第9話




 家に戻ると、母さんはまだテーブルに座っていた。

 俺の食事に合わせて、待ってくれていたようだ。

 母さん、こういうところ結構気にするんだよな。

 俺と一緒の時間を少しでも多く作ろうとしているのはよく分かる。

 俺が普通の学生だとしたら、反抗期に「うぜぇよ!」とか言っていたかもしれんが、俺は反抗期という反抗期がなかった。


 迎える暇も余裕もなかったんだけどな! 毎日毎日ダンジョンに呼ばれるせいで!


「別に先に食べてもよかったよ? 冷めちゃったんじゃないか?」

「いやいや、晴人が頑張ってるのにのんびり食べてられないよ。怪我、してない?」

「ああ、大丈夫大丈夫。雑魚ばっかだったし。母さんもそんなに心配しなくていいって。俺、Sランク探索者なんだよ?」

「……心配、するのよ。晴人も子どもがもしも探索者になったら、きっと分かるわよ」


 どうなんだろうねぇ。

 まあ、母さんには悪いけど孫の顔は見れないと思う。

 ……戻る場所を作るのは嫌だからな。


 テレビとかで、探索者が戻ってこなかった家族の紹介とかされていたけど、皆悲しそうだったからな。

 探索者ってのは孤独の方がいいんだ。


 それから母さんは笑顔を浮かべ、俺たちの食事が再会する。

 俺が味噌汁を口に運んだ時だった。


「母さん再婚しようと思ってるんだ」

「ぶーっ!?」


 俺はむせた。

 母さんを見ると、楽しそうに笑っている。


「人が味噌汁飲むタイミング狙っただろ!」

「あはは、ごめんごめん」

「まったく……いきなりそんな冗談ぶちかましてくるなっての」


 俺がそう言った時だった。母さんの表情が変わった。

 いつも通りの優しい表情なのだが、いつもとは違って真剣な顔をしている。


「そこは冗談じゃないんだ」

「……え? ま、マジで!? おめでとう!?」

「ありがと。でも、晴人が……嫌だったら、無理にとは言わないんだけど……考えてる人がいるんだ」


 母さんはどこか恥ずかしそうにしながらも、そう言ってきた。

 ……ちょっと驚いていたが、俺はすぐに笑顔で答える。


「いやいや、全然嫌とかじゃないって! むしろ良かったよ! 母さんが好きになれる人がまたできてさ!」


 俺が笑顔とともにそう言うと、母さんは少し恥ずかしそうに笑う。


「……ま、まあね。……そ、それなら……今度会おうかって話があるんだ。冬休み中に、どこか予定のつく日ってある?」

「まー、俺は別にいつでも。ダンジョンに呼び出し受けるかもしれないから、そこだけ相手にも伝えておいてくれれば」

「うーん……それじゃあ、1月7日とかに会えないかって相談してみるね」

「了解。その日は予定入れないようにしとく」


 ……母さんが、いつもとは違った表情で喜んでいる。

 よっぽど、その人の事が好きなんだろうな。

 母さんには滅茶苦茶迷惑をかけているので、その相手が母さんを騙しているとかそういうことがないことだけを祈るばかりだ。

 そこだけは、ちゃんと目を光らせてもらうからな、結婚相手さんよぉ。


 ……それに、母さんが再婚してくれたほうが俺としては嬉しい。

 俺に万が一のことがあった時でも、母さんを支えてくれる人ができるんだからな。


「って、そういえば、向こうの人には俺のこととかも伝えてるのか?」


 一番の問題はそこである。悪評三昧な俺と家族になりたがる相手がいるのかどうか……。そこが心配である。

 最悪、金目当てという可能性もあるしな……。腐っても、俺はSランク探索者なわけで、あの旨味のない神野町ダンジョンでも稼ぎは億越えだからな。


「うん、もちろん。Sランク探索者だってこと伝えたら、凄いびっくりしてたよ」


 そりゃあびっくりだろうさ。プラスの方ではなく、マイナスの方でな。


「……な、何か言ってなかったか?」

「ううん、特には。……一応、誤解しないように晴人が頑張っていることも伝えて、信じてくれたから」


 母さんはぐっとガッツポーズを作っていた。

 ……まあ、心の底からは信じてくれてはいないとは思うけど。


 ネットで俺のことを調べたら、俺のいい情報なんてほとんど出てこないからな。


 ……こういうところで、母さんには迷惑をかけてしまっている。

 だから、なるべく異常種を倒してせめてそっちの記録は伸ばそうと思っているのだが、何か俺の遭遇率めっちゃ悪い!


 たまに異常種の大量発生とかもあるけど、そもそも、緊急事態に倒した異常種の魔石を呑気に回収している暇もないし……。その間に神野町ダンジョンで活性化が発生したら、後で回収する暇もないという。


「まあ、それなら良かったよ。母さん、おめでとう」

「……うん、ありがとう。あっ、向こうにもお子さんがいるから。これからは四人家族になるよ」

「え? マジで? 男? 女?」

「うん、女の子だよ。可愛い子だったよ」

「へぇ……ってもう会ったことあるのか?」

「うん、何度かね。……やっぱり年頃の女の子の方が難しいかなって思ってね」

「年頃の男の子も難しいぞ?」

「晴人なら、大丈夫でしょ? 誰ともすぐ打ち解けるし」


 打ち解けてたらネットであんな評判にはなりませんけどね!

 でも、女の子か。

 ってことは俺はお兄ちゃんになるのか?

 ちょっと嬉しいかもな。

 お兄様、お兄ちゃん、お兄さん、兄さん、兄貴、お兄、お兄たま……うん、どんな呼び方でもいいな。

 日本語に感謝だ。英語だったら、ここまでバリエーション豊かな呼び方はないだろう。


 相手の年齢次第では、俺の理想の呼び方を教育するのもあり……か。

 ……お、お兄様とかかな?


 そんなことを考えながら味噌汁を飲もうとしたら、


「今年十六歳なんだって」

「それはもう女の子じゃねぇんだわ!」

「ひ、酷い。女性はいつまでも女の子なのよ?」

「そんなわけあるか! ……ていうか、それって色々大丈夫か?」

「ダメよ? 襲っちゃ」

「そういう意味じゃねぇよ! ……俺の事とかたぶん、絶対嫌ってると思うぞ?」


 同い年くらいならそれこそよくネットとか見ているだろう。

 学校でも「SNSで凄い言われてるよー」とクラスの女子が見せてくるものだ。見せてくんじゃねぇって。

 まあ、もう慣れたんで、俺も動物園の珍獣たちが騒いでいるぜ、くらいの感覚だけどさ。


「うーん……大丈夫だと思うけど?」

「……それに、そもそも同年代の異性が一つ屋根の下ってのも、たぶん相手からしたら嫌がると思うし……そういえば、家はどうするんだ? こっちに住むのか、それとも相手の家なのか?」


 相手の家、となった場合……俺はまあここに残る。神野町ダンジョンを放置することはしたくない。


「それがね、彼がこっちに来たいって言ってるの。ちょうど転勤で仕事先が秋咲市になるみたいなのよ」

「……そうなのか」

「うん……だからそれで、ちょうどプロポーズされちゃって……」

「……なるほどなぁ。お熱いねぇ」

「エアコンとめよっか?」

「違うよ! あんたたちの関係!」


 母さんはくすくすと笑い、それから俺は……問いかける。


「俺家出ようか?」


 一応、Sランク探索者としての稼ぎはあるからな。

 ……あの神野町ダンジョンの活性化を押さえたときに出た魔石の売り上げの大半は俺がもらえることになっているからな。

 残りは、それらを協会に運んだり、細かい事務作業をしてくれた参加した探索者たちで分けている。


 さすがに魔石の質が悪いといっても、あの規模なら社会人の平均月収くらいはいっているはずだ。


 というわけで、別に家を離れても大丈夫なのだ。


 ……向こうの義妹さんのことを考えたら、それが一番だと思っての提案だったのだが、母さんは真剣な顔で首を横に振った。


「それはダメ」

「なんで? そろそろ、俺も一人暮らしとかしてみたい気持ちもあるんだぞ? 女の子とか家に連れ込みたいし」

「それなら、この家に連れ込みなさい。母さんが見ててあげるから」

「嫌に決まってんだろ!」


 俺が叫ぶと、母さんはじっとこちらを見てくる。


「……晴人を一人にしたら無茶するでしょ? ただでさえ、今だって無茶してるんだし」

「別にそんなことないけど……」

「放っておいたらダンジョンに住みだすでしょ?」

「……その手があったか」


 じろり、と睨まれる。


「冗談ですよ?」

「……今だって活性化が酷い時はダンジョンで寝てるじゃない。……私も仕事でずっといるわけじゃないけど……目の届かないところに行くのはダメよ」


 ……まあ、だろうな。

 母さんは、本気で俺を心配している。

 それを言われると、俺としても無理やり家を出るようなことはしたくない。


「分かった分かった。じゃあ、とりあえずは家にいるよ」


 そういうと、母さんは笑顔を浮かべた。

 ……なんだか、さっきまでのどこか楽し気な空気がなくなってしまったので、それを取り戻すように俺は聞いた。


「……で、その人とはどこでどんな風にに知り合ったんだ?」

「え? ……うーん……出張のときに偶然ね。初めての土地で迷子になってたら、向こうに声をかけてもらって」

「なるほどな。道案内をしてくれたのか」

「『ここに行きたいんですけど分かりますか?』って聞かれちゃった」

「お互い迷子かよ!」


 まだ相手の顔も見ていないのだが、母さんみたいになんか抜けた人なのかもしれない。

 ……両親ともに抜けた人となると、まだ見ぬ義妹の存在に不安が残りながらも、少しだけ楽しみにしていた。

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