第9話 巨大猪

タケルとエリザは、音のした方へと向かう。すでに土煙があがっており、さらなる破壊音のあと土煙が続けて上がる。そして、目隠しになっていた家を破壊して巨大な猪が現れる。そのまま、ホームセンターの広い駐車場を車を弾き飛ばしながら突進している。


「うわっ、巨大猪だ! あれも魔物なの?」


「魔力視で見なさいよ。どう見ても普通の動物よ」


「いや、どう見ても普通に見えないんだけど……。けど、本当だ。魔力は纏ってないね」


つまり、物理的に車を弾き飛ばす力と、家にぶつかっても無傷なだけの防御力がある。今は車を敵だと思っているのか、ひたすら車を横転させている。


「こっちの世界では猪って言うのね。そういえば、あれの肉は美味しいらしいわよ。私は食べた事無いけど、そう言っていた人がいるって事を聞いたわ」


「なんて曖昧な情報を……。こっちでもジビエ料理があるから、食べられると思うけど。その前に、あんなの倒せるの?」


「練習にちょうどいいし、タケルが倒してみればいいじゃない。魔力をまとってないから、ある程度の魔法を当てれば倒せるわよきっと」


「えー!? いきなりの実戦はきつくない?」


「何言ってるのよ。魔物相手だともっと大変よ。ほら、的も大きいしやってみなさい」


エリザに背中を押され、巨大猪の方へと向かわされる。猪は、車から漏れ出たガソリンを沼田場にちょうどいいと思ったのか、体に塗り始めた。


「えっと、魔法はイメージが重要で、どんな形になるかをイメージするには、魔法名をつけるほうがいいって言ってたよね。ボール、ランスみたいにイメージの簡単なものを……」


タケルは、目をつぶってエリザに教えてもらっていたことをぶつぶつと口に出して復習する。


「よし、やるぞ! ファイア・ランス!」


タケルは、硬そうな猪の毛皮を貫くイメージで槍の形にする。照準は杖を向けることによって方角を決めているので、あとは真っすぐに飛ばすだけだ。そして、炎の槍はごろごろと転がっている猪に着弾する。すると、すぐに猪の体にしみこんだガソリンと辺り一面の車を巻き込んで爆発する。数百メートルに響く轟音と共に真っ黒な煙が立ち昇る。


「すごいじゃない。これだけ威力がある魔法を使えるなら、魔物相手でも十分戦えるわ」


「いや、どう見ても僕の魔法だけの威力じゃないよ! きっと、ガソリンに引火したんだ」


タケルの中では、車イコールガソリンで爆発しやすいものというイメージがある。実際にはそうそう引火しないが、今回は猪が体当たりしてガソリンが漏れ出したものが多かったため爆発につながった。


「ブモォォォ!」


猪は、地面に体をこすりつけて火を消そうとするが、地面にはまだガソリンがあるうえに体についたガソリンはその程度では落とす事が出来ない。そして、火のダメージ自体は巨大な体を焼き殺すことは出来なかったが、ガソリンが酸素を消費したために猪は窒息死した。


消防車なんかが来る前に、猪を回収するためにエリザは近づく。


「……なんか臭いわ。少なくとも、私は食べたいと思う匂いじゃ無いわね」


「やっぱり、ガソリンの臭いだ。これだけまとわりついてたら、食べられないよ」


「そう、残念ね。それならもういらないわ。帰りましょう」


エリザは、すでに猪に興味を無くし、タケルの家に帰ろうときびすをかえしたところで、ふと思い出す。


「そういえば、タケルの両親や友達と連絡を取らなくていいの?」


「大学に友達は居ないし、いままで居た友達は大学に入ってからほとんど連絡を取ってないかな。両親は……喧嘩同然に家を出たから連絡しづらいし。実際、向こうからも僕に連絡してきてないしね」


昨日は全国的に情報を得るためにネットを調べる人や、連絡を取るために電話をかけるひとが山ほど居たため通信環境は悪かった。今日も通信環境は悪いが、昨日ほどでは無い。ただ、いつこの環境が変わるか分からないため、連絡を取るなら取れるうちに取った方がいい。


「両親は、どこに住んでるの?」


「北陸っていっても分からないよね。とにかく、ここから数百キロは離れた場所だよ」


「思ったよりも近いのね。飛んでいけばすぐじゃない」


「僕たちはそんなすぐには行けないよ。電車は止まってるし、飛行機も運休してるみたいだし。車は無いしね」


「そう。ま、どうしても会いたかったら私が連れていってあげるわ」


「その時はよろしく」


エリザは、そのうち会えると思っていた人が、2度と会えないこともあると分かっているため、そうタケルにアドバイスするのだった。

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