第10話 朔見屋敷 8
甕の中に入っていたのは、生後まだ間もないと思われる赤子の骨と、霊玉だった。霊玉は、血糊や土がべったりとついた状態で、穢れそのものは浄化されたはずだが、清浄とは言い難い。もっともそれは見た目の問題だ。
解析で見えたものとあわせて推測するに、
緑安寺で河静が聞いてきた話によれば、この屋敷は当時、飛ぶ鳥を落とす勢いであった藍川家が建てたものだったが、当主が病で亡くなった後、いつの間にか売りに出されていたらしい。その後は持ち主が次々と変わり、今に至っている。
調査が終わり、河静は陰陽寮に戻ることになった。見つかった甕をはじめ呪具や霊玉は回収となり、そちらも持って帰るため、荷車に荷物を載せる。
泰時は荷物の警備を兼ね、河静と同行することになった。杏珠はさすがに留守番である。
そもそも皇女は宮廷から出るようなことはほぼなかった。当たり前と言えば当たり前だ。
「とりあえず、こちらは陰陽寮に持ち帰り、さらなる調査を続けたいと思いますが……一つ気になることがございます。杏珠さまを呪った
「この屋敷にかかわりがあるのでしょうか?」
泰時が指示を出している間、河静に念を押された杏珠は、思わず聞き返す。二つの呪詛の共通項は、この屋敷しかない。
「さて。それは今後の調査次第です。緑安寺のほうで
「まるで、私が何かするかのように言うのはやめてください」
杏珠は思わず口を尖らせた。
「杏珠さま」
馬を引いてやってきた泰時は、部下を一人、杏珠の前に連れてきた。
「こちらのイズナを杏珠さまの護衛に残していきます。ですが、くれぐれも無茶をなさらず、できうる限り、屋敷にいてください」
「ええと。私、迷惑をおかけするつもりはないのですけれど」
河静はともかく、泰時にまで杏珠が何かしでかすかのように思われているようで、杏珠としてはどうにも複雑になる。
「あなたが何をなさったからとて、とがめるつもりはありません。ですが、私を陥れようとする人間がいると思われます。昨日の今日で何か仕掛けてくる可能性はあまりないとは思いますが、くれぐれもお気を付けください」
心配で仕方がないという顔で訴えられると、杏珠はなにかむずむずとした。自分は自分の身を守れると言うべきか、それとも素直に頷くべきなのか。
「ありがとう」
結局何が正解かわからず、杏珠は礼を述べるにとどめる。
おそらく昨日のこともあり、杏珠が自分の身をある程度守れることを泰時は知っている。それでもなお、心配してくれているということだ。
「それでは気を付けて。河静兄さまもお疲れさまでした」
杏珠はイズナとともに、二人を見送った。
陰陽寮の敷地に荷物を運び入れると、さすがに河静は安堵したようだった。
泰時は河静に誘われ、濡れ縁に座り、茶を口にする。ここまで荷車を引いてきた人足たちも、座って休息をしている。
「随分と警戒していたが、取り戻すために襲撃がある可能性があったということか?」
「霊玉は、砕けなければ力を込め、また使うことが出来ますし、また呪詛の力がなじんだものは、力がなじみやすい。襲撃されてもふしぎはありません。あくまで呪術を使う人間にしか価値はないものですけれど」
河静は苦笑する。
「本当はすぐにでも燃やしてしまいたいのですが、規則もありますのでそういうわけにも参りませんね」
「そうか」
呪物については、十分な調査を終えたのち、年に二回の祓の日に合わせて始末されることになっている。
「河静どの、杏珠さまはまた狙われると思うか?」
「辰野さまにようやくできた
「つまり武力でくるということか?」
「その可能性は高いかと」
河静は頷く。
「特に辰野さまが遠征に行くとなれば、どうしたって警護があまくなります。宮殿に戻ることはかなわない。その間、山科の家で保護をするといっても、山科の家にはそれほど力はない……」
大貴族であれば、私兵を雇っていることも多いが、山科家はそこまでの財力はないし、むしろ物理的な力を得れば、危険視されて反感を買いかねない。
「連れて行かれることをおすすめいたします」
「連れて? 正気か?」
降嫁したとはいえ、元皇女を戦いの場に連れて行けと河静は言うのだ。
「杏珠さまは、男装することにも外を走り回ることにも抵抗はそれほどないでしょう。確か馬にも乗れます。さすがに早駆けは無理でしょうけれど。武術は使えませんが、式がいます」
「その方が目は届くから安心ではあるが……」
今の泰時なら、杏珠の傍に置くべき人間も将軍の裁量で選べる。それに随行させるとしても、一緒に最前線に連れて行く必要はないのだ。
もちろん屋敷の警備を厳重にするほうが安全なはずなのだが、万が一にでも人質にとられたり、杏珠を傷つけられるようなことがあってはいけない。
「あとは、呪術の標的が変わることもあります。そうなれば、杏珠さまは辰野さまの大きなお力になりましょう。それから気になることがございます」
河静は声を潜めた。
「二つの呪詛にかかわりがある香り……どこかで嗅いだことのある術にございました。かなり力のある呪術者でありましょう」
「……そうか」
呪詛を行った当人が全くの別人で、時期も全く違うことから、たとえ同じ人間が関与していたところで『偶然』なのかもしれない。だがもし、『必然』だったとするなら、朔見屋敷が原因の可能性もある。
「荷解きしたばかりだが引っ越しするべきなのか……」
泰時は呟く。杏珠にいたっては、まだ荷物を解いてすらいない。
そもそも、引っ越しといっても、当てがないのだ。
「つくづく、自分の社交性のなさが不甲斐ない」
親類縁者にそっぽをむかれ、貴族に親しくしている者もいないから、伝手などなにもない。
「私の知る限り、辰野さまほど人望のある方はいないのですけれど、不思議ですねえ」
「そんなふうに
泰時は苦笑して、茶を飲みほした。
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