第11話




 ダンジョンの活性化は今日で三度目――1、4階層のものは三好さんたちで鎮圧できたらしいけど、11階層で発生したものは難しかったそうで、俺が出動した。

 止めることに成功した俺が、ダンジョンの1階層にある黒い渦から外へと出ようとしたところでスマホが鳴る。


 霧島さんからの連絡だった。一応、名刺を受け取ったときに登録していたのだが、まさか本当に連絡があるとは思っていなかった。

 この時点で、前の田上さんよりも霧島さんの方が仕事をしていると思ってしまった。

 やっぱり、若いからまだ協会色に染められていないんだろう。


『お忙しいところ失礼いたします。霧島です』

「お疲れ様です。天草ですけどどうしたんですか?」

『以前お話していたことについて……協会に戻ってから色々と調べて分かったことがありましたので共有できればと思います。他にも相談したいことがありますので……どちらかで会えないでしょうか?』

「……そうですね。今、神野町ダンジョン前にいますので、そこならすぐですけど」

『そうでしたか。私もそちらに向かいますので、少しお待ちください』


 それから十分ほどして。

 ダンジョンの入口に彼女が車でやってきた。

 田舎町なので、車がないと移動は大変だ。……一応、俺もSランク探索者の活動に必要ということで免許自体は取得している。


 探索者活動に必要な資格であれば、探索者は年齢制限など気にしなくてもいい場合がある。

 もちろん、それらは協会が認めた場合に限ってのみだ。試験が免除されるわけではないので、ちゃんと他の人と同じように受験する必要はあるけど。


 だから俺も、年齢はまだ要件を満たしていないが、運転免許を取得することができた。

 ただまあ、全力で走った方が早いので、今は使ってない。

 Sランク探索者はだいたいそうだ。車などで移動する場合は、魔力を温存したい時くらいのものだ。

 白の車から降りてきた霧島さんは、今日もきりっとした表情で俺に近づいてきた。


「お待たせして申し訳ありません。すみませんが、ダンジョンの一階層に移動しながらお話しさせていただいてもよろしいですか?」

「ダンジョンですか? 別にいいですけど」


 霧島さん、あんまりダンジョンに入ったことないのだろうか? ダンジョン内は治外法権……とまではいかないが、証拠が残らない環境なので犯罪が起きやすい。


 特に、力ある探索者が力のない探索者を襲うということがあるので、よほど信頼している相手でない限りは一緒に入らない方がいいのだ。


 ……つまり、俺のことを信頼してくれているということだろうか? やだなにそれ、好きになっちゃうかも。


 俺たちは黒い渦の方へと歩き出す。

 彼女とともにゆっくりと黒い渦を潜り抜けるが、霧島さんの様子に迷いはない。


「ダンジョン入るの初めてじゃないんですよね?」

「そうですね。Dランク探索者として、大学時代は活動していました。まあ、探索者協会に就職するためだけに入っていたんですけどね」

「……そうなんですね」


 この人、かなり打算的な人かもしれない。

 でもまあ、もしかしたら最悪自衛くらいはできるという自信から俺と一緒に入ったのかもしれん。

 ……Dランクだと、まったく抵抗はできないんだからもう少し自分の身の安全のためにも配慮してほしいものだ。


「深い階層までは潜ったことはないので、あくまで小遣い稼ぎ程度ですけどね」

「まあ、大半の探索者はそんな感じですよ」


 そのせいで、人手が不足してるんだからね。

 1階層では、先ほど鎮圧した活性化で出た魔石を運んでいる探索者の人たちがいた。

 露払いを行うためか、先頭を歩いていた三好さんがこちらに気づいた。


「おっ、晴人と……協会の人か? なにかまだあったのか?」


 ……三好さんは露骨に霧島さんを見て眉根を寄せる。

 あんまり、協会の人たちと仲良くないからな。神野町の人たちって。


「ちょっと霧島さんが話したいことがあるそうなので来ていたんです」

「……ふーん、そうかよ。どうせこっちの話聞きもしないくせに、何か頼みたいことがあるときは来るんだな」


 嫌味ったらしく三好さんがそう言って、去っていった。

 霧島さんはぴくりと眉尻をあげる。


「……あー、その……まあ、前に色々あったみたいで……三好さん結構、協会の人のこと嫌っているみたいなんですよ」

「でしょうね。恐らく、田上のゴミカスが何かやったんでしょう」

「……ご、ゴミカス?」

「……失礼しました。クソゴミチンカスでしたね」


 いやそうじゃないよ!

 なんか、霧島さんは霧島さんで怖い。こういう時はスルーするのが一番である。


「それにしても……また活性化していたんですね」

「三度目だそうです。あとで、たくさん魔石が運び込まれると思いますよ」

「……そうですか。どうせ暇している職員ばかりですので、たくさん運んでください」


 やっぱなんか毒あるよ!

 今日は毒タイプの霧島さんは、それから真剣な顔で話し始めた。


「協会にて色々と確認していたのですが、やはクソゴミが報告を怠っていたのは事実でした」

「……そうですか」


 クソゴミって田上ですよね? 俺もうそれで変換していきますからね?


「一応、私からも改めて報告書をあげたのですが……今度は上から言われてしまいまして……」

「なんでしょうか?」

「……『証拠を持って来い』、と」


 そんな犯罪者のお決まりのセリフみたいな……。


「前例がないことで対応できないから、まずはさらに上にあげるための証拠が必要と言われてしまいました」

「……証拠、ですか。でも、その……写真とかは取れないんですよ、ここって」


 ダンジョンの各階層の入り口近くの壁には、数字が書かれている。

 それを撮影できれば、何よりの証拠になるはずだ。

 もちろん俺も色々と考え、証拠を持ち帰ろうとしたが……ダメだった。


「みたいですね。私も色々なカメラで試してみましたが、映像は残りませんでしたね。……電子機器がダメというのではなく、映像などがダメなようですね。高ランクの階層の魔物となると、魔石も大きく、質も上がります。……101階層の魔物などの魔石を持ってくることはできないのでしょうか?」


 このダンジョンは恥ずかしがり屋なんだよな……。


「持っていったことがあるのですが……1階層とかのものとまるで変わらないゴミみたいな魔石だったんですよ」


 なのに、魔物は強いんだから頭にくる。

 驚いた様子を見せた後、霧島さんは息を吐いた。


「……そうでしたか。それでは、階層測定機による検査は行いましたか?」

「……いえ、それはしていませんね。協会の許可がないと借りられなくて、用途を説明したら無理っクソゴミさんに断られまして」

「と、思いましたので用意してきました」

「マジですか!?」

「ええ。協会職員が持ち出すだけなら申請はすぐ通りますので」


 霧島さんが取り出したのは、小型の測定器だった。スピードガンのような見た目で、手にすっぽりと収まるサイズだ。

 霧島さんは拳銃でも構えるようにすっとポーズをとっている。

 俺が無反応でいると、少し恥ずかしそうに咳ばらいをした。


「これで階層を測定し、データを残して証拠とします」

「……ちゃんと機能しますかね?」

「一応……1階層では正常に反応していますね」


 階層測定器を地面にかざすと「1」という数値が表示される。

 ……ここは、問題はなさそうだ。


「なるほど。でも、100階層までしか表示されなかったら……どうしますか?」

「それでも十分です。あなたが100階層に到達し、ダンジョンが未攻略だという証拠が残れば、協会もさすがに無視できないはずです」

「確かに、そうですよね」


 俺が100階層まで行って、何もしていないなんて不自然だもんな。一応、俺の新年の抱負だし。

 色々といちゃもんをつけられる気もしないではないが、こっちだってその時は色々と言えるようになるはずだ。

 霧島さんは真剣な顔で頷いた。


「そうです。それに、測定器は記録が残ります。ひとまず、すべての階層で測定を行ってみてください」

「……了解しました」


 階層を進む間、霧島さんがふと思いついたように聞いてきた。


「天草さん、101階層以上にはどこまで行ったんですか?」

「クリスマスのときに潜ったときは、501階層まで確認しました」

「ご、501階層!? ……クリスマスに!?」


 彼女は驚いて目を見開いていた。


「ええ、クリスマスに」

「……クリスマス、ですか」


 なんやねんこの空気。


「なんか、クリスマスに対して凄い驚いてません?」

「……いや、その――大変だな、と思いまして」


 悪かったな、彼女もいないで寂しいクリスマスを過ごしましたよ! 魔物たちと熱い夜でしたよ!

 きりっとした表情で誤魔化している霧島さんをジトリと見る。


「ですが、それがもしも本当だと……失礼しました。それが本当だとすれば、探索者業界に衝撃が走るような内容ですよね」

「はい。でも、信じてもらえないのも無理はないですよ」


 だって前例がまるでないし。でも、探索者協会はそういう未知の事態に対応するための組織なんだから、そんくらいは動いてほしいものだ。

 霧島さんも俺を信じきっているわけではないようだけど、それでもとりあえずは協力してくれている。

 感謝しかない。霧島さんのためにも、どうにか証拠を用意したい。


「……とにかく。調査をお願いします。どのくらいかかりそうですかね?」

「もう、このダンジョンの構造は覚えているので……そんなに時間はかからないと思いますよ」

「一日程度ですか?」

「道中の魔物をすべて無視していけばいいので、100階層まで二時間もかかりませんよ」

「に、二時間!? ほ、本気で言っていますか!?」

「ええ。次の階層に繋がる階段の位置ももう覚えてますし」


 初めてのダンジョンとかであればこうはいかない。

 次の階層に繋がる階段は、近づかないと見えない。

 他のSランク探索者は感知が得意な人もいるので、案外初めてのダンジョンでもそこそこ安全に攻略できるのだが、俺は感知の才能がまるでないからな。


 神野町ダンジョンのように、各階層が円形のコロシアム型なので、壁伝いにぐるりと一周すればどこかで次の階層に繋がる階段を見つけられる。

 ただ、壁の多い遺跡型のダンジョンだったらもう悲惨。

 どれだけ頑張っても、攻略に数日はかかる。


「とにかく……天草さん。何かあったらすぐに連絡してくださいね」

「分かりました」


 その言葉を聞き、俺は地面を蹴って大きく跳躍した。



 そして――。


「霧島さん、51階層から測定器が反応しなくなりました!」

『なんですって……?』


 繋がってくれたスマホから霧島さんに報告すると、驚いたような声が聞こえた。

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