子どもの教育って親が大きく関係してるだろ? あいつがあんなサボり魔になったのって親の育て方が悪いんじゃないかと思ってな?」

「あっ、それあるかもですね。確かに、それだと息子も被害者ですね」

「なっ、確か父親ってあいつが小さい時に死んでるんだよな?」

「前にネットの掲示板で見ましたよ、それ。母親も一緒に死ねば良かったのにって書いてあって確かにって思いましたよ」


 霧島は彼らの会話を聞いて眉根を寄せた。いくら、気に食わないとしても人の生き死に関してまでいう必要はないだろう、と。


「そうだよな。それなら、無理やり国が引き取って、ちゃんと育てられたのになあ。ていうか、初めから国が奪い取って徹底的に探索者として育成してればよかったんですよ」

「中国とかロシアだとやってますもんね」


 村田が嘲笑を含ませた口調で話し続け、周囲の職員たちも楽しげに同調している。その様子に、霧島は思わず拳を握りしめた。

 しかし、ここで声を上げても無駄だと分かっていた。

 だからこそ、表情を崩さず、冷静を保とうと努める。


(お前らだって税金で食わせてもらってるくせに、ロクな仕事もしてないくせに……!)


 そう思いながら、霧島はさっさと自分の仕事を終わらせていく。それとは別に、探索者協会本部の窓口へと、メールも送信しておいた。


 秋咲市支部では誰も対応してくれないからだ。

 測定器とパソコンを接続し、そのデータを添え、本文には『現在の神野町ダンジョンがおかしいこと。秋咲市支部の人たちが腐っていること。本部の人間を派遣して調べてほしいこと』を端的にまとめたものをかいておいた。


(……ただ、以前に101階層より上があると言った時、天草さんのそれは全て嘘だと否定されていたんですよね)


 霧島が協会の記録を調べたところ、ダンジョンの測定で異常は見られないというものが残っていた。

 ……そして、それが公式に発表されたことによって、天草の評価が決定づいてしまった部分もあった。


 これで、本部で動いてくれればまた状況が変わってくれればと思っていた。

 そう思い、霧島はすべての業務を終わらせ、帰ろうとした時だった。


「おーい、霧島ー」


 職員の一人が、数名の若手とともに霧島に声をかける。先ほど田上と話していた職員でもあり、霧島は苛立ったままそちらを見た。


「……なんですか?」

「今日皆で飲みにでも行かないか?」

「行きません」

「お前なぁ、付き合い悪いぞ? そんな無愛想じゃ、結婚遅れるぞ?」

「……それ、セクハラですよ?」

「セクハラって、事実伝えただけじゃんか。なんだよ。天草のところには行くくせに、同じ職場の奴には付き合ってくれないのか?」

「失礼します。今日は用事がありますので」

「……おいおい」


 呆れた様子の職員に、霧島は最低限の礼だけを返し、去っていった。

 苛立ちを抑えつつ、霧島はスマホを取り出した。

 探索者協会本部にメッセージを入れたが、それだけではダメな可能性も考えていた。

 というか、たぶん無理だろうという確信めいたものが霧島にはあった。

 だからこそ、彼女は……現在ダンジョンの研究員を行っている早乙女麻奈に連絡を入れた。


『お、久しぶりだね、涼子! どうしたんだい?』


 電話越しに聞こえる早乙女の明るい声に、少しだけ肩の力が抜けた。

 早乙女は高校時代に同じバスケ部の先輩だった。

 高校卒業後も交流がある程度には親しく、霧島にとっては信頼できる人だった。


「実は、神野町ダンジョンの件で相談があるんです」

『神野町ダンジョン……どっかで聞いたことあるねぇ』

「……一応、Sランク探索者の天草晴人さんがいる場所ですね」

『天草……! あっ、それかも、新年もテレビに出てたね……正直、あまりいい話聞かない人だね』


 早乙女の言葉に、霧島は迷いながも相槌を打った。


「……そうですね。実は今、その天草さんから神野町ダンジョンのことで色々と相談を受けているんです」

『……ふーん? それで? 天草のことは一つ置いておくとして、どんな相談なんだい?』

「神野町ダンジョンが、101階層以上のダンジョンがある、というものです」


 霧島も、まだすべてを信じきったわけではないため、言葉には戸惑いが混ざっていた。


 電話先の早乙女も、どこか懐疑的な吐息を漏らす。


『……それは、確か数年前に天草が言っていたような気がするね』

「……ええ、そうですね」

『ああ。あったあった。天草がそう報告をしていたけど、大炎上しているようだね。本人が能力不足で攻略できないために嘘を吐いた、と。探索者協会も、そのような事実はない、と断定しているね』


 早乙女の言葉を聞いて、霧島は改めてネットで101階層について調べた。

 協会の報告書とは違い、そこにはもう様々な心無い罵倒が多くあり、天草のSランク探索者としての資質や能力に対する否定的な意見が大量にあった。


 探索者協会も正式に発表し、これだけ多くの批判的な意見を見せられると、確かに天草が嘘つきやサボり魔といったことが世間に認知されていても、おかしくはなかった。

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