第17話 手加減の無い未来

 粗末な墓石の前に跪き手を合わせる。


 キリーク……なにあっさり死んでるんだよ……マネッチアさんまで……

カルミアちゃんを残して……


 実感が全くない。そりゃそうだ、つい昨日話をした友人たちが10年前に死んだと聞かされてもな……それでも……やるせない気持ちが浮かんでくる。


 カルミアさんの話を思い返す。


「あれはキムラがイータバレスへ向かってから、3年……いや5年くらい経ってからだったか、突然世界がうっすらと瘴気に包まれて、草木はもちろん土地までが腐り始めたんだ。

それと同時に瘴気を吸い込んだ者たちも、身体が内部からじわじわと腐り始める奇病が流行り始めた。


 その奇病を治すには治癒魔法も効果が無くて、万能薬しか方法が無かった。

瘴気に強い薬草は枯れる事無く、収穫量は下がったけど、なんとか育っていた。

薬草の値が高騰し、ヒト族がこの集落周辺に殺到したんだ。


アタイらが管理はしていたが、別に独占するつもりは全くなかったのに……

採取場は荒らされ、薬草は採り尽くされた。

そうなると後はもう奪い合いだった。オーレグの街が壊滅したのもこの頃だったよ。

アタイらの集落も――――」


 ここまで聞いて、我慢できずに口を挟んでしまう。


「おっさん、冒険者の組合長は?それから南の魔女はどうなった?」


「あぁサンザシのおじさんか……死んだよ。騒乱の中、女の子を守ってあっさり死んだってお父ちゃんが言ってた……その時のおじさん、結構病が進行していたらしくて……


 南の魔女様の事は知らないなぁ……結界のせいで近づけないって話は聞いた気がするけど……ひょっとしたらまだ生きているのかも……ごめん、分からないわ」


 おっさん……婆ちゃんも……なんだこの鬱展開は……

絶対に元の時間軸に戻ってこの流れを阻止してやる……絶対に……


話の腰を折ったので、ごめんと謝り続きを促す。

大事な話だ。しっかり聞いておかなければ……


「それで、アタイらの集落もかなりの被害が出てね……お母ちゃんもその時に……

集落の人数も三分の一位に減ってしまった……

もう無茶苦茶だったよ……だけどその時はまだ希望があったんだ。


 アタイらは薬草の苗を秘密の場所で栽培していたんだ。

それをこっそりと……大事に大事に育てていたのに……


 南東の山を根城にしている盗賊団を知っているかい?黒鉄団って名乗ってたクソ野郎共さ。

あいつらが……苗の栽培していた場所を嗅ぎ付けやがって……

あの時の攻防は酷かったよ……住人も殆ど殺されて……アタイも腕を……お父ちゃんもその時に死んじまった……10年前の話さ……」




 キリークとマネッチアさんの墓石の前から立ち上がる。


「ありがとう、キムラ。お父ちゃんもお母ちゃんも喜んでると思うよ……」


 喜んでる訳ないだろ、こんな事になって……


「盗賊団はどうなったんだ?」


「あぁ、お父ちゃんが全滅させたよ。その時に負った傷で死んじまったけど……

アタイの腕を切り落とした奴は特に念入りに斬り刻んでたよ。そういえばカメムシ野郎って呼んでたな……カメムシ?」


 カメムシ野郎!アイツ捕まってなかったのか!盗賊団に身を寄せていたのか……


「カルミアさん、これ使ってくれ」


 ルピナス印のポーションを渡す。


「ポーション?何これ、凄く綺麗……貴重な品じゃないのかい?」


 良いから飲めと促す。

カルミアさんの全身が薄く光った後、その光が失った左腕に集まる。


「う……腕が!腕が戻った!戻った!凄い!凄い!」


 カルミアさんが初めて笑顔を見せた。あぁ……カルミアちゃんだ。


 俺に抱き着いて、お礼を言いながらはしゃぐカルミアちゃんをなんとか諫める。


「そのポーションはルピナスから貰った奴だからな。死に掛けてた俺も完治したんだ。

欠損も治るんじゃないか?って思ってたけど、凄い効き目だな……

在庫は有るから、20本位やるよ。大事に使え」


 驚愕の表情を浮かべるカルミアさん。


「ルピナス様の!?いいのか?キムラが持ってた方が――――」


 良いから、と押し付けてカルミアのカバンに無理やり入れる。

あ……このカバン、キリークが使ってたやつだ……容量が拡張されてるやつだったな。

それならここで渡すか。


「それからこれ。10袋有る。全部……あ、いや、9袋やるよ」


 昨日アホみたいに採取した薬草を保管袋ごと渡す。


「こ……これ……信じられない……こんなに沢山……こんなに瑞々しい薬草、久しぶりに見た……これだけ有れば……」


 ボロボロと涙を零すカルミアさん。とりあえず頭を撫でて落ち着くのを待つ。


「それらの使い道はカルミアさんに任せ――――」


「キムラも!キムラも一緒に行かないかい?この地はもうダメだ……これだけ薬草があっても多分……西に移住しようって話が出てるんだ!アンタが来てくれたらアタイ……」


 まぁ……そう言われそうだと思っていた。姐御って呼ばれていたし、彼女がリーダー格なんだろう。限界なんだろうな……だけど……


「俺は元の時間に戻らないといけない。戻って瘴気の元を断つよ。まぁその前に色々やっておきたいこともあるが……だから、ごめん。一緒には行けない」


 しょんぼりしたカルミアさんを見るのは辛い。


「そっか……」


 カルミアさんをそっと抱き寄せ頭を撫でる。


「もう少し……頑張れ」


 コクンとカルミアちゃんは頷いた。


「そ、そうだ!過去に戻った時にこの話を信じて貰える様に証拠が欲しいんだ。

悪いんだけど、キリークの形見を分けて貰えないか?

一目でキリークの物だって分かる物が理想なんだが……」


 俺から離れて考え込む


「アタシの御神刀はどう?これ、お父ちゃんの手作りなんだ。

アタシらの種族は父親が子供が生まれた時に御神刀を手作りして渡すんだよ」


 この世に1本の手作りの御神刀を俺が持っていたら、確かに信じて貰えるだろうが……


「御神刀なら持ってないとダメじゃん」


「いいんだ。アタイはお父ちゃんの御神刀を使っているから」


 そう言って俺に木彫りの鞘に納められた小振りのナイフを押し付けた。

幾何学模様が複雑に彫り込まれている。アイツ器用だなぁ……

この逸品を受け取って良いか迷ったが、本人が良いって言っているし……


「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」


 嬉しそうに笑うカルミアさん。


「それで、キムラはこれからどうするんだ?すぐに昔に戻るのか?」


「いや、ちょっとオーレグに行って来る。街の様子を見ておきたいし、婆ちゃんの安否も確認したい。過去に戻るのはその後だな」


 婆ちゃん?と首を傾げるので、南の魔女ユーコミスは俺の家族だと伝える。

驚くカルミアさんを宥めて、明日には戻ると伝えて一旦別れた。




 街への道中、保存食を齧りながら気持ち速足で歩く。

木々は立ち枯れ、草花も見当たらない。空気は臭いし、地面もネチョネチョしていて歩き難い。

魔物はおろか小動物や虫すらも居ない。


 最悪の世界じゃないか……ルピナス……何をやってるんだ……

それに未来の俺……音信不通だと言っていたが……まさか不様に死んでいるんじゃないだろうな……ホント、何が原因なんだろう……




 オーレグの街に到着した。

破壊され倒れた門を通り過ぎて中に入る。

整然としていた街並みは見る影もなく、火事でもあったのか煤だらけの倒壊した建物ばかりだった。


 中央広場

噴水の周りに花壇があり、憩いの広場となっていたのに……

冒険者組合も倒壊し、瓦礫の山となっている。

アの宿屋も煤だらけの瓦礫になっていた。受付のお嬢ちゃんは無事なんだろうか……


 北区へと足を向け教会を目指す。

ボロボロだった。真っ白で荘厳な建物が煤で真っ黒になり半壊していた。

礼拝堂に足を踏み入れてルピナス像が目に入った瞬間息を呑んだ。


 胸の辺りからぼっきりと折れて破壊されていた。

足元には破片が散らばっており、一目で修復は不可能とわかる。


 おそるおそる神像に触れる。


 ルピナス!……聞こえるか!俺だ!ルピナス!


「おい!ルピナス!どうなってるんだ!おい!居ないのか!そうだ!ポー!ポーチュラカ!おい!ポーも居ないのか!?」


 ダメか……神像が破壊されているからダメなのか、ルピナスに何かあったのか……

この世界の住人は皆ルピナスを崇拝していた。にも拘らず、この神像は意図的に破壊されている様に見える。


 深い溜息を吐く。


「婆ちゃんとこに行くか……」


 踵を返し、南区へと足を進めた。

街に入ってからMEN'S 5に反応が全くない。本当に人っ子一人居ない様だ。

人骨なども全く見当たらず、ゴーストタウンと言うより映画とかの大規模なセットの様な感じがする。


 ノンビリ歩いていると日が暮れそうだな。走るか……

俺は婆ちゃんの館まで走った。



周囲の農地も酷い状態で、ここが畑でしたと説明されてもこの状態だと信じられない。

つい先日まで見ていた光景との違いに泣きたくなってくる。


 世界中がこんな状態になっているのだろうか……

この世界の総人口も相当減っている事だろう。

ルピナスの奴、管理責任とか取らされたんじゃないだろうか……

あいつがこの状況を放置するはずがないからな、あいつの身にも何かあったのかもしれない。


 今ここに居る俺に出来る事は有るだろうか……

俺が情報を持ち帰る事で、オーレグや集落の危機は有る程度対策は出来ると思う。

ルピナスにも伝える事で、あいつなりに何か手を打つだろう。

あとはやはり、瘴気についてだなぁ……カルミアさんは突然瘴気に包まれたと言っていた。

発生源をここに居るうちに特定出来たら良いのだが……


 憂鬱な事ばかり思い浮かび足が重くなるが、歯を食いしばり走り続け、婆ちゃんの館に到着した。


 周囲は荒らされているが、館自体は俺の記憶の通りの姿をしており、婆ちゃんが無事である事が察せられた。


 婆ちゃんならもう少し状況を詳しく把握しているかもしれない。


俺は逸る気持ちを抑えながら扉を開いた。






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