第10話


 夢を見ていた。

 中学の頃の記憶――まだ、世間から期待されていた時のことだ。


 あの頃、俺はSランク探索者として、周囲から大いに期待されていた。

 小学生の頃から有名な探索者たちから指導を受け、探索者としての英才教育を施されていた。


 誰もが「将来は日本を背負って立つ存在だ」と俺を信じていた。

 中学からダンジョンに挑戦できるようになり、俺が最初に挑んだのは地元の神野町ダンジョンだ。


 世界最速のSランク探索者が一体どれだけ早くダンジョンを攻略できるのかに注目が集まった。……もちろん、俺も自分に大きな期待を抱いていた。


 テレビでは「初めてのダンジョン攻略は時間がかかる」と言われていたけれど、桐生さんが初めて挑んだダンジョンは一ヵ月程度で攻略したらしい。

 当時の桐生さんも、俺に対して「気張らずに頑張って」と優しい言葉をかけてくれた。……そんな桐生さんとせめて同じくらいの期間で攻略したいと思っていた。


 けれど、現実は甘くなかった。ダンジョンの一階層目に足を踏み入れた瞬間、聞いていた話よりもはるかに強力な魔物たちが待ち構えていた。

 正直、想像以上に強いし……怖かった。


 それでも期待していた。外では、俺の初めての戦いをインタビューするためにたくさんのマスコミたちが待機していた。

 逃げ帰ることなんて、できるはずがない。

 自分がまだ未熟だからだと自分を納得させ、ひたすら進み続けた。


 ……たぶん、ここで最初の選択を間違えた。

 俺が素直に、怖かった、大変だった、何か魔物が強かった。

 そう言っていれば、まだこの時点で協会の人は調査をしてくれたと思う。

 でも俺は……中学生というのもあってか、かっこいい探索者を演じようとしてしまった。強がった、弱みを隠してしまった。……無茶をしてしまった。


 でも、進まない。攻略が遅々として進まない。

 学校もあるので、ダンジョン攻略に割く時間はかぎられている。


 毎日ダンジョンに潜り続けても、少しずつしか階層を進めない。

 部活はできない。友達を作る余裕もない。ゲームや漫画を読む時間もない。テレビや動画サイトを見て回る時間もない。


 すべてを削って、毎日毎日、俺はダンジョンに挑み続けた。

 当時の桐生さんも条件は同じ。一ヵ月の間にダンジョンの調査を行い、次の階層に繋がる階段をある程度把握し、ゴールデンウイークを利用して攻略したらしい。


 俺も同じ計画を立てていた。

 だから、焦る。

 焦りが胸に渦巻いていた。

 そして……俺は一ヵ月が過ぎても、まだダンジョンの序盤を彷徨っていた。

 ……世間の評価が、傾き始める。

 世界最強のSランク探索者として、過剰に持ち上げられた幻想の天草晴人が、俺を蝕んでくる。

 ゲームや漫画に出てくるような、誰にも負けない最強のSランク探索者天草晴人。……世間の人たちは、たぶん俺のことを実力以上に評価していた。


『まだ仕方ありませんよ。桐生さんが特別すごいだけですからねぇ』


 テレビではそう言っていたが、心の中では焦りでいっぱいだった。

 あと一ヵ月かけても、先に進めるとは思えなかった。


 学校に行くと、勉強が待っている。俺は勉強が得意じゃない。ダンジョン攻略との両立は本当に辛かった。

 マスコミが町にこなくなってから、ダンジョンの活性化が増えた。

 ダンジョンが活性化するたびに学校を抜け出して対応しなければならない。

 勉強も中途半端、ダンジョン攻略も中途半端。学校の皆が好きな漫画やゲームに話していても、それに加わることができない。


 皆は俺のことを凄いと言ってくれているけど、尊敬されるばかりで……深い仲の友達はなかなか作れなかった。

 それが、当時の俺には辛かった。


 辛い、逃げ出したい、探索者を辞めたい。


 それでも、母さんに心配をかけたくなくて、必死に頑張った。……母さんは気づいていたと思う。

 けれど、勉強に時間を割けば、その分ダンジョンに入る時間が減る……その逆もしかり。

 結果、進捗はさらに遅れた。


 夏休みを使って、ようやく三十五階層まで突破できた。

 でも、探索者協会からは、評価されるどころか失望された。冷たい態度をとられた。「え? まだなの?」とはっきりと言われたこともある。

 ……見なきゃいいのにネットの評価を見てしまった。


『全然進んでねぇじゃん』

『才能の無駄遣いだろ、死ねばいいのに』

『こいつ、桐生の足元にも及ばないな』


 そういった言葉の数々が日々俺の心に突き刺さる。俺は弱い。頑張らないといけない。すべて自分が悪いんだ。焦り、苦しみ、悲しみ、ぶつける先のない怒り――それでも前に進むしかなかった。


 まだ、皆が皆批判するわけじゃなかったし、地元の人や学校の人たちは……応援してくれていたから。

 特に、当時から三好さんは「このダンジョンの難易度は日々変化しているため、攻略が難しい」とマスコミのインタビューにも答え、俺を擁護してくれていた。


 でも、そういった人たちがどんどん叩かれていく。

 ダンジョンにそう大きな違いはないとテレビでコメンテーターが口を開き、探索者協会もいつも通りの検査しかしないため、状況が伝わらない。


 三好さんのいう通り、ダンジョンはまるで人間のようにその日のパフォーマンスが大きく違った。一階層に強敵が出てくることもあれば、他のダンジョンと変わらない、あるいは凄い弱いこともある。


 法則性は何もない。外部から人が来るときに限って、運悪く弱いダンジョンになる。

 神野町ダンジョンが、俺をいじめるためにそうしているかのようだった。


 だから、余計に俺は叩かれる。


 そんな俺の立場をさらに決定づけたのは、桐生さんの一言だった。


『努力不足だと思います。正直、期待外れですね』


 テレビでそう語った彼の言葉は、俺に対する世間の批判を一気に加速させた。

 それからというもの、テレビ番組で俺のことがネタにされるようになった。


 テレビで偉い人がそう言っているから、探索者の偉い人がそう言っているから。

 皆が皆、俺を叩いてもいい存在なのだと思うようになったんだと思う。


 当時から俺は番組に呼ばれることもあった。最初のうちは断っていた。そんな余裕がなかったからだ。

 でも、呼ばれて参加できなかった番組を見た時こういわれていた。


 『何もしていないのに、今日天草さんは来られないそうですよ』と。


 俺がネタにされていて、それで皆が笑っていた。

 それが嫌で参加すれば『こんなところ来てる暇あったんですか?』と皮肉を言われた。


 どちらにせよ、俺は笑われる存在になっていった。

 笑ってもいい、バカにしてもいい、叩いてもいい存在だと、皆のおもちゃにされていた。


 それでも俺は毎日毎日、死ぬ気でダンジョンに潜って戦い続け、やっと100階層に到達した時、「これで少しは認めてもらえる」と思った。

 だが、101階層が見つかった瞬間、俺のすべては崩れ去った。協会に報告しても信じてくれない。


 でも、ある時を堺に……周りが気にならなくなっていた。

 気づいた時にはもう心が大きく揺れるようなことはなかった。

 

 そうして俺は、今の俺が出来上がっていた。




「うわ、最悪だな……」


 小さく息を吐いて、俺は部屋の鏡を見た。いつもの明るい天草晴人はいない。

 ……めっちゃ元気なさそうな奴。

 誰かに心配されたくなくて、こんな顔はしないようにしているのだが、さすがにさっきの夢は少しテンションが落ち込んだ。


 ……まだ夜中だというのに、俺のスマホには着信が来ている。

 地元の探索者、夜勤で見回りをしてくれている人からの電話。

 いつからか、電話のワンコールで出るようになった。……気づかずに対応できず、怪我人を出してしまったことがあった。


 電話に出る前。俺は一度深呼吸をしてから、調子を上げていく。


 いつもなら起きてすぐに能天気な天草晴人に慣れたんだけど、見ていた夢が一番俺が落ち込んでいるときのものだ。

 鏡の前に立って笑顔を作る。

 笑顔を浮かべて、弱みを絶対に見せないようにする。

 うん、だんだんいつもの調子が戻ってきた。

 ……俺は「Sランク探索者」だからな。


「もしもし! どうしたんですか?」


 相手も夜中に電話をかけてきて、申し訳なさそうにしているのが分かるからこそ、とにかく明るく声を発する。


『ご、ごめん天草くん! 今回魔石三つ持ちの魔物が出てきちゃって――』

「あー、了解です! まだ寝てなかったんで、これから向かいますね!」

『ごめんね、ありがとう』


 今日も俺は、活性化の鎮圧に向かう。

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