ノンフィクション
古橋レオン
ノンフィクション
私はミステリー作家。
自分で言うのは少し気が引けるが、結構人気のミステリー作家だ。
警察や探偵を欺き、最後まで逃げ切る犯人を、犯人自身の目線から描いた物語が人気を博している。要は完全犯罪モノ専業の作家というわけだ。
こういう小説をいくつか書き上げ、出版できてきたのは、単に私の運が良かったからなのだが、多くの皆様から、捜査技術の発展した現代では滅多に発生しない完全犯罪を、ノンフィクション並みのリアリティーをもって描いている、といったようなありがたい評価を頂くことが多い。作家として、厳密な取材のもとに確立した自らの作風をこうして称賛して頂くこと以上に光栄なことはない。
机上の電話が鳴った。受話器を持ち上げ、耳に当てると、最寄りの警察署からだった。
「もしもし、先生、お元気ですか」
「おお、君か。私は元気にしているよ。君も元気そうで何よりだ。それで今日は?」
「いえ、先生が三年前に取材にいらっしゃったあの殺人事件をベースにした長編を書き終えられたと聞ききまして、そろそろネタを仕入れたい頃なのではないかと思い、勝手ながら連絡を差し上げた次第です」
期待と緊張に胸が高鳴る。
「ほう、さては何か面白い事件が起きたのだな?」
「我々としてはちっとも面白くありませんがね、今日未明に路上に惨殺死体があると通報がありまして、すぐに現場に駆けつけ丸一日捜査したのですが、犯人に繋がるような証拠が一切見つからなかったもので... 悔しいですが、あと一週間かけても、一月かけても、一年かけても状況はかわらないでしょう。周囲に防犯カメラもありませんでしたし、これは用意周到な何者かが、精密に一から十まで計算計画し尽くした、完全犯罪としか言いようがありません」
この一言に自然と口角が引き上がる。この感覚は、いつも極上だ。
「なるほどな... いやはや、君は察しが良くて助かるよ。君の言う通り、今丁度次の長編のためのネタ探しに手を焼いていてね、昨日も徹夜でネタ探しをしていたぐらいだ。この後そちらを伺っても?」
「もちろんです」
「ではそうさせてもらうよ。取材は電話越しにするもんじゃあないからな」
私は電話を切ると、意気揚々と署へ向かった。
数時間後、警察署でのとても有意義な取材を終えた私は帰路についた。
「よし... これで今回のもネタにできるわけだ」
そう言って、私はニヤリとほくそ笑んだ。
別に街中でこんなふうに不敵な笑みを浮かべているのがどれほど怪しいことか承知していない訳では無い。だが、心の底から湧き上がってくるのだ、今回の事件もネタできるという喜びが、次の長編も無事に出版できるという喜びが、そして何よりも、今回も皆を出し抜き完全犯罪を実行できたという、抗いがたい喜びが。
私の犯人目線の作品はノンフィクション並みなのではなく、長編小説の皮を被った犯行声明、つまり最高純度のノンフィクションなのだ。
ノンフィクション 古橋レオン @ACE008-N
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