第16話 まだ見ぬ今日が 未知なる明日が
う……あれ?この感じ……
地球で死ぬ数日前から味わっていた体調の悪さを感じて目が覚める。
あーなんか、久しぶりの寝覚めの悪さだ。ルピナスのお蔭で健康になった筈なのに……
身体の不調に戸惑いながら身を起こして、大きく息を吸い込む。
「臭っ!」
屁の残り香の様な不快な空気を胸一杯に吸い込んでしまった。
寝ている間にMEN'S 5が発動したのか?
そう思い、風切丸を構えて東屋から外を窺うと――――
「なんだ……これ……」
周囲の木々は枯れ果てて荒れ放題。不快な空気が充満し、空はどす黒い雲に覆われており、僅かに見える空の色は、汚らしい紫色になっている。
薄暗いので日が昇っているのかも分からない。
鬱蒼とした森の中にポツンと東屋があった、昨日までの光景とあまりに違う。
「どうなってんだ?こりゃ……」
こんな状態で呑気に朝食と洒落込む気にはとてもならず、急いで身支度を整え、この場を離れることにした。
とりあえずキリーク達の集落に行ってみるか……
枯れ木の森を警戒しながら、昨日歩いた道を戻る。
不快な空気をなんとかする為に、纏っていた風魔法をあれこれと工夫していると――――
ブッ!ブッ!ブッ!
数発の放屁音が三方向から響き、うわ!え?なんで!お前!と幾つかの驚きの声が上がる。
「馬鹿!お前ら!ふざけんな!」
別の方向から女性の怒鳴り声がした。
囲まれている様だ。
PASSING WINDを発動し、風切丸を抜き戦闘態勢に入る。
ロックオンサイトを周囲に走らせると8個がヒットする。
8人……賊か?この辺りはキリーク達の縄張りだからゴロツキは居ないはずだが……
こっそり接近する事を諦めたのか、7人が周囲から姿を現す。
「おい!ヒト種のクソ野郎!武器を捨てて大人しくしろ!抵抗すれば殺すぞ! 」
獣人、それも狼獣人達だった。やはり空気が臭いのか口元を布で覆っている。
しかし集落では見た覚えのない奴等だ……
彼らは皆どこかしら怪我をしており、血の滲んだ包帯を身体のあちこちに巻いていた。
「待て待て、お前たちキリークの集落の奴等か?俺は木村、キリークの友人だ。怪しいもんじゃない、コレを見てくれ」
そう言って、以前集落に招待された時に友好の証として貰った、狼の牙で作られた首飾りを見せる。
「キムラだって!?お前!顔を良く見せな!」
姿を隠していた最後の一人。女性が枯れ木の陰から進み出て来る。
左肘から下が無い、隻腕の獣人だ。25歳前後位だろうか。
獣人の美醜はよく判らないが、美人さんだと思う。
その女性が俺の顔を見るなり涙を浮かべる。
「キムラ!ホントにキムラだ!生きてたのか!」
走り寄られ抱き着かれた俺は大混乱中だった。
俺を囲んでいた男達も戸惑いの表情を浮かべている。
誰だ?この美女……
「あー……あの……言い辛いんだけど……その……どちら様?」
美女は泣いていた顔に、更なる悲痛な表情を浮かべる。なんか……すげぇ罪悪感が……
「アタイだよ!カルミアだよ!忘れたのかい!?キリークの娘!カルミアだよ!」
「は?カルミアってカルミアちゃん?キリークの娘の――――」
「だから、そう言ってるだろ!なんだよ!久しぶりだからって酷いじゃないか!」
嫌な予感がしてきた。この蓮っ葉な口調の美女がカルミアちゃんだって?
あのお嬢ちゃんの成長した姿?……ここは……未来?
俺なんかしたか?……いや、まさかあの東屋か?……宿代払ってないから?
嫌な汗がにじみ出てくる。
「一応確認するけど、俺がオークから助けたカルミアちゃん?
薬草の採取の仕方を、ちょっと得意気に教えてくれた、天使の様な可愛い笑顔のカルミアちゃん?」
「て……天使って……いつの話してるんだよ……」
照れた表情を浮かべるカルミアさん。
あぁ、なんか……確かに面影があるな……
「それってどれくらい前の話だっけ?」
「えぇ?あれは……20年ぐらい前じゃなかったっけか……そんな事よりキムラは今まで――――」
20年……20年後の世界か……
周囲を見る。この状況、ルピナスの危惧していた事が発生してるっぽいな……
そうだ!ルピナスだ!教会に行けば彼女と話せるだろう。
カルミアさんも気になるが、先にルピナスと話がしたい。
「あーっと済まない、詳しい話は後でするから、ひとまずオーレグに向かいたいんだが……」
イータバレスへ向かった後、音信不通になっていたらしい俺への文句と、現状を訪ねるカルミアさんの話に割り込んで要望を告げる。
その途端、俺達の動向を見守っていた男達が騒ぎ出す。
「オーレグだと?あんな廃墟に行って何をしようってんだ!お前、仲間がいるのか!?
そいつらに俺達の事を伝えるつもりか!」
こいつやっぱり殺そうぜ、とか口々に物騒な事を話す男たちをカルミアさんが諫めているが、俺には別な事が気になった。
オーレグが廃墟?どうなってんだ……婆ちゃんやおっさん達は無事なのか……
あーもう……直ぐにでも向かいたいが、こいつらから話を聞いた方が早いのは確かだ。
この男たちがヒト種に対して敵意を持っている事も気になるし……
そもそも何でこんなに傷だらけなのか……カルミアさんも古い傷の様だが腕が……
「あーもう!うっさいよアンタら!このキムラはね、アタイの恩人なんだよ。200体近くいたオークロードの集落を、一人で更地にするようなバケモンだよ。アンタらが束になっても勝てやしないよ!
いいから、アタイにまかせな!アンタらは見回りを続けるんだ!ほら、さっさと行くんだよ!」
そりゃないぜ姐御、なんて事を口々に呟きながら、男たちが渋々散って行った。
姐御って呼ばれてるのか……カルミアちゃんはお転婆だったけど、ちょっとイメージが重ならないなぁ。
20年か……彼女だけになったのなら丁度良いな、全部話して全部聞こう。
「それで、キムラ。今まで何をしてたんだよ。
こんな事になってしまったここに、なんで今更戻って――――」
「待ってくれ、まず俺の話を聞いてくれ。カルミアちゃんにとって荒唐無稽で、とても信じられないだろうけど、俺の事を全て話すよ」
そう前置きをして、俺はルピナスに関する事から全て話した。
そして、今の俺は20年前の俺である事を話し、現在起きている出来事に関しては何も知らないので説明して欲しいと伝えた。
「ルピナス様が……キムラが凄い奴だって事は分かったけど、今ここにいるのが20年前のアンタって事が良く分からない。
アンタはアンタだろ?あの時アタイを助けてくれた……今ここに居るのに、なんで色々あった事を知らないのさ?」
むぅ……ルピナス関連の事は直ぐに信じるのに、タイムトラベルに関しては良く分からないのか……時間とかの概念がしっかりしていないと理解出来ないのだろうか……
俺はカルミアちゃんに時間の流れを説明するために、一本の長い線を地面に引いた。
「この線が時の流れを表しているとするだろ?
ここがカルミアちゃんが生まれた時、ここが1歳、ここが5歳。んで、ここが6歳だ。
覚えているだろ?俺と出会った時の事。それがここな?
で、10歳、20歳、それで今は26歳か?今がここだ」
神妙な顔で頷くカルミアさん。
俺は6歳の印に丸を付けて、26歳の印に向けて矢印を伸ばす。
「そして、カルミアちゃんが6歳の時の俺が、こんな感じでいきなり26歳のカルミアさんの前に現れたって事になる。この間の時の流れをすっ飛ばして。
だから、この間の出来事を俺は何も知らないんだ。
なんでこんな事になっているのかは俺にも分からない。いや、まぁなんとなく想像は出来るんだが……多分あの東屋が悪さをしたんだろうな。
拙い説明で申し訳ないが、俺の現状はこんな感じだ。理解出来そう?」
「うーん、まぁ理解は出来たと思う。とても信じられないけど……確かにキムラはあの時のままって事は分かるよ。全然老けてないし……あ、アズマヤってのは何だ?」
東屋ってのは……と、こうこうこんな感じの建物で、と拙い絵心を総動員して地面に描く。
で、部屋の中心にこんな感じの女の子の石像があって……と、身振り手振りで説明をする。
「そんな小屋が、ここからちょっと行った先に在ったんだよ。そこで一晩明かしたのが原因じゃなかろうかと、思っている次第です」
「それって精霊の祠じゃないか!こんな近所に在ったのか!」
驚きの声をカルミアさんが上げる。
この辺りの見回りをしているのに知らなかったのか……精霊の祠か。
ルピナスから頂いた知識には無かった。
「なんだい?その精霊の祠って。有名なの?」
「あー昔からの言い伝えで、別名噓つきの小屋って言われている。
ある男がそこで一晩明かすと、次の日不思議な場所に居たって話だよ。
知っている場所なのに、住んでる人に知り合いは一人も居らず、自分の家にも知らない人が住んでいた。
仕方なく、祠でもう一晩過ごしたら元の場所に戻っていた。っておとぎ話さ。
その後、その話を聞いた別の者が祠の場所に行って同じように一晩過ごしても何も起こらなかった。
だから男は嘘つきだ。嘘つきの小屋だ。
嘘つきは精霊様に連れて行かれるよ。嘘をついちゃいけないよって子供の頃親から聞かされたもんさ」
むぅ……俺の体験した事そのままだな。
だが良い事を聞いた。また一晩過ごせば戻れる可能性が出てきたな。
「ただ、その嘘つきが定期的に現れるんだよ。祠で過ごしたら変な場所に居たって話は昔から結構あったらしい。
さっきのキムラの話を聞いて理解できたよ。男は凄い未来に行ったって事なんだな」
「しかし、そんな有名な祠がこの近所にあるって、なんで知らなかったんだ?結構目立つ建物だったけど」
ふと思った疑問をぶつけてみる。
「あぁ、それがおとぎ話にもなった原因の一つだと思うけど……祠を視える奴と視えない奴がいるって話だよ。
視えない奴は、祠の場所に連れて行ってもらっても視えないらしい。
キムラは視える人なんだね。ホントに精霊様がなんかしてるのかも」
なるほど、遠回しに俺は嘘つきだとディスられてる訳か……
「まぁそんな感じの俺さ。次はそっちが今までの事を話してくれないか?」
とりあえず集落へ向かう事にして、その道すがら、俺は驚愕の話を聞かされた。
「あれはキムラがイータバレスへ向かってから、3年……いや5年くらい経ってからだったか――――
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