第8話



 いけないいけない。嫌われるようなことをしては。丁寧、丁寧に接して俺の好感度を高めていかないと。


「……はい。それと、今はその問題じゃないですよ。このダンジョンの最深部についてですよ!」


 週に一度の活性化でも十分な頻度だったが、そんなのもう二年も前の話である。


「最深部ですか?」

「……ええ。以前、101階層以上があるって言った時は……まあ、協会に否定されましたが、今も普通にあるんですよ」

「……101階層以上」


 ……全員、同じような反応をするんだ。もうダンジョンが出現して100年。過去に前例のないそんなことを、信用のない俺が言っても誰も信じてくれないのだ。

 なぜ、まだ全てが解明されていないダンジョンを信じて、俺をまったく信じてくれないのか、探索者協会のお偉いさんたちに是非ともお話しをしたい。


「それにどんどん活性化の頻度も増えて協会に報告したんですよ。でも、全然対応してくれないんですよ。何かあってからじゃ遅いと思うんですけどね」


 探索者協会は特に後手後手の対応をすることが多い。そうしちゃ、トップが責任をとって新しい人に変わるというのを繰り返している。

 その度に退職金が支払われると言うことで、もはやそういうシステムなんじゃないかと言われるくらいには、日本の探索者協会は腐った組織である。


「……そちらも驚きなのですが、100階層より先があるんですね?」

「そうなんですよ。100階層超えのダンジョンなんて、他にはないですよね? イレギュラーなダンジョンなわけで、ちゃんと協会には改めて調べてほしいんですけど」

「そう、ですか」


 まじで初耳って感じだな。

 霧島さんはまだ探索者協会に所属してそれほど日が経っていないのだろう。高卒か大卒かは分からないけど、たぶんそれで就職したくらいの年齢に見える。

 ……彼女を責めたって仕方ないな。美人の困っている顔は好みの一つだけど、無意味にいじめる必要はない。


「……たぶん、何度か三好さんたちも報告していると思うんですけど」

「…………申し訳ありません。ちょっと……今すぐに答えられる情報がありません。一度、協会に戻って調べてみます」

「お願いします。あっ、一応これ電話番号です。なんかあったら言ってください」


 俺は特に名刺とかはもっていなかったので、彼女に電話番号を伝えておいた。

 前の担当にも同じように連絡先は伝えてあったけど、ほとんど電話がかかってくることはなかった。


 霧島さんがメモを取り、それから確認するように着信を残し、俺たちはそこで別れた。


 霧島さん、ちゃんとやってくれるか?

 ……あんまり期待はしていない。

 探索者協会に期待をすることはもうやめた。

 ……他人に期待して、毎回のように裏切られるくらいな鼻から信用しないほうが気がラクだ。

 俺が十六年生きてきた結果で得た教訓だ。

 今俺が信じているのは、地元の人たちくらいで、外の人に関してはもう何も期待することはしないようになっていた。


 さてと、一度飯を食べに帰るとするか。




 秋咲市にある探索者協会秋咲市支部に霧島が戻ったのは、冬の冷たい風が吹き抜ける夕方だった。

 建物は市の中心部にある古いビルで、内部はどこかくたびれた雰囲気が漂っている。受付カウンターには積み上がった書類が乱雑に置かれており、職員たちはいつもどおり、どこかだらけた様子で仕事をこなしていた。


 この協会は秋咲市、神野町、新妻村、宿梨町の四つを管理しているため、それなりに忙しいのだが、どこか職員の空気はだらけている。


 支部に戻った霧島は、適当に挨拶をかわしつつ真っすぐ奥にある席へと向かった。

 そこで待っていたのは、田上先輩だ。彼は椅子にもたれかかりながら、スマホを弄ってあくびをしていた。

 顔には明らかに退屈そうな表情が浮かんでいる。


「田上先輩、少しお話よろしいでしょうか?」


 霧島は軽く頭を下げながら声をかけると、田上は一度伸びをし、無精ひげが目立つ顎を掻きながら、顔をあげる。

 彼を見るだけでもだらしない印象だったが、その服装にも皺が目立っている。

 霧島は田上があまり好きではなかった。その理由の一つが、この見た目だ。


「おう、霧島ちゃんか。どうした?」


 そしてもう一つは、その視線。いやらしく体を見てくる田上が嫌いだった。別に女性的な肉体をしているわけではない霧島だが、田上は足や首などをじっと見るのだ。


「神野町の天草さんについて確認したいのですが……101階層以上あると彼が言っていたダンジョンについてですが……以前報告をしたと話していましたが、何か知っていますか?」


 霧島が切り出すと、田上は一瞬だけ驚いたように眉を動かし、すぐに笑みを浮かべて鼻で笑った。


「ああ、あの話か。だったら証拠もってこいって言ってやったよ」

「……ですが、神野町ダンジョンでは電子機器の調子が悪いんですよね?」

「らしいな。通話はできるけど、撮影とかしても真っ暗な画面しかとれない。Wi-Fiは入るのに、配信とかもダメ。おかげで、有名配信者とかが来てくれるってこともねぇ。クソみたいなダンジョンだよな」

「……ですから、証拠の写真などを用意するのは難しいでしょう?」


 ダンジョンの各階層の入口の壁には現在の階層を示す番号が書かれている。もしも撮影などができれば、それを証拠とすることが可能だったが、神野町ダンジョンではそれは不可能だ。

 まったくの不可能ではないが、撮影できるように環境を整えるまでにお金や時間がかかるわけで、それらを探索者協会が支援するのが仕事の一つだった。


「まあな、電子機器の調子が悪いのは知ってるよ。でも、だから天草は嘘をついてんだよ」

「……嘘、ですか?」

「ああ、そうさ。あいつのネットのあだ名知ってるか? サボり魔とかサボる才能Sランクとか言われてんだろ? あいつは、あのダンジョンが凄い難しい場所だって言って、自分の無能さを隠すために嘘ついてんだよ。んな嘘、上に報告できるかって。なんて報告すればいいんだよ?」

「……それは――」


 霧島も、否定はできなかった。

 霧島自身、新年から秋咲市の担当になるということで、天草について調べていた。

 出てくるわ出てくるわ悪評の嵐で、天草に対してあまりいい印象は抱いていなかった。


 彼のネットなどの評判ではロクなことを聞いていなかったし、テレビなどで紹介されるときも常に最下位、最弱といった言葉を聞いていたからだ。


「あとな。神野町の連中は、話半分で聞いた方がいいからな」


 田上は嘲笑交じりに言葉を吐き出し、スマホをテーブルに放り投げるように置いた。彼の態度に、霧島の眉が微かに動いたが、感情を表に出さずに冷静を保つ。


「話半分……ですか?」

「そうそう、あそこにまともな情報なんてねぇからな」

「……そうですか。では頻繁にダンジョンが活性化しているという報告は? ……こちらに関しては、神野町の方々の魔石の持ち込みを見て頂ければ分かることだと思いますが」

「あー、まー……それはあとで報告書でも出しといてくれ」


 田上が面倒くさそうに手を振りながら言うと、霧島はその言葉に苛立ちを感じた。

 報告書をあげるとなるといくつも手間が増えるため、田上はそれをサボっていたのだ。


「……していなかったんですね」

「まあ、いいじゃん。何も起きてないんだしさ」


 田上は全く気にしていない様子で笑うだけだった。この支部全体がこうなのだ。

 どこを見ても、やる気のない職員ばかり。

 まだ勤務時間中にも関わらずスマホを弄り、あくびをかく人。

 居眠りをかいている人もいれば、やたらと頻繁に休憩をとる人たち。


 周囲にはそんな怠惰で無責任な人間しかいないことに、霧島は改めて失望感を覚えた。


 霧島がここに就職したのはすべて安定のためだ。

 探索者協会職員は休みなどが少ない激務な環境だが、給料がよくなおかつ公務員。

 地方でこれほどまでの就職先はなかったため、霧島はここを選択した。

 そして、ゆくゆくは同じく探索者協会職員と結婚し、パワーカップルとして人生を謳歌していくのが彼女の計画だった。


 しかし、現実はあまりにも違っていた。周りの職員たちのだらしない態度や、いい加減な仕事ぶりを見ていると、イライラが募るばかりだ。


 ――就職先、間違ったかもしれませんね。


 心の中でそう呟き、霧島はひとまず報告書を書いていった。

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