第15話 日々是上々

「食い過ぎたな……」


 膨れた腹を擦りながら通い慣れた道を戻る。このあと組合に顔を出して、おっさんに婆ちゃんとのアレコレを報告しなければならない。忘れていたが戦闘訓練も今日の予定だった。


 婆ちゃん楽しそうだったな……口元に笑みが浮かぶ。


 そろそろ昼だね、あたしが作ってやるよ。との事で昼食を振舞って貰った。

張り切ったようで大量の料理が準備され、有無を言わさずに俺が全て平らげる事となった。


 婆ちゃんの手料理は家庭的な品から、レストランで出されそうなちょっとした品まで幅広いラインナップで、どれもこれも美味かった。

絶賛する俺に、調合と料理は似た様なもんだからね、と照れた顔で言っていた。


 食材なんかは近所の農家から定期的に届けて貰っているようで、昨日の配達時に、次は農場の土を持って来るよう依頼したらしい。


 分析して収穫量低下の原因を探ってくれるそうだ。


 ルピナスの為って事より、俺の為に手を尽くしてくれているのだろう。有難い事だ。


 有難いと言えば、アの宿との契約が切れ次第、婆ちゃんの館で世話になることも決定した。


 街の中心まで遠いので迷ったが、訓練がてら走る事にする。

今は腹が重くてノロノロ歩いているが……あぁ、馬だか馬車だかを準備するのも良いな。

乗馬の知識はあるから練習すれば問題なさそうだし。


 どうやって楽をするかに思いを巡らせている間に大広場に到着した。

串屋のおやじと目が合ったが、今は要らんと合図を送る。今はとても食えない。


 組合の扉をくぐるとキリークが待ち構えていた。


「おぉキムラ、来たか。昨日は本当にありがとう。改めて礼を言う。

妻も娘も、そして集落の全員がお前に感謝していた。


 是非礼をしたくてな、お前を待っていたのだ。

何かないか?欲しい物や、俺達に出来る事ならなんでもするぞ?」


 うーん……感謝の言葉で充分なんだけどなぁ。

しかし、事が事だっただけに、キリークは何かしないと落ち着かないだろうし……何か……あ!


「それなら俺に冒険者としての知識を伝授して貰えないかな?

登録したてで、知識も経験もまるで無いんだ。

解体から状況判断、野営や依頼の選び方なんかの初歩から一通りを。


 昨日の事も俺に知識や経験があれば、もっと上手く立ち回れたんじゃないかと思うんだ。どうかな?」


 キリークには予想外の事だったようで、目を見開いた。


「そんな事でいいのか?俺としては全く構わないが……ホントにそれで良いのか?」


 何度も確認してくるキリークに頷く。

今の俺が何より必要なのが知識と経験だ。戦闘訓練や魔法に関しては最高の師が既にいる。

冒険者としての知識をどう得るか困っていた俺には、何より嬉しいお礼となる。


「ふむ……なら暫く共に行動するか。他の連中にも俺から声を掛けておく。今から行くか?」


「あ、今からおっさんに昨日の事での話があるんだよ。明日からなら行けると思う」


 なら明日の朝から共に森にでも行こう、との事となりキリークと別れる。


 美人受付嬢さんに取り計らって貰って、おっさんの執務室に赴く。


「おう……」


 疲れた顔のおっさんが居た。

普段は山賊の親分の様な覇気を纏っているが、今は捕まった山賊の親分の様にしょぼくれた陰気を纏っている。


「あーお疲れさまです。あの出直した方が良い?」


 いいからそこへ座れと、以前と同じソファーを指さすおっさん。


「一応領主への報告は終わったぞ。

取り決めた通り、婆さんの魔道具の仕業って事で決着がついた。

領主の奴は苦い顔をしていたがな。


 最悪お前が使徒って事を明かす必要があるかもと、危惧していたんだが、そうならなくて良かったよ。

婆さんの悪名に感謝だな。んでそっちは?上手く行ったか?」


 俺は先ほどの婆ちゃんとのやり取りを話した。


「あの婆さんが?マジか……信じられん。

領主に何か訊かれた時に、‘’キムラは身内だ‘’の一言を言ってくれたら御の字だと思っていたが……」


 ついでに婆ちゃんの館で世話になる事も伝える。驚愕の表情を浮かべるおっさん。


「信じられん……あの氷の魔女が……お前凄いな……無茶苦茶気に入られてるじゃねぇか」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべるおっさん。くっ……この笑顔、殴りたい!


「そうだ!今日の訓練はどうする?一応予定では今日だったよね?」


「あーそうだったな……今日はちょっと勘弁してくれ。寝てねぇしな。

それにあの更地を何かに利用したらどうだ?と領主に提案したら満更でもなさそうな顔していたからな。


 今は役人に調査させているはずだ。

その結果次第で今日、明日にはまた呼び出されるかもしれん。明日もちょっと訓練は中止させてくれ」


 ちっ……合法的に殴れると思ったのに。


 俺はキリークに色々冒険者の流儀をレクチャーして貰う事を伝える。


「ほう?キリークがねぇ……まぁそうか、アイツ、自分では絶対間に合わなかったと知って、愕然とした顔を浮かべていたからな。相当お前に感謝しているんだろう。


 良いんじゃないか?アイツはベテランだし、腕も相当立つ。教師役はピッタリだ。しっかり学ぶと良い」


「そんな感じでちょっと訓練の時間が減るかも」


「あぁ構わんよ。言ったろ?お前に必要なのは実戦だ。キリークと居るなら丁度良い。

アイツの動きをしっかり見てこい。俺との訓練は時間が合った時で良いだろう」


 少し雑談をした後、執務室から出た時に明日は休みと決めていた事を思い出した。


 失敗したなぁ……これから忙しくなることが決定しているし、今日はもう宿に戻るか……




 翌日からキリークと共に行動をし、彼から冒険者としてのノウハウを学び始めた。

地球でキャンプすらした事が無く、知らない事ばかりだった俺と、実は教えたがりだったキリークの事細かな熱心な指導が噛み合って、忙しくも充実した日々があっという間に過ぎて行った。


 彼の出す数々の課題を苦戦しながらもクリアしていき、先日最終試験を及第点ながら合格する事が出来た。


 晴れて一端の冒険者を名乗る事が出来るようになった訳だ。これで俺も立派な荒くれ者である。


 キリーク以外の冒険者達との交流も増え、一緒に依頼を受ける事も何度かあった。

念願の荒くれ者達との飲み会にも参加し、朝までどんちゃん騒ぎをして店から追い出されるという、荒くれ者っぽい出来事も体験した。


 おっさんからも一本取る事が出来て、免許皆伝を言い渡された。

その日は二人で飲みに行ったりして、おっさんとの仲も良好だ。

ルピナス印のパンツも結局進呈することになり、おっさんの暑苦しい抱擁を味わった。


 アの宿屋も契約延長を訴える受付のお嬢ちゃんを振り切って、婆ちゃんの館に拠点を移した。

日々、罵り合う事も有るが、楽しく過ごさせて貰っている。


 魔法は……相変わらず、からきしでマッチの火がオイルライターの火に成長した程度だ。

だが、モチベーションは落ちておらず、日々、訓練や館の雑用で魔力を使い続けている。


 そして、肝心のルピナスだが、彼女の調査は芳しくない。

今のところ判明している事は、確かに収穫量が落ちている、と確認出来ただけだった。


 管理者の権能を使い、土壌の回復、改良等もやっているらしいが、効果が出ず、頭を捻っている。

この世界の外にいる彼女ではどうしても限界が有る様で、申し訳なさそうに何度も詫びられた。


 そんなしょんぼり気味のルピナスの為に、俺はオーレグの街を離れイータバレス、地球でいうイタリアへ向かう決意をした。


 おっさんに婆ちゃん、そして事情をある程度話したキリークという協力者を得た俺は、オーレグでの調査を優秀な彼らに任せても良いと判断したのだ。


 現在俺はキリーク達狼獣人の集落の周辺をウロウロしている。

集落には既に何度も訪れており、顔見知りも増えた。

初めて訪れた時は宴を開いてくれる程の歓迎ぶりで、今では居心地の良い場所となっている。


 その宴の最中にキリークの奥さん、マネッチアさんから改めてお礼を言われた。

中々の美人さんで、寡黙なキリークとは対照的に良くしゃべる爛漫とした女性だった。


 当然娘のカルミアちゃんからも『おとうちゃんの娘、カルミアです。6さいです』と可愛らしい挨拶もされて、あの時の事も有り随分懐かれた。キリークの複雑な顔が印象に残っている。


 他の住人達とも仲良くなった俺は、集落の周辺に生えている薬草が、実は万能薬の元となる貴重な薬草である事を教えてもらった。

この辺りしか生えておらず、住人たちの貴重な収入源らしい。


 小銭に目が眩んだ俺は、その薬草をカルミアちゃんの指導の下、採取して持ち帰った。

その時の薬草が婆ちゃんの目に留まった。


 婆ちゃんは農場の土壌を調べた結果、謎の毒素が極々微量に含まれている事を突き止めていた。

そして、粉末状にした薬草を土壌に混ぜる事によって、毒素の影響を多少だが抑える事が出来ると判明。


 更なる研究のために大量の薬草が必要となり、定期的に俺が採取に赴いていた。

しかしイータバレスへ移動してしまうと、薬草採取が滞ってしまう。


 その為、荒野になった庭を一瞬で戻した婆ちゃんなら、根付かせる条件の難しい薬草でもなんとかなるのでは?と思い、現在採取を頑張っているところだ。


 「よし、結構採れたな。いや……採り過ぎたかな」


 ルピナス印の採取用スコップがアホみたいに掘れるので、調子に乗り過ぎたかもしれない。

保存用の袋、10袋がパンパンになっている。


 まぁ、余った分は婆ちゃんが加工して実験に使うだろう。


 空を見上げる。辺りは薄暗くなっており、木々の隙間から見える空も暮れなずんできている。


 今から街に戻るのは苦労しそうだな……集落に突然行くのもなぁ、歓迎はしてくれるだろうけど……ちょっと張り切って作業をし過ぎたか……


 よし、久しぶりに一人で野営をしよう。

そう思った俺は野営が出来そうな場所を求めて移動を開始した。


 良い感じの場所が見つからず、今まで足の踏み入れた事の無い辺りまで来てしまい、判断ミスを猛烈に後悔し始めた時に、それを見つけた。


 鬱蒼とした木々のちょっとしたスペースに、ポツンと建つ小さな建物。

円形のドーム状の屋根に、出入り口を除き周囲を壁に囲まれている。

壁は途中から格子状になっており風通しが良さそうな造り。

建物自体かなり古い様で、大量に絡んだツタ、コケのむした壁、と全体的に風化して倒壊こそしていないが、かなりボロい。


 東屋?いや、洋風だからガゼボって奴か。

なんでこんな所に……集落の皆もこんな建物の話はしていなかった。

没落した貴族のお城でもこの辺にあったのかな?


 まぁ野営にするには丁度良さそうだ、と中に入ってみる。

中は10畳ほどの広さで、部屋の中央にサイドテーブの様な台座が有り、上には30cm程の女性の石像が乗っていた。


 その石像はフィギュアの様な精工な造りで、両手に持ったピンポン玉位の水晶?を捧げるように、頭の上に掲げている。

服は貫頭衣の様なシンプルな服を着ているが、皴まで再現されており、彩色して部屋に飾りたいくらいの見事な造形だった。


 まぁ部屋の中央に鎮座しているので、正直邪魔ではあったが、一晩寝るだけなら気にならない。

魔物の寝床になっている様子も無いし、お世話になります、と軽く挨拶をして、床を掃除。


 寝床を整えて、軽く食事をした後、俺はあっさりと眠りについた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る