第12話
くそぉ……こんなところでもこのダンジョンは俺を阻んでくるか。
このダンジョンはとにかく恥ずかしがり屋なのかもしれない。
『い、いやぁ……そ、そんなところまで見ないでぇ……』という感じのダンジョンなんだろう。これが美少女だったらどれだけ良かったか。こんな妄想でもしていないとやってられないっての、クソ。
俺はDV彼氏のごとく、ダンジョンの床と壁を蹴り付けて不満をぶつける。
それから俺は、霧島さんの指示を受け、いくつかの階層で測定を行ってみた。
だが、51階層以上は反応がなかった。それ以前の階層は測定できるため、突然故障したわけではなかった。
念のため60階層を超えてみても測定することはできず、霧島さんと話し合った結果一度戻ることになった。
霧島さんと合流し、測定器を手渡すと、霧島さんは測定器についていたボタンを操作する。画面にはこれまでに測定した履歴が表示されている。
51階層以降に測定した部分は、すべてerrorと表示されていた。
「……確かに、50階層までしか記録は残っていませんね」
「……はい」
「一階層あたり、数分で進んだんですね……」
「まあ……今回は魔物は無視しましたからね」
ちょっと自慢するように胸をはる。
霧島さんは頬を引きつらせるようにして笑っている。
「……頑張って、どうにかなるようなものではありませんが。探索者の中でも、この速度で進める人はそうそういませんよ」
「まあ、神野町ダンジョンについて詳しいので何とかなりましたね」
俺だってよそのダンジョンでも同じペースで進んでいけるわけではない。
霧島さんはしばらく考えるように測定器を見ていたが、諦めるように息を吐く。
……こ、この流れは……いつもの奴だろうか。
探索者協会の人には、よくため息を吐かれて「アホなことを言うな」とか散々に言われてきた。
霧島さんほど協力してくれた人はこれまでにいなかったけど、でもやっぱりもう終わりなのかもしれない。
……それでもまあ、ここまでやってくれようとしただけでも十分だよな。
そう思っていると、
「階層測定器では、難しいようですし……新しい対策を立てないといけませんね」
「き、霧島さん……っ」
「……な、なんですかそんな感動したような顔は」
「……い、いやだって。これまでここまで色々やってくれようとした人いなかったので」
「………………私も別に、普通のことしかしていませんよ。探索者協会は、ダンジョンの維持管理を行うことが仕事です。このダンジョンのように、疑問が残ったまま放置している今の秋咲市支部の頭がおかしいんです」
吐き捨てるように霧島さんがそういった。
「俺も、何とかしたいと思ってます。……次はどうすればいいですかね?」
「……一度、協会にこのことを持ち帰ってみたいと思います。ひとまずは、測定器の情報を上司に伝え、本部の方にこのことを話してもらえないか確認していただきます」
霧島さんが真剣な表情で言った。
「ありがとうございます!」
「……こう言ってしまうとアレですが、秋咲市協会の人たちはかなりやる気がありません。正直、組織として腐っていますので……また新しく何かお願いすることになるかもしれません」
「いや、全然大丈夫です! 俺にできることがあればなんでも言ってください!」
そう言ってもらえるだけでも嬉しい限りだ。これまで、全然協力してもらえなかったんだからな……。
今までを思い出していると悲しくなってきていたが、霧島さんはそれからぺこりと頭を下げた。
「それでは、失礼いたします」
「はい。また何かあったらすぐ連絡ください」
そこで、霧島さんとは別れた。
こうして一緒に協力してくれる人がいるなら、頑張れる気がした。
協会に戻った霧島は、記録を提出し、確認してもらった。
しかし、上司である村田主任は鼻で笑いながら適当な様子で首を振った。
「これじゃあ証拠にはならないな」
冷たく言い放った村田の言葉に、霧島は「死ね」と内心で返した。
そもそも、何もする気もないくせに……という言葉が霧島の喉元まで出かかったがぐっとこらえ、冷静に問いかける。
「……一応50階層までの測定記録は残っています。一度、本格的に調査を行った方がいいと思います。本日も、活性化が何度も起きていたようですしね」
「ああ、知ってる知ってる。何か質の悪い魔石が大量に持ち込まれてたな。たいして強い魔物じゃないみたいだし、別にいいだろ」
「……強い魔物ではないって、見たことあるんですか?」
「お前……それでよく協会職員になれたな」
小馬鹿にしたような呆れたような声をあげる村田。
その明らかに挑発するような言い方に、霧島の頬が引きつる。
「……何が言いたいんですか?」
「魔石の質を見れば、どのくらいの魔物が相手だったか分かるだろ? 神野町ダンジョンでとれた魔石なんて、すべて質が最悪。そんだけ弱い魔物ばっかりの雑魚ダンジョンなんだろ? 活性化がそんだけ起きてんのに、何も問題が発生してないのがその証拠。こんなの常識。小学生でも知ってることだぜ?」
だからこそ、「協会職員になれたな」という言葉に繋がるのだろう。
村田主任は、霧島の方に一瞬だけ視線を向けて、ふんと笑ってから再び彼はパソコンへと視線を向ける。
ひくひく。霧島は頬を引きつらせながら、怒りを隠すように笑うしかなかった。
「稀に、例外もあるのはご存じですか?」
「まあな。でも、天草が言ったことだろ? あいつの言葉は信用するなっての。適当なこと言って、自分のサボりに巻き込もうとしてるだけだ。そもそも、各階層を一分程度で調査なんてありえないだろ。測定器が壊れてる可能性もあるだろ」
「……測定器は正常でした。階層ごとにしっかり記録が残っていますよ」
「だから、それ自体が壊れてる可能性があるんだよ。もう長く使ってるしな。ていうか、お前、あんな奴に勝手に貸し出して壊されたらどうするんだよ? 天草って人間を知ってるのか?」
「……あなたは詳しいんですか?」
「ああ、よくな。サボり魔、日本最弱、母の腹にいた時が全盛期……とか色々な。調べたら色々出てくるぜ? あいつの悪評なんてな」
「そういう話をしているわけではありませんよ」
「それがすべてだろ? 火のない所に煙は立たない、ってな。中学から冒険者やって、未だ攻略ダンジョン0なんて、普通あり得ないっての」
「だから……神野町ダンジョンがおかしいから、他のダンジョンに挑めないってことではないのですか?」
「おいおい。田上から引き継ぎ受けてないのか? 神野町の奴らの話をまともに聞くなって。頭おかしい連中ばっかりなんだからな。つーか、そもそも余計な仕事増やそうとすんな。オレたち公務員は頑張ったって給料上がるわけじゃないの。適当が一番。ちゃんと効率よく生きた方がいいぞー、霧島」
「……効率よく生きるのと、サボるのとは違うと思いますがね」
「何か言ったか?」
村田が苛立った様子で声をあげる。霧島は「いえ」とだけ返し、自身のデスクへと戻っていった。
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