第8話 準備

「ふぁーあ、眠い。結局、エリザに付き合ってほとんど寝てないや」


「何よ、それくらい。この世界の人間は、徹夜くらいなんでも無いんじゃないの? 青年は言っていたわ、集中すれば3徹くらいいけるって」


「そりゃあ、やろうと思えば出来るかもしれないけど、それをやると最後には死んだように寝ることになるんだよ。それよりも、エリザは眠くないの?」


「私? 私は全然平気よ。夜型の魔物だし。魔力があれば、寝る必要は無いくらいなんだけど、暇なら寝るわ。だってやることが無いなら起きている意味も無いもの」


「へー、便利な体だね。ふぁーあ」


タケルは、いつもの癖でテレビをつける。そこでは、昨日の間に起きた出来事が繰り返し放送されていた。朗報としては、一部の攻撃的な動物や魔物を自衛隊が退治できた事。悲報としては、一部の大型の魔物は退治できなくて、避難するしか無い事。幸い、ライフラインは今のところ止まっていないので、水、電気、ガスは使える。


「でも、いつライフラインが止まるか分からないんじゃ、冷蔵庫の中身も心配かな」


「それなら、自動で冷やす魔道具を作ればいいかもしれないわね。今は材料が無いから無理だけど」


「そんなのも作れるんだ? よし、出来るだけ現金を持っておいた方がいいかな。先にATMへ向かおう」


タケルは、ATM等も止まる事を考えてコンビニにお金をおろしに行く。ただ、このまま混乱が続けば貨幣の価値がどうなるかは分からないが、直近の旅道具を揃えたりするには、まだお金が使える今しかない。


「次は、ホームセンターとかでキャンプ関連の道具を買い揃えないと。こういう時に、アイテムボックスがあればいいんだけど」


「青年が言っていた容量が無限に入るうえに、重量も無くなるっていうやつ? ゲームでは持ち運びの関係上、必須だけど、現実にはあり得ないわよねー」


「あはは、まあね。けど、そう言うのが無いと車で運ぶしかないかなぁ。親が、就職に有利だから取れって言うから、車の免許は持ってるけど、車は持ってないんだよね。さすがに、僕の今の貯金じゃ車は買えないし」


「車なんて要らないわよ、私が運んであげるわ。それに、アイテムボックスは無いけどマジックバックはあるわよ?」


「マジックバックはあるの!?」


「ええ。当然、容量には制限があるし、重量軽減には魔力が必要だから、この世界の人間には使えないだろうけど。あと、魔力が常に必要だから今はあんまり使いたくは無いわね」


「それならやっぱり、小さなものは自分で運ぶことにするよ。どうしても、場所をとるものだけエリザにお願いしてもいいかな?」


「OKよ」


タケルとエリザは、ホームセンターへいってキャンプ道具一式を購入する。数万円かかるが、これから野宿する可能性を考えると、買っておいて損はしないはずだ。


「テントや調理道具、寝袋なんかはエリザに頼めるかな? たためるコップや小道具なんかは僕のリュックへ入れるよ」


「任せて」


そう言うと、エリザは服の内側にしまってあったマジックバックを取り出す。


「へぇ、それがマジックバック? 財布みたいだね」


「マジックバックに決まった形は無いもの。それなら、できるだけコンパクトにしておいた方が良いでしょ? ま、あんまり小さいのは無理だから、これくらいが限度だけれどね」


エリザは、マジックバックに買った物を入れて行く。当然、他人に見られない場所で。こういう異常事態でも、案外と人は普通に行動するらしい。このあたりに被害が無いから、やはり他人事なのだろう。


「それにしても、入口よりも大きなものが吸い込まれる様は本当に不思議だね」


「魔力で圧縮しているだけよ。重さも、軽減してるだけでなくなるわけじゃ無いし。試しに、持ってみる?」


エリザは、タケルにマジックバックを渡す。軽々と渡されたそれを、タケルが受け取る。


「重っ! それでも、あれだけ入れてこれくらいの重さなのはやっぱり不思議だけど」


「今は魔力をケチってるから、ある程度重いわよ。本気で魔力を込めれば、ずっと軽くなるけど、今はその必要は無いし」


エリザは、タケルからひょいとマジックバックを拾い上げると、服の内側に仕舞う。エリザの力なら、そのぐらいの重さなら無いのと一緒だった。


「キャーッ」


女性の悲鳴と共に、近くの住宅が破壊される音が響く。どうやら、このあたりまで異界の生物が来たようだった。

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