第2話

 目を醒ますと家の自室だった。


「は?」


 起き上がり、少しぼーっとしたのち「はっ」とする。

 慌てて枕元に置いてあるであろうデジタルの時計を見て今日が何時なのかを確認する。

 ……そこには7月1日5時58分という数字が表示されていて、それは即ち現在は俺が散々経験してきた時間の輪廻の外である事を示していた。

 俺は6月をずっとぐるぐると彷徨い続けて来た。

 7月に到達したという事はつまりそう言う事であるが、しかしどうしてそれに至ったのかが見当も付かない。

 いや、正確に言うのならば俺は散々タイムリープを抜け出そうとして、彼女達を救い出そうとしてきて、その対策を練りに練りまくって来た。

 そのことごとくを失敗してきたが、遂に最後の策が成功し、時間の輪廻から抜け出せたという事なのかもしれないが、如何せん実感が湧かない。

 そもそも、タイムリープする世界にい続けたせいで、これからどのように過ごせば良いか分からない。

 

「……あ」


 ぱたん、と。

 不意に扉が開いて、顔を覗かせたのは――義妹の高田ゆかり。

 彼女は俺を見るなり「おはよう、お兄ちゃん」と柔和な笑顔を見せてくる。


「起きてたのね、お兄ちゃん。まだ5時――いや、6時だしまだ起きなくても良いのに」

「あ、ああ……いや、起きるよ」

「身体、大丈夫? どこか倦怠感とか異常を感じたら早く言って。私が出来る限りの事をするから」

「いや、大丈夫だけど」


 どこか違和感を感じつつも俺はベッドから起き上がる。

 さて、新しい月に食べる朝食だ。

 はてさてどんな美味しいご飯なんだろうと思いながら俺は先に部屋を出たゆかりの背中を追ってダイニングへと向かった。

 ……それこそ今はまだ6時だが父親は既に仕事に向かったようで家には既に俺とゆかりしかいないようだ。

 ダイニングの席に座り、そして「おや?」と首を傾げる。

 用意された朝食が何だか豪華な気がする……いや、気のせいではなさそうだ。

 少なくとも朝食に厚めのベーコンと目玉焼きが挟まったサンドウィッチなんて並んだ事は一度もないし、飲み物の湯気を立てているコーンスープにもクルトンがたっぷりと浮かんでいる。

 ループを繰り返していたからとかは関係なしに、この朝食は今までと比べても数倍豪華である。

 なにか、ゆかりにとって特別な事でもあったのだろうか?

 いや、俺にとってみればタイムリープを抜け出せて初めて経験する一日目の朝なので特別ではあるのだが。


「なあ、ゆかり? このサンドウィッチとかだけど――」

「エッグベネディクト」

「え?」

「エッグベネディクト。美味しそうでしょ?」

「……サンドウィッチじゃないのか」

「まあ似たようなものだとは思うわ。名称に関して特別気にしている訳でもないし、お兄ちゃんがそう呼びたいならそう呼んで貰って構わないわ」

「いや、そっちの方がオシャレだし、エッグベネディクトで良いよ……そうか、エッグベネディクト」


 しかし、結局どうしてこんな凝ったものを作ったのかに関してははぐらかされてしまったような感じだった。

 それでもとりあえず朝食を食べ始めようと思い、用意されていたナイフでそのエッグベネディクトを切り分け、口に含む。

 うむ、美味しいな……

 見た目通りの濃い味付けだけど、それが俺の中に微かに残っていた睡魔を遠くへと吹き飛ばしてくれた。


「美味しいな」

「お兄ちゃんには美味しいご飯を食べて欲しかったから」

「そっか、ありがとうな」

「……お兄ちゃんは私の大好きな人だから」


「え?」と思わず反射的に口にしてしまうよりも前に、前の席に座ったゆかりが「お兄ちゃんは」と続ける。


「多分、当然の事をしたと思っているのかもしれないけど、私達はお兄ちゃんの「当たり前」に心を救われたの――お兄ちゃんの事を好きになったのはあくまでオマケで、ただ私達はお兄ちゃんに感謝の気持ちを伝えたいだけなのよ」

「い、や……俺、ゆかりに何か特別な事をした覚えは」

「私達の命を、何度も救ってくれたでしょ?」

「……っ」


 いや、それは。

 正しくはあるけど。

 

 タイムリープの間の事を覚えていたのは俺だけだった筈。

 ……それから抜け出した事により、何かしら異常が発生したのか?

 

「なあ、ゆかり――」

「さあお兄ちゃん、今日はとても良い日よ!」


 俺の言葉を遮り、彼女は満面の笑顔を浮かべた。


「今日という素晴らしい一日を、精一杯生きていきましょっ」



  ◼️



 俺と義妹のゆかりはいつも一緒に登校をしていた。

 少なくとも昔からそうだった、筈である。

 ……タイムリープが長過ぎて、過去にどうやって登校していたのかすっかり忘れてしまったが、少なくとも6月の間はずっと一緒に登校していた。

 そしてもう一人、お隣に住んでいる幼馴染の草木まこととも一緒に登校をしていた。

 彼女との付き合いが長い事は覚えている。

 なんだかんだで小学校、中学校と一緒だった。

 そしてなんだかんだ高等学校でも一緒で、その上クラスもずっと同じだった。

 こういうのってなんだかんだ同じ人が揃わないようにしそうなのだが、違うのだろうか?

 

 ……しかし、家を出てみるといつもいた筈のまことの姿はそこになく、代わりにそこにいたのはまさかの後輩の今井なこだった。

 今井なこ?

 彼女が登校前にこの家にやって来る事は今までなかった――いや、タイムリープ中に何度か来ていた事はあったが、それは彼女とかなり親密になってからだった。

 彼女は誰にも愛想が良い人物であるが、それでもしっかりと人との距離感を弁えている人物でもある。

 だからこうやって相手に何も言わずに人を訪ねてくると言う事は、何というか彼女らしからぬ行動だった。

 

 首を傾げる俺に対し、彼女はぱっと表情を輝かせて「おはようございますっ、先輩!」と元気よく挨拶をして来る。


「今日も良い天気ですねっ!」

「あ、ああ。そういうなこは元気いっぱいだな」

「はなまるこちゃんです、先輩――えへへ、先輩的にこういう私の方が大好き、ですよね?」


 確かに彼女が元気一杯にしていると、見ていてとても元気を貰える。

 ぱっとひまわりのような笑顔がとても印象的な彼女が涙を流す姿なんて見たくないし、そうでなくても彼女は笑顔でいる方が可愛らしい。


「うふふ~、私は先輩のカワイイカワイイ後輩ですから!」


 そんな風に身体を揺らす彼女に対し、俺に続いて家を出て来たゆかりが少し羨ましそうに見ている。


「本当に、なんていうか凄いわね」

「ゆーちゃん、おっはー」

「……おっはー」

「ん! それじゃあ、学校に行きましょっか!」


 と、元気よく大手を振ってこの場から立ち去ろうとする彼女に俺は「ちょっと待て」と声を掛ける。


「その前に、まことを待たないと。あいつ、珍しく寝坊をしたのかな」

「ああ、まこと先輩は先に学校に行ったみたいですよ?」

「え、そうなのか?」

「はい。私とすれ違って、その時に「侑くんと仲良く登校してね?」って言ってきましたから」


「侑くんと仲良く登校してね?」のところはやたら上手い声真似だった。

 俺はそれを聞いて「そうかー」と返しつつもやはり違和感を拭えなかった。

 ……6月以前の事はやはり上手く思い出せないけど、それでも彼女とはずっと一緒に登校していた筈だ。

 それが急に、どうして一人で学校に向かったのだろう?

 何か、あったのだろうか?


「ま、きっとまこと先輩にもやる事があるって事ですよ先輩」

「そうかなぁ……」

「……というか、そういうのは歩きながら考えるべきよお兄ちゃん。遅刻しちゃうから、早く登校しましょう?」

「うーん」


 曖昧に頷きつつ、俺は二人と一緒に学校へと向かい始める。

 

 やっぱり何というか、違和感がある。



 新しく迎える事となった7月。

 一体何が起きているというのだろうか……?

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