第3話
「それでは、新年らしく……今年一年の抱負でも言っていってもらいましょうか。どなたから行きますか?」
司会の問いかけに即座に反応したのは桐生さんだ。
笑顔とともにスッと手をあげる。
「オレからいいですか?」
「ええ……桐生さんどうぞ!」
桐生さんが立ち上がると、観客席から再び歓声が上がった。
マジでこの人大人気だ。あんなに女性たちから歓声が上がるなんて俺も一度くらいは経験したいもんだね!
僅かに嫉妬しながら、穏やかな微笑を浮かべる彼へと視線をやる。
声は次第に収まっていき、桐生さんが静かに話し始めた。
「まず、オレの抱負の前に、少しお話をさせていただきます。皆さんもご存知の通り、今の探索者業界は大きな転換期を迎えています。ここ数年で、ダンジョンの出現数は劇的に増加し、全国各地で新たなダンジョンが発生しています。それだけでも問題ですが、さらに厄介なのは、それが一時的な者ではなく、年々増加傾向ということです」
長い。長いよ桐生さん! 俺は想定外に始まった彼の語りに頬が引きつる。
彼は一呼吸置いて、表情を引き締めた。
「特に注目すべきなのが、異常種と呼ばれる特異な魔物たちの増加です。ダンジョンの外……ダンジョン近くの地域にも出現するこれらの魔物は通常のダンジョンでは見られないような知性や複雑な攻撃パターンを持っています。その結果、低ランクの探索者だけでなく、高ランクの探索者ですら討伐に苦戦する事例が増え、死亡事故なども増えています」
桐生さんは、周囲の反応を見渡しながら続けていく。
うん、立派な話だ。
でも、ここで話すことではないだろう。それらはもっと真面目な場で話すべきものだと思う。
一応これバラエティー番組に近い形式だからね。
番組スタッフもちょっと焦ってしまっているのが分かる。
ただ、俺は口を挟むつもりはない。
だって、叩かれるし。俺と桐生さんの人気は天と地ほどの差があるからね。
「昨年度だけでも異常種による被害が全国で数千件以上報告されており、そのうち半数以上が市街地にまで影響を及ぼしました。探索者の不足により、監視体制がうまく機能せず、出現の発見が遅れて被害が拡大したケースも少なくありません」
彼の言葉に、観客たちは思わず息を呑んでいる。なんか、涙を流してその話を聞いている人もいるよ。
めっちゃ感動してるじゃん……。
桐生さんってどこいってもこの話をしているので、ファンなら聞き飽きていると思うんだけど。
桐生さんは、ぐっと拳を固め、演説を続ける。
「日本全体の安全が脅かされる危機的状況です。にもかかわらず、現状では探索者の数も質も十分ではない。いくらSランク探索者が活躍しても、それを支える土台が不足していては、十分な対応ができません」
桐生さんは固めた拳を悔しそうに震えさせる。
そしてそれから顔をぐっとあげる。
すげぇ、芝居がかった動きである。俺はそれらを冷めた目で見てしまっていたが、それが少数派なのは観客を見れば明らかだ。
視線をまっすぐ前に向け、力強い声で訴えかける。
「探索者の質と数を増やし、今の体制を強化しなければならないのです! そのためにも、探索者の育成環境を整えることはもちろん、探索者が魅力ある仕事であることを示す必要があります!」
桐生さんはそう言ってからそれまでとは比較にならないほどに大きな声を放つ。
「オレの目標は今以上に活動を行い、この業界を盛り上げ、若い世代に憧れを抱いてもらえるような存在になることです! 探索者と書いて、桐生大樹と読むような存在になりたいと思っています」
それはださいよ! いやだよそんなキラキラネーム! と思ったのは俺だけのようで、凄まじいまでの拍手喝采でスタジオ全体が揺れている。
いやまあ、桐生さんの話は滅茶苦茶聞きやすかったけどさ……。
「いやー……本当に胸に響きますね。こんなに真面目な話になる予定じゃなかったんですけどぉ……次行きましょうか! えーと……次は神崎さん、いかがですか?」
司会が少しだけツッコミを入れると会場から少し笑い声が漏れる。
神崎は少し冷めた表情で、席から立ち上がった。
「抱負といいますを私生活を楽しんでいきたいですね」
「なるほど! うん、このくらいがいいですね! 探索者の活動はどうでしょうか?」
「探索者は好きでやっているわけではありません。勝手にSランク探索者にさせられただけですから」
冷たく神崎は言い放つ。いやまあ……彼女のその気持ちも分からないではない。
だって魔力量が高い人は、探索者以外の職業選択の自由がないからね。
国が強制でSランク探索者にしてきて、もしも断るようなことがあれば滅茶苦茶叩かれるだろう。
実際、過去に嫌がった子がいたらしいが、力あるものとしてその責務を果たせと散々に叩かれ、家族含めてバッシングされていた。
……だから、探索者をやりたくない人からしたら最悪な時代だよな、今って。
その雰囲気を見て、桐生さんが軽く笑顔を浮かべ、場を和ませようとする。
「凛ちゃん。そういう態度はよくないと思うよ。Sランク探索者として皆の手本にならないと」
「名前で呼ばないでください」
「別にいいだろう、仲間なのだから」
神崎はさらに何かを言おうとしたが、やめた。
……うん、その方がいいと思う。日本全国を見ても、桐生さんのファンって圧倒的に多い。
特に厄介な女性ファンが多いので、彼を否定するとネットで炎上しまくる。
以前、桐生さんと共演したアイドルが一緒に撮影した画像をネットであげたら、大炎上して活動休止まで追い込まれていたからな……。
今だって、会場にいる女性ファンたちが神崎に対して怒りをむき出しにしているのが伝わってくるもん。
若干、会場の空気がピリつきだしたのを察してか、司会は慌てたように声をあげる。
「ま、まあ! 内容はともかくとして、神崎さんくらいの感じを期待していたんですよー! まだ学生ですからね! 学校生活も頑張ってくださいね!」
司会が無理やり明るく振る舞い、空気を変えようとする。
「それでは最後! オチ担当くん、お願いします!」
わざわざ言うんじゃねぇよ!
ていうか、カンペさんも、なに巻でお願いしますとか書いてんだクソ!
「どうぞ一言で!」
俺をいいように使いやがって!
悩みながらも、俺は短く一言伝える。
「……地元のダンジョンをそろそろ攻略したいと思います」
シーン。
おいこら、拍手しろや。
俺がそちらを睨みつけていたが、観客たちからは冷めた視線が向けられる。
……どうせ、俺は嫌われ者ですよーだ。表情にこそ出さないが、いじけていると。
桐生さんが眉を寄せ、口を開いた。
「まだ、遊んでいたのか?」
「あ?」
俺は桐生さんからの挑発に思わず苛立って答える。
会場からの視線が鋭くなったが、そんなことは知らん。
「地元のダンジョン……キミはいつまで潜っているつもりなんだい? 天草くん」
「あれ? 桐生さん名前で呼んでくれないんですか?」
「君は仲間じゃないからね」
イライラ。俺はこの人が嫌いだ。
人に探索者としての自覚とか矜持とかそういうのを求めてくるからだ。
俺だって頑張っているんだ。余計なお世話だ。
「だから、うちのダンジョンは異常な難易度だって何度も言っているじゃないですか」
「協会が否定していたじゃないか。嘘をつくんじゃないよ」
「……協会が適当なんですよ。そんなに言うなら一週間くらい滞在してみてくださいよ」
「キミの担当だろう? 何もできないからって人に押し付けないでほしいな」
「だから……」
イラっとしたけど、俺はそれ以上言っても仕方ないと思えた。
この人はこういう人だからな。
このままだと無駄に時間ばかりがすぎるので、俺は司会に視線を向ける。
司会も察してくれたようで、すぐに声をあげる。
「はいはい、そこまで! 天草くんもまだ学生ですからね! 色々と大変なんでしょう! 今年の天草くんは少し違うってこと、皆に見せてあげましょうね! それじゃあ、次は皆さんで近くの神社にお参りに行きましょうか!」
……まあ、もうあまり時間に余裕はないからね。桐生さんがまだ何か言いたそうだったけど、一応察してはくれたようで席を立つ。
会場の人たちからは凄まじいくらいの怒りを感じる。
あー、これはまた俺が炎上すんだろうなぁ。
とはいえ、何も知らないくせに好き勝手言ってんじゃねぇという気分なのだ。
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